第2話 お見合い相手が不穏な笑みを浮かべています

「お兄ちゃんのため、お兄ちゃんのため」


 大好きな兄のためだと思えば多少の嫌な事もがんばれる。

 兄にあの男の魔の手が伸びないように、兄を守るためなら好きでもない男と政略結婚だって……そのうち愛が芽生える可能性も……。


(……やっぱりむりー! あんな粘着質な男の人と結婚生活とかむりー!!)


 あまりの気の重さに、ずるずると足を引き摺るような足取りになりながら、それでも一花は勇の待つ屋敷へと向かった。


 一花の家の周りは畑しかないが、凸凹の田舎道を真っ直ぐに進むと、やがて赤や青の三角屋根が並ぶ住宅街が見えてくる。

 人様のお家で作られた朝食の良い匂いに立ち止まり深呼吸してみたりして、憂鬱な気持ちを紛らわせ歩いているうちに住宅街を抜け、繁華街も突き抜け村の最奥にある小高い丘が見えてきた。


「もう着いちゃった……」

 天辺まで続く石造りの階段を上った先に、勇の待つ洋館が厳格たっぷりの門に守られ佇んでいる。

 うんせうんせと息切れしながら階段を上ると、まるで待ち構えていたかのように声を掛ける前に門が開かれ、使用人らしき女性が出てきた。


 栗色の髪を左に束ね、黒いスカートに白いエプロンを着けた美しい女性は、一花の姿を確認すると用件も聞かずすぐに敷地内へと入れてくれる。

 このまま少しレトロな趣のある洋館の中へと連れてかれるものと思っていたのだが、色とりどりの花が咲き誇る庭園の方へと案内された。


「今日は天気も良いので勇様から外でお茶をすると伺っております。お席に着いて少々お待ちください」

 白い椅子と丸いテーブルを指差し、それだけ言うと使用人はすっと足音も立てずに背を向ける。

 とても綺麗な人だったけれど、終始無表情で淡々とした口調をしている彼女は、どこか感情のないお人形のようで、少しの不気味さを一花の胸に残して立ち去った。


「それにしても、想像以上に大きなお屋敷」

 庭から見える屋敷の外観をみて、一花は思わずほぅっとため息が出た。


 性格の不一致からかどうしても勇を毛嫌いしてしまっているが、彼は容姿端麗で上っ面は爽やか好青年。そのうえ大昔、この村が窮地に立たされた際にそれを救った退魔師が勇のご先祖様なのだと村長に聞かされた。


 つまり勇は都会にいても滅多にお目に掛かることのない職業とされている退魔師の家系というスペックまで持ち合わせているのだ。これでは彼の本性をなにも知らない娘たちが、一花をうらやむ気持ちも分からないでもない。


 勇のせいで村中の娘たちに嫉妬や羨望の眼差しを向けられているといっても過言ではないけれど。

 一花は今でも忘れはしない。勇が一花を見初めたと言い張り、押し付けがましく声を掛けてきた時の言葉の数々を。


『毎日働かない兄のためにあくせくしているキミは、まるで王子様に出会う前の灰被り姫みたいだね。可哀相に、ボクがキミを救ってあげるよ。あのお兄さんから』


 誰も救ってほしいなんて言ってないし、国彰は一花を意地悪な継母みたいにいびり倒してもいない。それを当たり前のように同情の眼差しを向けられ、まるで自分たちの生活をバカにされたような気持ちになったし、悲しくなった。だから一花は、お断りだと速攻で答えた。でも。


『ボクを拒むの? 断られたら繊細なボクはあまりのショックで……キミの大切なものを奪って、壊してしまうかもしれないなぁ。言葉の意味わかるよね?』


 それが爽やかな王子様と呼ばれている彼の、一花が知った本性だった。

 冗談じゃない。けれど断れない。逆らったりしたら兄が、なにかされてしまうかもしれない。

 そんな思いから逃げ出せぬまま付き纏われ、そして本日、強制的にお見合いをさせられるのだ。



◆◆◆◆◆



「やあ、一花。いらっしゃい」

 一花がめかしこんでこないことを見込んでか、勇もいつも通りの普段着で現れた。

 彼は一花の姿を見てふと髪に付けている髪飾りに視線を止めたが、それには触れずすぐに一花の瞳を見つめる。


「かわいそうに。こんな大切な日に着てくる晴れ着も用意してもらえなかったんだね。まあ、予想はしていたけど」

「これでも一番のよそ行きワンピース着て来たんですけどね……」

 当たり前のように同情の目を向けられ、まるで自分が可哀相な存在なのだと決めつけられているような気持ちになって癪に障る。


「さっさと終わらせませんか。形だけのお見合いなんて。わたし、早く帰りたいです」

 由緒正しき蛇田家によそ者の一花が嫁ぐのはどうなんだと一部反対の声があがっていたようで。

これはお互いのことを知るためにではなく、正式な手順を踏んで婚約したのだと周りを納得させるためのパフォーマンス的なものなのだ。


 どうせ断るという選択肢など選ばせてもらえない。

 よくしてくれた村長には申し訳ないけれど、やはり結婚前までにお金を貯めて兄と夜逃げしかないだろうかとか色々考えてはいる。

 とにかく意思の疎通ができないこんなお見合、時間をかけるだけムダなのだ。

 早く帰って、国彰と一緒にくだらない話をして癒されたいと思った。だが。


「ふふ、なにを言っているのかなぁ。帰るってどこへ?」

「え?」

 村の乙女たちをイチコロにする爽やかで甘い微笑みが、一花の背筋を粟立たせた。

 なにか企んでいる、底知れぬ闇を秘めた笑みに見えたから。

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