第三話―① 放課後の帰り道

 うそにまみれた告白劇が終わり、迎えた放課後。

 私は〝彼氏〟であるいるくんに誘われるまま、校門前にやってきていた。

 なんでも、特に親しくしている友人二人を私に紹介してくれる、というのだが……

 何といっても彼らは、学園でも名物と呼ばれるトリオだ。すれ違う生徒達の視線が居心地悪くて仕方がない。


あささん、紹介しますね。まず、こっちの眼鏡めがねが、なみかわしゆん。俺のおさなじみなんです」

「初めまして、波川です。どうぞお見知りおきを」


 そんな好奇の目も彼らにとっては慣れっこなんだろうか。入間くんの声に応じて、波川くんが涼しい顔で微笑ほほえんでくる。


「そいで、コイツはさっきもいたけど、まあ、一応。中学からの悪友・ぜんりよういち

「備前だ。ま、一つよろしく頼むぜ」

「は、初めまして……朝比奈わかです」

「へえ、下の名前は若葉さんって言うのかぁ! 名前もとっても可愛かわいらしいや」

「って、知らなかったのかい?」


 入間くんがうれしそうに声を上げるのを見て、波川くんが目を丸くしている。


「まあ、コイツも教室で対面するまで顔もわからなかっただろうしなあ。当然って言えば当然かね」


 うん、うんとうなずく備前くん。彼も教室で一連のやり取りを見ていたはずだけど、その様子を見るに、この『ゲーム』に対する疑問は持っていないようだ。

 ……少し、ホッとした。


「へえ……何にせよ、喜ばしい事には変わりないか。おめでとう、はる君」

「思う所が無くもないが……祝福してやんよ。やったな、晴斗!」

「あ、ありがとな。二人とも!」


 はしゃぐ入間くんを囲むようにして、二人が祝福の言葉を投げかけてゆく。

 その光景をぼうっと眺めながら、私は沸き上がる罪悪感を必死で押さえつけていた。


「んじゃ、目通りも済んだことだし、俺らは行くか」

「そうだね、お邪魔虫は退散する事にしよう」


 入間くんの両肩をぽん、ぽん、とたたき、備前くん達がきびすを返した。


「あれ、もう行っちゃうのか? 一緒に帰ればいいのに」

「おう、練習もあるしな」

「僕も今日は用事があるから。じゃあ、あささん。僕たちはこれで」

「おう、また明日な!」


 別々の方向に歩き出した二人のその背中に向けて、いるくんが大きく手を振った。


「仲が良いんですね」

「まあ、腐れ縁ってやつッスね。気心知れてるし、何でも話せるのは良い事だと思うけど」


 そう言いながらも、友人達の事を語る彼の顔は、どこか誇らしげだ。

 ……正直、羨ましいと思った。


「じゃ、じゃあ……俺達も、その、帰りましょうか?」

「あ、は、はい」


 うつむいたまま歩き出そうとした所で、ふと視線を感じ、後ろを振り返った。

 私達の居るこの場所は、一年の教室から良く見える位置にある。

 ゆえに──『彼女』の顔が、窓の向こうに映り込んでいるのが、くっきりと見て取れた。


ななさん……」


 にらむような、嘲るようなその視線は、私に『ある事』を要求しているように見えた。


「あの、どうかしました?」

「い、いえ! 何でもありません!」


 彼に気付かれないよう視線を戻すと、その場から逃げるように歩き出した。





 帰り道。入間くんは、遠慮がちに、ではあったけど……私に色んな話を振ってくれた。

 主な内容は、学校の事。先ほどの二人の話題を筆頭に、面白おかしく身振り手振りで語り出す。おそらく、場を盛り上げようとしてくれているんだろう。

 けれど、私は曖昧にあいづちを打つ事しかできなかった。

 まさか、馬鹿正直にいじめられていると話すわけにはいかない。かといって、どこでボロが出るかわからないから、とつうそいてす事もできなかった。

 彼にしてみれば、さぞつまらない女の子に見えただろう。

 やがて話題は、好きなテレビ番組や音楽、そして互いに住んでいる家の場所などに移っていった。

 これなら、大丈夫。家を教えるのに若干の抵抗はあったものの、いってみれば、問題はそれくらいだ。入間くんの質問に、私は当たりさわりのない答えを返してゆく。


「ふーん、朝比奈さんのおうちは、この辺りにあるのかあ」

「は、はい。もうちょっと先にあります」


 そうこうしているうちに、分かれ道に差し掛かった。

 彼の住む家は、ここから二駅離れた場所にあるというのだから、ここで彼とはお別れできる。ひとまずこれで、今日の所は終了だ。この苦行から、ようやく解放される。

 ──あと一つ、『ノルマ』をこなせば、それで……

 送って行こうか、という彼の言葉をできるだけ丁重にお断りする。


「じゃあ、ここで失礼しますね! また明日、学校で!」


 そう言って、いるくんが別れの挨拶を交わそうとする。


「あ……」

「あれ、何かありますか?」


 言葉にもならないかすれた声に反応し、入間くんが首をかしげた。

 本当は、ここでさよならをしたい。けれど、私には彼に言わなくてはならない事があった。そう、果たさなければならない、『ノルマ』があるのだ。


「は、はい。その……明後日あさつての土曜日、空いてますか?」

「土曜? えっと、たぶん大丈夫かな。それが、どうかしましたか?」


 かなう事なら、空いてないと言って欲しかった。けれど、そんな身勝手な願いが通じるはずもない。こうなれば、ヤケだ。私は腹をくくった。大きく、大きく息を吸い込む。


「あ、その……よ、良ければ、なんですけれど」

「え?」







「──私と一緒に、遊びに行きませんか?」

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