墨汁Aイッテキ!2023十二月号

君の瞳を見て決意がみなぎった


「あ。そうだ。ミリカさん」

「何です?」

「ペンネームっていうのかな……そういうの考えてみたんだ」

私は『錦豆腐』と書いた紙を彼女に渡した。

「にしきどうふ、ですか? 不思議な名前ですね」

「あれ……これ、きぬどうふじゃないの?」

「……」

「あっれー……」

私は首をかしげながら、パソコンに向き直り作業を続けた。不思議と魔法の呪文のようにしか見えなかった音符にも意味があるように思える。大きな舞台でなくても、舞台衣装を着て歌って踊る彼女を想像すると不思議と胸が熱くなる。次から次にアイデアが湧いてくる。音楽家はファッションデザイナーであるらしい。

「誰が手のかかる子供ですか。人を頼れと何度も言わせないでください」

ミリカさんは俺の頭を小突いた。

誰もそんなことは言っていないんだけど。

「そもそも、どうして曲を作ろうと思ったんです?」

「どうしたの、急に」

「いえ、ちゃんと理由を聞いたことがないなと思って」

即答できなかった。そういえば、何でだっけ。

曲を作ろうと思った理由、あったはずなんだけどな。

一瞬のシーンを切り取るように、見たものを形にする。それは人でも動物でも機械でも変わらない。理想を自分の手で叶えてみたいと思ったのはまちがいない。

……ああ、そうだ。思い出した。

あれは、ミリカさんと買い物に行ったときのことだ。ビルの巨大スクリーンにアイドルのコンサート映像が流れていた。

確か、全国各地を巡っていたから、世間でかなり盛りあがっていたように思う。

真っ暗な観客席にカラフルなペンライトが波打っていた。曲に合わせて揺れる光は、とにかく華やかで綺麗だった。かなり壮大に違いない。

倍率の高さに震えながらチケットに応募するも、何度も敗北してきた。諦めて配信でライブを見るようになっていた。

あの時、スクリーンに映っていたのは次のライブの宣伝だった。ミリカさんは立ち止まっていた。

ぼうっとした顔で巨大スクリーンに釘付けになっていた。誰が何を歌っていたのかは、正直覚えていない。

でも、それだけで十分だった。

あそこで立ち止まっていた彼女を見て、、何が何でも歌わせてあげたいと思った。

びっくりするくらい単純で、自分で驚いてしまった。

「どうしました?」

「いーや……何でも」

「なら、いいのですが」

クリエイターに憧れただけで、何かを極めたいわけじゃない。どこまでも中途半端なのだろう。

そう簡単に踏み入るべきではないのかもしれない。

それでも、彼女のために歌を作ってあげたいと思った。



https://www.pixiv.net/artworks/114066946

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