第五話―⑪ "大好き"というウソ



 ──夕食時。いつものように、家族みんなで食卓を囲む。


「ふっふーん♪」


 お母さんのご飯を口に運びながらも、考えるのは昼間のこと。彼の事だ。

 今日もお弁当、しいって喜んでくれたっけ。うれしいな。


「まあ、まあ。今日もご機嫌ですね。何か良い事でもあったのかしら?」

「何でもないよ? お母さんのご飯は、いつも美味しいなぁ、ってだけ!」

「そ、そう? そう言ってもらえるのは嬉しいのですが」


 実際、今日のご飯はいつもより何倍も美味しく感じた。

 気持ちが弾んでいると、こうも違うのだろうか?


「ま、まあ……元気なのは良い事だけどさ。ちょっと最近、はしゃぎすぎじゃないか?」


 お父さんが、顔をひきつらせながら、そんなことを言う。

 そうかな? 自分ではそんなつもりは無いのだけれど。


「──うん?」


 ふと、視線を感じて隣を見る。


ふた? どうしたの?」

「え、ううん? 何でもないよぉ」


 そう言いながら、妹はニコニコと笑っている。

 その目は実に優しげだ。まるで、そう。微笑ほほえましいものでも見ているような……?

 ちょっとだけ恥ずかしくなり、私はご飯を口に放り込んだ。



 お風呂から上がり、さっぱりした体で、一日を振り返る。

 失敗したこともあったけど、今日も実に幸せだったと、そう思う。

 彼の言葉や表情を、頭の中ではんすうする。

 それだけで、顔がにやけてくるのが自分でもわかった。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


 ノックの音と共に、ドアの向こうから妹の声が聞こえてくる。

 もちろん、断る理由なんてない。二つ返事で了承し、双葉を自室に招き入れた。


「ごめんね、夜遅くに」

「別に大丈夫だよ。それより、どうかしたの?」

「最近、どうもお姉ちゃんの様子がおかしいぞ、ってお母さん達……特にお父さんが心配しちゃってるみたいでさ。それで、私が様子を見にきたわけです!」


 朗らかな笑顔で、妹がそんな事をのたまってきた。

 様子を見るも何も、ふたには姉の浮かれっぷりの『その理由』がわかっているのだろう。

 こちらを見る目つきが、あからさまにおかしい。


「で? で? 最近、くいってるんでしょ? ほら、あのいるさんって人とさ!」

「あ、まあ……じゅ、順調だよ?」


 仕方ない。双葉とはるは一回顔を合わせているし、もうこれ以上隠す事はない、かな。


「晴斗ったらね、今日もおバカな話をして、私をからかうの。でもでも、そう見えて、ちゃーんと私を気遣ってくれるのよ。本当に、素敵な男の子なの」

「へぇ、そーなんだ? ふふ、『晴斗』、ねえ」


 意味ありげにあいづちを打ったかと思うと、双葉は不思議そうに首をかしげた。


「でも、あれだよね? お姉ちゃんには悪いけど、その、ちょーっと独特な体型と顔の人だよね。正直言って、お姉ちゃんが好きになるようなタイプには見えなかったけどなあ」


 相変わらず直球だなあ。戸惑うような妹の言葉に、苦笑してしまう。

 最初は私も彼の事をそう思っていた。けれど、今は。


「確かに、外見はどちらかといえば悪い方かもね。私は可愛かわいいと思うけど。でもね、あの人の魅力はそんなところにはないのよ」


 あの人のそばにいるだけで、心がウキウキする。自然に笑顔が出てくる。

 いつぞやの、なみかわくんが彼を表した言葉を思い出す。

 それが決してお世辞でない事が、今の私には良くわかる。


「他人のために、一生懸命になれる。きっと、誰よりも優しい人」


 だから私は、晴斗の事が大好きなのだ。


「はー……っ」


 双葉がかんぷくした、というように息を吐く。そのほおかすかに赤らんでいるように見えた。


「お姉ちゃんは、あの人の事が本当に好きなんだね! もう、聞いているこっちが恥ずかしくなってくるよ!」


 ほっぺたを両手で押さえて、双葉が身をよじる。


「あーあ、何だか羨ましくなってきちゃったなあ! 私も彼氏が欲しい! ねえねえ、参考までに聞かせてよ。どうやって、そんな素敵な人と付き合えるようになったの?」

「彼とのめ? ふふ、それは──」




 ──それは、何だっけ?



「……あれ?」


 どうして、私は、彼と──




『おや、君があささん? 俺に、どんなご用事かな』

『は、はい。あの、その──』




 あれ、今。何か、変なものが、見えた、ような。

 ずきり、と。あたまが、痛んだ。


「あれ、お姉ちゃん。どうかした?」

「あ──う、ううん! 何でもないよ?」


 まあ、いいや。思い出せないなら、大したことじゃないよね。


「えっと、その辺はね、あまり覚えてないの。言うなれば成り行き、かな? 気が付いたら彼の事を好きになっていて、今に至るというわけよ」

「ふぅん? よくわかんないけどさあ、恋愛ってそういうものなの?」

「う、うん。きっと、ね」


 何だろう、また頭が痛んだような。最近、寝不足だったかな?

 いけない、いけない。目にくまでも作っちゃったら、彼に会わせる顔がない。

 ふたには悪いけど、もう休ませてもらおう。

 そう断ると、妹はバツの悪そうな顔をして、部屋を出て行った。

 私はベッドに腰掛けると、胸に手を当てた。変だな? 何だかここが、もやもやとする。

 おかしな事なんて何もないのに。不安に思う事なんて、あるはずがないのに。

 そういえば、ここの所……ななさん達が私にちょっかいをかけてくることがなくなった気がする。遠巻きにひそひそと何かうわさをするばかりで、近寄ってこようともしない。

 ……ちょっかい? あれ、なんで? どうして、そんな事が気になるんだろ?

 まるで、私がイジメでも受けていたみたい。そんなはずがないのに、馬鹿ね。

 だって、彼と付き合う事が間違ってるはずがないんだもの。

 私が、誰かに強制されて告白なんてするわけがないんだから。

 彼との間に、うそなんてないんだ。だって、そうだと思わなきゃ──



 ──この幸せが、壊れちゃう。



 ……もう、寝よう。今晩もはるの夢を見ながら、眠るんだ。

 きっと、明日も素晴らしい日になるはずだから──





 …………

 ………………

「……………………………な、ななな……マジで!?」

「きゃっ」


 教室中に響き渡る様な大声で、『はる』が絶叫した。


「ほ、本当に!? お、おおお俺の事を!? え、何? これ、夢じゃないよね」

「思いも掛けない超展開だな……某少年漫画誌なら打ち切りに向かってまっしぐら、だろこれ」


 おののく晴斗に、今更ながら罪悪感が募る。


「は、はい。あの、私は、その……」

「あ、あわわわわ!?」


 言葉が詰まる。本当に、言わなければならないのか。今なら、まだドッキリだと言えば間に合うんじゃないか。

 しかし、そんな迷いも──


あささん?」


 ──ななさんの声が、粉砕してしまった。


いる、くん……」

「は、はい!」


 ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。体の震えが止まらない。

 もう、後には退けない。逃げられ無いのだ。



「……あなたの事が、好きです。どうか、私と付き合って──」

 …………

 ………………

 …………………………

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