意味が分かると怖い話 ~Belphegor again~
不況によるリストラ、ギャンブル依存による多額の借金、愛想を尽かされた妻との離婚、健康診断で見つかった大病、寝タバコによる実家の全焼。
ここ数ヵ月で、間野は様々な不運に見舞われていた。不運の世界大会があれば、グランドスラムを達成しかねない勢いである。
もちろん自業自得な部分もある。ギャンブルによる借金や妻との離婚は、間野の性格が大きく影響しているだろう。
しかし、それにしたって、この状況はあんまりではないか。
日々の飲食を何とかコンビニのバイトで食い繋ぎながら、間野は絶えず世間に恨み言を吐いていた。
何か、このひどすぎる人生を逆転できる方法はないものか。
もしこの世に悪魔がいるのなら、魂を売ったってかまわない。
死んだ後のことなんてどうでもいいから、何とかして俺に幸せを。
そう念じながら、間野割男は絶望にまみれた日々を生きていた。
そんなある日の午後。間野がバイトをしているコンビニに、一人の老人が入店してきた。
「らっしゃぁーせぇー」
いつもどおり、間野はやる気のない声で客を出迎える。店長からは何度も注意されているが、そもそも真面目に働く気などない間野にとっては馬耳東風だ。
「どうもどうも」
入店した老人は、レジに立っていた間野のもとに、一直線に歩み寄ってきた。
どこか日本人離れした顔の、品のある老人は、なぜかその手にタピオカミルクティーを持っている。
「お待たせしました。望みどおり、来ましたよ」
老人はカウンター越しに、間野に向けて言った。
「え?」
間野はまじまじと老人の顔を見る。
知人ではない。親戚でもない。このコンビニの常連でもない。
誰だろう。望み通り??
望んでない。こんな爺さんと会う約束なんかしてないぞ。
「どうですか? 何か、私に言いたいことがあるんじゃないですか?」
片手のタピオカミルクティーをストローでちゅうちゅうと吸いながら、変てこな老人は訊ねてくる。
「はあ?」
何を言ってるんだ、この爺さんは。
「あのさぁ爺さん、誰かと勘違いしてないか? 俺は、あんたに言いたいことなんて何一つないぜ」
間野が答えると、老人はストローを咥えたまま首を傾げた。不気味だ。
「そうですか。ではごきげんよう。まあ、もう二度と会うことはないでしょうがね」
特に気を悪くした様子もなくそう言うと、老人はタピオカミルクティーを飲みながらコンビニを出ていった。
「……なんだ、あの爺さん」
ドッキリか何かだったのだろうか。
ふん、くだらない。
それ以上は気にも留めず、間野は普段通りのレジ打ち業務を再開した。
その、二日後のこと。時刻は早朝。
「からあげチャンください。できれば揚げたてを。あとドリップコーヒーね」
「弁当のレンチンは長めで頼むわ」
「いつもの。……違うだろ、そっちのタバコじゃねえよ! メンソールだろうが!」
「なんとかペイ? で支払いたいんじゃが、どうすればいいんかのう?」
「常連様である俺が新聞買うだけだからレジに割り込んでも許せや」
「敢えてこの時間に公共料金の支払いにきたわよ」
通学生や出勤者で溢れかえる平日の朝は、コンビニにとっては誇張抜きで『戦争』状態だ。
間野はひいこら言いながら客をさばき、からあげチャンを揚げ、弁当を長めにレンチンし、タバコのダース買いを勧め、ジジイに何とかペイの支払い画面をスキャンさせ、常連の割り込みを最高の作り笑顔で許し、収納代行にきた主婦に思いっきり舌打ちをした。
どいつもこいつもワガママばかり。俺の手を焼かせるなゴミクズども。ああ、薄給なのにどうしてこんなに忙しいんだ。ふざけやがって畜生が……。
この世の全てを憎悪しながらレジを打っていた間野の前に、一人の老人が進み出た。
見間違えようがない。二日前にもきた、あの変てこな爺さんだ。
「初めまして、間野割男さま。私は大悪魔ベルフェゴールと申します」
棚から取ってきたタピオカミルクティーをそっとカウンターに置きながら、老人は優雅に一礼した。
「貴方の願望が強烈だったので、今日は特別に参上いたしました。どうやら自分の周りに起こる不運に、恐ろしく絶望しているご様子。なので私は貴方の魂と引き換えに、貴方が望む願いを三つだけ叶えて差し上げます。さあ、何でも好きな願いを仰ってください。富でも名声でも思うがままですよ」
「やっかましいわボケナスが!!!」
戦争状態のコンビニでイライラが頂点に達した間野は、ブチ切れた。
「初めましてってお前、最近も来たじゃねえか! もう二度と会わないとか言ってたじゃねえか! からかってんのか!? こっちは今クソほど忙しいんだよ! 見りゃ分かるだろうが! ふざけんな! おとといきやがれ!!!」
「なるほど。一つ目の願いは、それでいいんですね?」
間野の罵声には表情の一つも変えないまま、老人は頷いた。
「では、ひとまず失礼」
次の瞬間。老人は、間野の目の前からパッと掻き消えてしまった。
その日の昼すぎ。落ち着いた頭で考えて全てを理解した間野は、後悔に咽び泣いた。
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