じゃんじゃん火に映る顔
真弓創
長岳寺の花見
「
舞い散る山桜の花弁を扇の風で踊らせながら、老人が訊ねてきた。
「あいにく火の玉を見たことがないものですから、わかりませぬな。とはいえ、しょせんは
「なるほど。小七郎どのの武辺と御仏の加護が合わされば、さもありなん」
老人はつるりと頭を撫でて笑った。しかし東大寺の大仏を燃やした当人が仏の加護を語っても、なんの説得力もない。
この老人、昨年落髪し、悟りを志す心を意味する
しかも久秀は三年前、武田信玄の進軍に乗じて挙兵し、織田家を窮地に陥れた過去がある。四悪目を歴史に刻もうとしていたのだ。信玄病没の後に久秀も降伏し、所領を没収されて許されたが、小七郎にはそこも解せない。このような信の置けない妖人を生かしておく理由など何もないように思う。
今の久秀は
しかし当の久秀はのんびりとしたもので、会うたび親身に茶の湯を指南してくれる。今日も風雅を学ぶ一環にと、遅咲きの山桜を肴に花見を催し、噂話に興じている。この老人が本当に三悪を為した御仁なのかと、時折小七郎は信じられない気持ちになる。そしてそのたび、いやこうやって油断させるのがこの老人の手口かもしれぬと気を引き締め直す。そんな小七郎の心を知ってか知らずか、久秀は素知らぬ顔で扇を畳んで東手にそびえる山を指した。
「実は、そこの山に鬼火が出るという噂があるのじゃ」
「ほう、
龍王山の頂には久秀の息子、
「七月にはあそこで
「そうでしたか。めでたき話の折に領内で、しかも城の膝元に鬼火の噂とは、確かに愉快ではないでしょう」
「噂だけならまだ良いが、死人が出ておる」
久秀の言葉に小七郎は身を硬くした。人死にが起きたとなれば、噂と笑っていられる事態ではない。
「先日、鬼火を探りに向かったわしの手の者が、山中に事切れた姿で見つかった。総身を焼かれた姿でな。ほかにも、以前からたびたび鬼火による死人が出ていると聞いておる」
「くわしく調べねばなりませんな」
「うむ。それにあたって、おぬしの小姓の
「はあ……藤丸にですか」
「鬼火を直に見たことがあると聞いての。それに、この辺りの村の出ともな」
久秀が言う通り、藤丸はこの近辺にある
小七郎が藤丸を呼んで問いただしてみると、はたして久秀の言うとおりだった。平伏する藤丸に、久秀がさっそく問いかけた。
「そこもとの村で、鬼火について伝え聞いておろう。直に見たときのことも含めて、知っていることを申せ」
久秀の声色は穏やかだったが、藤丸は強張った顔でうつむくばかりで、なかなか言葉が出てこないようだ。夜ごと、寝物語に小七郎から久秀の悪行と罵詈雑言を聞かされている藤丸である。恐ろしくてまともに久秀と向き合えないのだろう。小七郎が声をかけて助け舟を出してやると、ようやく藤丸は顔を上げた。
「霜台さま、話しても怒りませぬか」
「わしが怒るような話なのか」
「はい」
何が面白いのか、久秀は扇を広げて相好を崩した。
「かまわぬ。申してみよ」
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