第11話。千智と友達
「
夕方の営業が終わった後。いつものように白葉からコーヒーの入れ方を教わっていた。
「え、なに?」
「さっきからぼーっとしてませんか?」
白葉は接客中も時々立ち尽くしていることがあった。菜乃からは時々なるから放っておいていいと言っていたけど、気にはなってしまう。
「ちょっと、考え事をしてただけだよ」
「考え事ですか?」
「宣伝用のアカウントどうしようかなって」
今朝のことだから、白葉が悩んでいてもおかしくはないけど。今、なんとなく、嘘をつかれたことはわかってしまった。
「……そういえば営業時間のことですけど」
この際だから、ハッキリさせたかった。宣伝を始めるなら、先に営業時間も変えた方がいいと思ったから。
「今の時間にしたのはボクの為ですか?」
白葉が手を止めた。
「どうだろうね」
「とぼけないでください」
菜乃から事情を聞いたとは言えない。
白葉の家の話を出したりしたら、きっとまた喧嘩をする気がしたから。
「正直言うとね、私の見積もりが甘かったんだよ」
「見積もり?」
「学生の子の出入りが多くなると、昔から通ってくれているお客様が通いづらくなると考えてた」
それは白葉の理想でしかない。実際は昔の味が好きだった人を怒らせて、新しい人は来れないようにしている。問題は初めからそこにあった。
「じゃあ、どうして改装なんてしたんですか?」
今風に改装された店内。どう見ても、新しい客を取り入れる為に用意されたとしか思えない。
「ある人の指示かな」
白葉は名前を出さなかったけど、それは白葉の父親ではないのか。娘が無謀な金の使い方をしない為に父親からの助言……いや、白葉の言う通り指示だろうか。
もし、白葉の仕事が上手くいなかったとしても店を他に使い回す考えがあるのかもしれない。そこに期待という言葉は初めから存在すらしていないのか。
「白葉さん」
ボクは少しだけズルをしようと思った。
「ボクの言葉は……白葉さんにとって、どれだけ意味がありますか?」
菜乃や
「
「……っ」
真っ直ぐとした白葉の眼がボクの心を見透かすようだった。白葉の言葉を否定出来ないのは、今やろうとしたことは白葉の父親と同じ命令だと気づいてしまったから。
「ボクは……白葉さんと対等に……」
本当の意味で対等になれるわけがない。
白葉の方がボクよりも何年も長く生きている。その時間の差はボクが無駄にしてきた時間を合わせても、簡単には埋められるものではなかった。
「店長になりたいってこと?」
「違います……」
「なら、副店長になる?」
こんな小さな店に副店長なんて必要ない。そう思って否定しようとしたけど、ボクは白葉の言葉から可能性を感じた。
「副店長……」
まだボクは中学生だから正式な従業員として働けるわけではない。今でさえかなり危うい立場であることも理解している。だけど、ボクが仮の副店長になって、白葉の認識が変わってくれるのなら。
「白葉さんはいつまで、この店を続けますか?」
「出来ればずっと、かな」
「なら、ボクは副店長として、店長の白葉さんとずっと一緒に働きたいです」
この世界に永遠なんてない。
売り上げが足りなければ店は続けられない。借金を父親に返せなければ店を続けられない。いつくもの困難を乗り越える為には白葉一人では駄目だ。
でも、ボクの言葉を聞いて、白葉が戸惑ったような表情をする。白葉が口にした言葉は白葉の願いでしかない。未来の不安は誰にだってある。
「……私だって、そうしたい」
白葉の願いは初めから変わっていない。
「……」
今日の練習で作ったコーヒーの味は昨日よりも美味しくなかった。砂糖がなくても少しづつ飲めるようになったコーヒーも今は嫌な熱を感じるだけだった。
「それじゃあ、白葉さん。また明日」
店を出て、少し歩いたところで白葉と別れて帰ることにした。白葉の家は近くだから一緒に帰る必要もないと言われてしまった。
むしろ、白葉がボクの家までついてこようとしたけど、遠慮してもらった。ボクの判断が間違っていないと実感したのは翌日のことだった。
昨日の夜と同じように一人で帰っていると、ボクの行く手に立ち塞がる人物がいた。白葉と一緒に帰っていたら、また嘘をつくことになるから、一人で帰ることを選んでよかったと思った。
「千智」
「
綾弓が今日は制服を着ていないのはこんな時間だからか。だけど、昨日の昼に会った時とは明らかに雰囲気が違っている。わざとらしく結ばれた髪は昔を思い出させる。
「私、学校で千智と話そうと思ったんだ」
それだけで綾弓が何を言いたいかわかった。
「千智が不登校になってるなんて、知らなかった」
「綾弓には関係ない」
今さら幼馴染みだからって、口出しされたくなかった。綾弓は根が優しい人間だから、こうして現れた理由もわかってしまう。
ボクは歩き出して、綾弓から逃げようとする。
「このままでいいの?」
その言葉で足を止めたのは、ボクには一つの考えがあったから。白葉が営業時間を変えようとしないのはボクが不登校だから。白葉はボクが学生と顔を合わせないように気を使っている。
いくら白葉が違うと否定しても、そんな答えが浮かんでしまう。ボクが変わらないと、白葉の意志を変えることも出来ないとわかっている。
「何があったか、同じクラスの人から聞いた」
他人からの嫉妬による暴力。それに呑み込まれそうになった時、ボクは自分の心が殺されない為に反撃をして、相手に怪我を負わせてしまった。
「だったら、どうしてボクが登校出来ないか知ってるよね」
「千智は何も悪くないじゃんか」
ボクは振り返り、綾弓に近づいた。
「だったら、綾弓がなんとかしてよ」
あの空気に耐えられない。だから、ボクは逃げ出した。家に引きこもって、現実から目を背けた。
「うん。わかった」
「わかったって……」
綾弓がボクの手を握ってくる。
「私が千智のこと守るよ」
「そんなの信じられるわけ……」
「信じなくていい。私が勝手にやるから」
わからない。どうして、綾弓はそこまでボクの為に頑張ろうとするのか。
「私、中学生になってから、千智から距離を置かれてることに気づいてた。でも、千智が不登校になった理由を聞いてから、それが正しいかもと思ってしまった」
「……綾弓、それ自分が可愛いと思ってないと口に出来ないと思うけど」
「ばっ、そんなこと思ってるわけないじゃん!」
でも、綾弓と仲良くしていたら、誰かに似たような嫉妬をされていた可能性はある。だって、綾弓は見た目も性格もいいから。好意を抱く人間がいてもおかしくはない。
「とにかく、一人で登校出来ないなら、私が一緒に行ってあげる。教室に居づらいなら、私が連れ出してあげる」
きっと、家に引きこもっていたボクの前に最初に現れたのが綾弓だったら。ボクは綾弓に握られたこの手を離したくないと願っていたのだろう。
でも、ボクは綾弓の手を離した。
「綾弓、ボクは……」
ボクのすべてを捧げる相手は決まっている。
「学校に行きたいと思ってる」
だから、ボクが変わる為に綾弓には協力してほしかった。例え、それが綾弓を利用するとしても、一人ではボクは変わることが出来ないから。
ボクは白葉の為に学校に行くことにした。
白葉に心配させたくないから。
白葉とずっと一緒にいたいから。
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