第42話 然る狂信者の妄執

 ――一方時は同じくして、一人の少女が目を覚ました。

「……う……ん……」

 瞼を開くと薄っすらと視界が開けてきた。だが、意識は朧気で思考はまだハッキリとしない。

「……ここは?」

 少女の瞳に映った景色は、那由他にも煌めく星々であった。その事から自身が夜空を見上げている事に気付き、暫し夜空を見上げながら思考を働かせてみる。


 確か……私は、手紙で呼び出されて、指定の場所に行ったわ。けれど、そこには誰もおらず、その代わりにハドレット先生が来て、それで……

 この状況について、順を追っていくにつれて徐々に思い出しはじめていった。

 それで……確かその時……!

 漸く自身の身に何が起きた事に気付きハッと目を見開き、体を動かそうとしてみる。

「……えっ?」

 だが、動かそうにも手足が動く事は無かった。感覚が無いというわけではなく、拘束されているような感じである。何度か身動きを取ろうと動かしてみるが、ガチャガチャと金属音が鳴るだけで動かす事は出来なかった。

 すると、そんな少女に気付いたのか、男が一人少女に近づいて来た。

「お目覚めは如何ですか? 姫様」

「……ハドレット先生」

 少女は声がする方向へと目だけを動かし、男を見据えて話しかけた。



「どうしてこんな事を?」

「……どうして……と?」

 ハドレットは少し考える素振りを見せて答える。

「まぁ、いいでしょう。自身がどういう立場かも解らずに終えてしまっては面白くも無い」

 そう言いハドレットは一人語り始めた。


「姫様は、かつてあった聖魔大戦というのはご存じかな?」

「……お父様に聞いた事があるわ。昔の……今の王都が聖王国と呼ばれていた時代の話ね」

「その通りです。……が、そもそもそれの発端となった原因はご存知ですかな?」

 ハドレットは右往左往と移動しながら語っていった。

「それは……確か、邪神を降臨させようとした集団、邪神教団が発端だと聞いた事があるわ」

 かつて国王が語った事を思い出しながら答えていく。

「そう、そして戦いの末邪神は封印され教団は全滅しました。……ですが!」

 その時、ハドレットは歩みをピタリと止めこちらを眺めてくる。

「もし、その教団員に生き残りが居たらどうしますか?」

「まさか……」

「そうです、私はその邪神教団の末裔ですよ?」

 ハドレットは口元を歪め、ニヤリと笑った。


「私達祖先から聖王家への恨みは時を巡り、私へと受け継がれています。どう復讐してやろうかと様子を窺っていました」

 ハドレットはそう語りながら再び歩みを始める。

「その時です。かつて祖先の住んでいた隠れ家にて、とある資料を見つけました」

「……資料?」

「その資料にはこう書かれていました。邪神は聖櫃に封印されたと。そして、その封印は聖王家の血筋に連なる者が必要な事だとね」

「それで王家(わたしたち)に近づいた……と」

「えぇ、初めはそのつもりでした。貴女の主治癒術士として王家に取り入り、信用を得た後に手を下そうとね」

 何やら含みのある物言いで答えた。


「ところがです。ある日、事件が起きました。一人の少女が瀕死の状態で運ばれてきたのです」

「……えっ?」

 その言葉にアンジェは驚きの表情を浮かべる。

「その少女の怪我は相当なもので、早急な治療を施しても命に関わるであろう怪我でした」

「それは……」

 それはかつて、ネルの身に起きた事件の話であろう。アンジェ自身の記憶は曖昧であったが、ネルや関係者からその始終は聞き及んでいるので、話の詳細は既知であった。

「ところがです。そんな彼女に一人の少女が奇跡を起こしました。瀕死であろう彼女の傷を一瞬で治してしまったからです。まさに、奇跡の大魔法と言えましょう」

 それを行ったのは自分である事も話には聞いている。

「そこで私はふと思い出しました。邪神の復活にはもう一つ条件があった事を」

「条件?」

「“贄”となる者の他に“依代”となる存在が必要である事です。しかも、その“依代”は“素質”を持った者でないといけませんでした」

 そう言うとハドレットはこちらを見据えて言い放つ。

「都合良くも、この全ての条件に適う者がいるではありませんか! 私は内心歓喜しましたよ! 聖王家への復讐も邪神の降臨も果たせるのですから!」

 そう語るハドレットの表情は醜く歪み、普段見せていた顔とは全くの別物になっていた。


「しかしです。確かに“素質”は申し分ないですが、体がその魔力量に耐えうる器でない為に弱っていましたね。なので、一つ手を打つ必要がありました」

「……それって」

「貴女の魔力を一時的に封印する事です。その身が自身の持つ魔力量に耐えうる器と成った時に計画を実行に移す事にしました。聖櫃もまだ見つけていませんでしたからね」

「だから、私は魔法が上手く使えなかったのね」

 自身、何故魔法が上手く使えなかったのか? ずっとその件の影響かと思っていた。だが、本当はハドレットによる人為的なものであった事実にアンジェは戸惑いを隠しきれずにいた。



「そして時は流れ、貴女は魔法学園へと入学しました」

「……そう言えば、学園へと推薦したのは貴方でしたね」

「その身が“依代”に至る器へと成長してもらう必要がありましたからね」

 魔法学園への入学は家族からも進められていたが、誰よりも推していたのはハドレットであったのだ。

「とは言え、野放しに出来ませんが、学園まで押しかけるのは分が悪いので、ある人物に声を掛ける事にしました」

「ニグレド先生ですね?」

「そうとも。奴は人の不幸が好きな酔狂者であったが実力はあった為、邪神復活の際、いの一番に見せてやる事を条件に潜入してもらった次第さ」

 ハドレットとニグレドの関係性についてはずっと謎であったが、漸くその全貌が見えた瞬間である。

「貴女の監視と動向を報告してもらう為にも、教師としての立場は便利であったよ」

 課外実習などでもごく自然に近くにいる事が出来るのは、クラスの人か教師くらいだ。そのやり口は上策と言えよう。

「まぁ、王都での件はその過信が仇になったようだが、ディルムで貴女が魔法を使い魔物を倒した報告を受けた時点で用済みではあったがね」


「……?」

 ハドレットの言葉を聞いたアンジェは、一つの疑問が浮かぶ。

 ……もしかして、イリアの存在に気付いていない?

 考えてもみれば、ハドレットの語る話の中には、イリアを暗示するような言葉は出て来なかった。もし知らないのであれば、ハドレットはニグレドからの報告しか事の顛末を知らないのではなかろうか? そして、そのニグレドはイリアの存在を知らなかった為に手を誤り仕損じている。ともあれば、イリアというイレギュラーは何かしらの打開策に成り得るのでは? そうアンジェは感じていた。


 ふと視線を空へと向けたその時、脳裏にイリアの言葉が過ぎった。

「この分だと夜には雲もはれて、夜空が綺麗に見えるかもしれないわね」

 確かにイリアの言う通り、日中の空模様とは打って変わって良好になっていた。空には満天の星空が広がっており、一羽の鳥が優雅に夜空を舞っているのが見える。

 イリアの言う通り、宿舎で大人しくしていた方が良かったのかもしれない。

 何となくそんな事を思っていた。まぁ、大人しくしていたとしても、ハドレットの言動からして、早いか遅いかの問題だっただろう。



「……さてと」

 語るべき事は語ったのか、ハドレットは一呼吸置きアンジェを見据える。

「冥土の土産は十分だろう?」

 ゆっくりとした歩調でアンジェに近づいて来た。

「時は満ちた。今こそ我らが悲願を果たす時!」

 そう言い放つと同時に、二人の居る場所は眩い光を放ちだし、とてつもない力の奔流が辺りに渦巻き始めた。

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