第四話―① 『キス』指令




 ──放課後。私は、校門に背中をくっつけながら、空を見上げていた。

 初デートの日から、そろそろ一週間がつ。あれから、彼との間に進展はない。

 放課後に一緒に帰ったりはするが、お昼も別々だ。

 私の学園生活において、いるくんとの接点は、さほど多くはなかった。

 買ってもらったプラモデルも、自室の机の上に置きっぱなし。手を付けてすらいない。

 何となく、その気になれないのだ。彼には悪いと思うけれど。

 それでも、あえて私の中で変わった事を挙げるのならば、それはただ一つ。


「お待たせしました!」

「あ……」

あささーん! 遅くなってすみません!」

「ふふ、大丈夫ですよ。じゃあ、一緒に帰りましょうか」


 ──彼と並んで歩く事に、抵抗感が少なくなった、という事だった。


「それでそれで、今日はまーたりよういちやつがですね、勝負だ勝負だとわめき散らして」

ぜんくん、結構ムキになりそうなタイプですし……入間くんが、また何かあおったんじゃないですよね?」


 帰り道でのおしやべりは、もう毎日の恒例となりつつあった。

 入間くんは、話し上手の聞き上手だったようで、時に面白おかしく話を脚色し、それでいて、いざ私からの話となると、ニコニコ笑いながらあいづちを打ってくれた。

 堅苦しくなく、気軽に話せる。しかも、それは決して苦痛な時間じゃない。

 彼との関係については、今はそれだけで十分なのではないかと、私はそう思っていた。

 けれど‥…残念ながら、『彼女達』はそうは思ってくれなかったのだった。



「手ぬるいわね!」


 朝のホームルーム前。ざわつく教室の中でなお、その怒鳴り声は際立って響き渡った。


「で、でも……」

「小学生じゃないのよ? 真面目まじめにヤる気ないんでしょ。ね、そうなんでしょう?」


 私を上からねめつける様にして、ななさんが机をコツコツとたたく。


「そんな! そんな事はありません……!」

「口答えする気? こんなんじゃ、いつまで経ってもゲームが終わらないじゃないの! あんた、このお遊びをする意味がわかってんの?」

「まあまあ、ななさん。それくらいに、それくらいに」


 意外な事に、助け舟を出してくれたのは東海林しようじさんだった。

 イラつく七瀬さんをなだめるように微笑ほほえむと、ぽん、と私の肩に手を置いた。


「彼女だって、自分がしてしまった事をちゃーんと理解してくれていますよ」


 でも、その目は笑っていない。身をかがめ、こちらをのぞむようにしながら、耳元にそっと口を寄せ、彼女はこうささやいたのだ。


「ねえ、そうでしょう? あささん♪」

「う、は、はい……」


 なまじ、顔立ちが愛らしいだけに、彼女の言葉にはゾッとする程の迫力があった。


「しょうがないわねえ。私達がテコ入れをしてあげるから、感謝しなさいよ」


 口元をゆがめながら、七瀬さんがそう言い放つ。


「あんたさあ、男と付き合った事、無いんだよね? じゃあ、キスも未経験でしょ」

「え? ええ、はい……」


 突然、何を言い出すのだろうか。七瀬さんの問いかけの意味が理解できない。

 けれど、彼女がこんな様子を見せるときは、大抵ろくでもない事が起きるんだ。

 ……嫌な予感が膨らんでいく。


「へえ、じゃあ決まりね! あんた、次のデートであの白豚とキスをしなさい」

「な──!?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 それくらい、その言葉には私の心を砕く破壊力が秘められていたのだ。


「そ、それは許してください! そこまでは、で、できません!」

「ばーか。あんたに拒否権なんてあると思ってんの? いいから、言われた通りにすればいいのよ、わかったわね!?」


 七瀬さんの声が教室に響き渡った、その次の瞬間。

 その様子を面白がってみていたクラスメイト達が、一斉にざわめきだす。

 無論、それは同情や戸惑いの声なんかじゃない。私を見下す、蔑みの嘲笑だ。

 断りたい、けれど……断れない。

 自分が、心底情けなくなる。どうして、私はいつもこんな目に遭ってしまうんだろう。


「う……」


 そうして、私はいつもと同じく──


「わかり、ました……」


 ──はやし立てるクラスメイト達の前で、ゆっくりと首を縦に振ったのだった。

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