第27話「挑む大一番」
─────秋、
アンファリス大陸は広い。先アンファール王デモフィンの時代、開拓推進による新たな
しかし、そのような背景があって尚―――王都パルミオーネで催される『イヴド・マルサの収穫祭』は、多くのアンファール国民にとっての注目と憧憬の的である。
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ランベ村から王都に引っ越してきて、もうずいぶん経つ。
人間とはどれだけ環境が変わっても意外に慣れるもので、もとい私だって前世では
「おうそこの兄ちゃん姉ちゃん! 王都は初めてか? あぁ皆まで言うな、この時期はどこの宿屋もいっぱいだからなァ~。しかしどうだい、うちのとっておきならまだ空いてるぞ?」
「ロッキー鶏の串焼き、1本90ルピでーす! 大特価だよ、ぜひ食べてってー!」
「『猫の揺り籠』は祭りの間中、朝7時から営業開始だ! 王都名産の
「遠い所からよくぞお越しなすった。おっとぉ、御仁……その腰に提げた一振り、そいつもさぞかし立派な代物なんだろうが、長旅でずいぶんくたびれちまってるね。ささ、悪いことは言わねぇ。研ぎ直しついでに替えの一本くらい買ったって
「地竜の鱗、
一見して西洋ファンタジー風のアンファール王国だが、魔法に由来するこの世界独自の技術――大災厄時代に建造された城塞都市を基盤とする――の恩恵があるので、私の前世で言うところの中近世ほど生活水準が低いわけではない。それはつまり毎日のようにバタバタ人が死んだりしないってことで、意外と人口に余裕があるというのは知っていた。
それでも、大通りから裏路地までが人でごった返し、町中の建物から話し声が聞こえてくる様子はなかなか見られるものではない。圧倒されるとはこのことだ。
「うわー、すっごい……。竜空艇は何度か遠目に見たことあるけど、あんないっぱい飛ぶもんなんだ」
「いやぁ、やっぱ王都の収穫祭は別格だよな! どこ行っても賑やかで、毎年飽きないっていうか!」
「うむ! 今日も王国が平和であることの証左であると言ってもいい。僕はとても誇らしいよ!」
「祭りの楽しさを否定はしませんが、今年の僕らにはやることがあるんですよ。急ぎましょう」
「う、うんっ。いよいよ、だね……!」
そんな中で目指すのは、王立パルミオーネ競技場。
すなわち、私たちが出場する『御前試合』の開催地である。
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イヴド・マルサはアンファール王国オルフェナウス朝の将軍、宰相。
当時のオルフェナウス市周辺を支配していた魔族が、初代アンファール国王アルティリアスによって討伐された折にその才を見出され、以後魔王軍との戦いからアンファール建国までを共にした盟友として知られる。
本来は辺境の地で生まれた農民の身でありながら、最終的にオルフェナウス朝の軍事を司る大将軍にまで立身出世した経緯から、農民の守護者として敬われている。
極めて先進的な政治家、法律家でもあり、近現代法の基礎――すなわち全人民公正平等の理念――を確立した人物でもある。
農耕、軍事、律令、その他あらゆる学問に精通していたとされるが、当時の一般的な農民がそのような高等教育を受けられたとは考えにくいことから、専門家の間では実在を疑われている。
現在では、アルティリアス王の大陸平定に伴い、各地域集落の有力な指導者たちの逸話が習合して生まれた架空の人物という説が有力である。
また、魔族の専横に抵抗していた地下組織の記録が残っており、『アルティリアス王による魔族討滅を支えた将軍』という“主人格”の人物像はこちらに由来するものと考えられる。
―――――王立文化教育局刊・アンファール王国史学教本より
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古来、イヴド・マルサの収穫祭は神事だった。
前提として、アンファール王国はかつて大陸に存在した無数の小国が寄り集まって誕生した連合王国である。
今でこそイヴド将軍の名を冠しているけれど、そもそもが彼の発案で『あちこちの宗教の儀式とか種類あり過ぎてめんどくせぇし王都でいっぺんにやらね?』となって考案されたのがイヴド祭だ。開催時期が毎年不定なのも、アルト先生のような宮廷魔術師の部署が、『今年はナントカ族のウンチャラって神の持ち回りの年だからこの日程』という風にわざわざ決めているかららしい。
まぁ、それはさておき……。
「これが噂の『安全対策』かぁ」
右腕の手首にくっついた、石のようなプラスチックのような不思議材質の腕輪。
表面は光沢のある
「びっくりしたな……まさかその場で実演するとは……」
「いきなり大爆発は心臓に悪すぎたよね……」
そう。何とこの腕輪、曰く『装着者の生命力を可視化・一元化』し、大怪我を負った時にはそのダメージを肩代わりまでしてくれるスーパーアイテムなのだ。原理はよく知らないが、
魔物討伐や
「よ」
「お、アルト先生」
といったところで、今回の発起人(?)であるアルト先生が到着。何かありがたいお話でもしてくれる感じだろうか。
「闘技も魔術も素人の連中が、たかだかひと月で御前試合に出ようなんてな。相当の無茶を吹っ掛けたつもりだったんだが……お前ら、随分と面白い星の下に居るらしい」
「まだ最初の一歩っすよ。これから勝ちに行きます」
「ハハ、その意気だ。あんな場所に連れ出した甲斐があったぜ。期待してる」
……あっ、そういえばカナタ君、先週末どっか行ってたんだ。アルト先生に連れられて。
私の時みたいなよっぽどえげつない目に遭わされたに違いないが、その割に表情は晴れやかだった。なんか良い経験をしたみたい……なら、いいのかな?
「ペイラー卿―――いえ、アルト先生。今日までのお力添えに感謝します。このご恩は必ずや結果にて」
「硬ェよ、もっと気楽に行け。……あァ、もとい、真剣にやれよ。死にはしねェんだから」
「せ、先生っ。わたしも、が、がんばります! 応援……してて、もらえますか?」
「あー、ずっとは無理。祭り中は忙しいから」
「いやそういう話じゃないでしょこれ」
やっぱり性格悪いわぁこの人! ノエル様がこんなにも勇気を振り絞っているというに!
「申し訳ない、先生。同輩の皆には負担をかけますが……」
「やかましいわ、ガキが一丁前に大人の心配してんじゃねェ。学生時代最後の思い出だっつったのはお前だろォが。変な気回して手ェ抜いたら承知しねェぞ」
「……っ!! おぉ、おぉ―――先生、僕は今、猛烈に感動していますッ!! やはりあなたこそ王国騎士の鑑、全臣民の模範となるべきお方だ! あぁ神よ、哀れみたまえ! この場には筆も紙も無いッ……我が胸の内に湧き起こる畏敬の念を詩に書き記すことも叶わぬとは、何たる悲劇! 世界の損失だ……!!」
「いやそういうのマジでいいから」
……ジョシュア先輩ってこんな感じの人だっけ? なんか、たまにテンション変な瞬間あるのは知ってたけど。カナタ君が道端で重い荷物抱えてるおばあさんを助けた時とか。
「まーとりあえず、せっかくここまでやってきたことですし! 何かとお偉い身分のアルト先生には? 私たちが優勝した後で、たっぷりご褒美をいただくことにしましょー!」
「は? オイ待て、何を勝手な―――」
「っしゃあ!! そうと決まれば話は早ぇ、紅石牛1年分は俺たちのモンだッ!!」
「僕は白玉魚の方が好みなんだが……そうだな。勝つぞ、僕たちで」
「ハッハッハッハッハ!! そんな副賞があったとは聞いていないが、夢は大きいに越したことはないな! 先生、僕からはクルテャン茸1年分を所望します!」
「みんな食べ物ばっかり……? じゃあわたしは……学園前のお店で見たブローチとか、お願いしようかなぁ」
「さぁみんな手ぇ出してー、アルト先生の気が変わらない内に……」
うっは、最高に青春っぽいムーブ来たっ!
みんなで輪になって、手を重ねてー……。
「……えーと、決め台詞とかあったっけ? まぁいいや、ミュトス代表・チーム雑草魂! 優勝目指して、えい、えい、おー!!」
――――――――――――――――――――――――――――――
「フフフ……お可愛いこと。では、我々も始めましょうか」
「……、なぁエリ―――」
「シッ!!」
「うぐっ!! す、すまん……。れ……レディ・ゴージャスでよかったか?」
「よろしい。さ、ロゴス代表―――いえ、王立学園代表・チームマジェスティック! 華麗に激しく推して参りますわよ~!!」
――――――――――――――――――――――――――――――
カイマヌセ高等教育学院は王都パルミオーネに程近い城塞都市・テバンニ伯領ブーモに本拠を構え、大陸中でも特に精強な騎士、冒険者を各地方に輩出していることで知られる武門の殿堂である。
数年前からは近衛騎士団への登用数で王立学園の兵役訓練課程を上回っており、御前試合・勇躍の部においても幾度となく優勝を勝ち取っている強豪だ。
「初戦の相手は……誰だ? 王立学園の連中じゃないのか」
「それはそうだが、どうも宮廷魔術師のアルト=ペイラー卿が推薦した別の学生グループらしい。代表者は魔術師ギルド副長の御曹司、それに一人はフランバルトの長子だ」
「フランバルト? へぇ。けど、残りの面子は素人だろ?」
「そうね。それに、王族の御前で禁術は使えないでしょう。ジョシュア=フランバルトも実力を発揮し切れないはず」
「あ? つーか
前衛の
因縁のライバルである王立学園・兵役課程の不参加が判明した今、彼らの優勝はもはや確実であるように思われた。
「どうぞよろしく。互いに全力を尽くそう」
「あぁ。良い試合になることを祈っている」
「それでは各員、位置に着いて」
イヴド祭の御前試合・『勇躍の部』第1回戦の会場は目立った特徴も無い屋外運動場だ。男女10人が走り回れるだけの空間は確保されているが、王侯貴族が上覧せしむる場にしてはいささか頼りない。
事実、カイマヌセ代表ほどの強豪にとり、第1回戦は予選程度の意味しか持っていない。
「─────始め!!」
戦闘開始。
王立学園代表、前衛攻撃役2名。中衛魔術師1名。後衛魔術師2名。
「後衛の女の子、すぐに撃ってこない。まさか
「なら厄介だな。ジョシュア=フランバルトは俺が抑える。ビナー、ガラル、フリンは後ろの魔術師をやれ、速攻だ。援護頼むぞ、ブレア」
「「「「了解!!」」」」
作戦通り、槍と大盾を携えたツォーンがジョシュアにジョシュアに喰らいついた。
同時に身の丈ほどもある大剣を振るうビナー、両手斧使いのガラル、
「行かせるか、このッ!!」
「フリン、ガラル! こいつは僕が!」
「ケケッ! 俺らがあっち潰すまでやられんじゃねぇぞォ!」
「突破する。……短剣型の魔導杖とは考えたものだが、本職の前衛と打ち合えるなどとは思っているまいな」
「どうかな。試してみるか」
「ぬわぁ! ちょちょ待っ、こっち来ないでっ……この、
「
膠着、と呼べる状況は長く続かなかった。
王立学園側の最大戦力であるジョシュアはツォーンの堅実な戦いぶりを前にその場を動けず、コニーはフリンの苛烈な攻勢を受けて十分な魔術支援を味方に届けられていない。
ビナーとブレアは、単純にカナタとセテラより実力が高く、また互いの隙を補い合う余裕がある。
ノエルの排除にかかったガラルの攻撃は執拗で正確だ。体格と膂力の差は歴然で、今にも両手斧の刃がノエルの胴体を斬断するかに見えた。
「こんのチビ、ちょこまか逃げ回りやがって───ウラァ!!」
「わっ……!?」
ノエルの足が止まったのは一瞬だったが、致命的な隙だ。その巨躯に見合わぬ俊敏さで死角に回り込んだガラルが、両手斧の柄を強く握り込む。
「まずは一人イィィッ───!!」
広範囲の薙ぎ払い。避けられる距離ではなく、ノエルが持つ白木の
斧の刃が少女の肩口に触れた瞬間、不殺の腕輪が装着者を守り、代償として被撃破判定を下す─────。
「……
はず、だった。
「あ?」
一条の閃光。それとほぼ同時に、澄んだ金属音。
否───限りなく金属同士が衝突する音に近かったが、もう少しばかり軽く乾いていた。
ガラルの手に返ってきているべき手応えが無い。“何か”に押し退けられた。それを、理解する刹那、
「
螺旋を描く風の刃が4度、ガラルの胸元から喉笛にかけてを打ち貫いた。
青年の腕の
瞬間、その場の時が止まった。
アーウェンスの廻廊 ごまぬん。 @Goma_Gomaph
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