第50話 渋谷熊吉 自白(四)
「私たちは幸い人に出会う事なく『野井戸』の近く迄きたので馬車を止めました。『最近井戸の水が減っていると聞いているので見て来る』と言って、私は馬車を離れ井戸に近付き、中を覗き込みながら『おい正治!来て見よ!中に蛇がいて!外に這い出ようとしている』と声を掛けると正治が駆け寄って来ました。『何!蛇!熊兄何処じゃ?』と言いながら手前の草を掻き分け、中を覗き込んでいたので『そこに居るだろう?今水中に潜っている』と指をさし、水面に夢中になっている正治の後ろから隠していた鉈を取り上げ後頭部に一撃して惨殺しました」
問
「なんとむごいことを」
答
「正治は声も出さず、大量の血潮を吹き上げ大きな水音を残し水底に消えてゆき、見る間に水面は赤一色に染まりました。それはそれは、恐ろしい光景で、今でもその様子が夢の中に現れ、脂汗をかく状態です」
問
「渋谷!お前それでも人間か?!血が通っているのか!真面目な将来ある青年を、お前の都合で虫ケラのようにいとも簡単に殺して。なんと言う奴じゃ!夢の中に出て来るのは当たり前だ!こんな恐ろしい犯行をしていた罰だな。しかしその時使った凶器の鉈はどうした?」
答
「鉈?ただその時は犯行の恐怖が一杯で、鉈の記憶が無く、気が付いた時には持ってなかったので、無意識に井戸に投げ入れたと思います。この時は、犯行現場を急ぎ離れる事に集中していたので、帰宅途中、正治から預かっていた荷物の処置をして気持ちが落着くと、今度は、遺体の処置に付いて随分悩み、特に次の事に付いて対策を練りました。
1、夏だから遺体の腐敗が早く悪臭が漂う。
2、必ず遺体は浮き上がる。
3、村人が、井戸水を使い遺体が発見される。
上記の様な事を考えると落着いていられず私は26日早朝、次の事を実行しました。
時間は午前3時過ぎと記憶しています。村を出る時、犬の遠吼えが聞えており『青野ヶ原』の道筋と井戸周辺は暗がりで、人の動きも無く容易に作業が出来たので、これで不安を解消、安らぎを得ました。
その作業とは長い竹竿に出刃包丁を取り付け、遺体が落ち込んだ当たりを、処かまわず突き刺し、遺体を切り刻むことです。これで体内に発生するガスの放出を行い、遺体の浮上を押えられると考え、この作業に20分前後、掛ったと記憶しています。」
問
「何!槍にした包丁で遺体を切り刻む?そのような手の込んだ犯罪をしたのか?その時使用した包丁は、今も有るのか!それと遺体からの悪臭に付いては?」
答
「包丁は家に持ち帰ったが刃こぼれが多く、使用出来ないので、後日炉で溶解処分にしました。
遺体の匂い消しに付いては、大量の堆肥を井戸に落とし込む事で簡単に解消しました。遺体が万一浮上しても藁等で出来た堆肥の下だから上から覗き込んでも遺体の確認は出来ないと思いました。
又悪臭に付いても堆肥の中に、大量に投入した家畜の糞の匂いが強く、誰にも気付かれませんでした。しかし数日後、村人から『臭い』と苦情が出たので、私は『家畜売買の商売をしており毎日肥やしが出るので捨て場に困り、あまり利用していない井戸と聞いていたので、つい捨て場に使いました』このように謝罪すると、村人達は『まあ今回は目をつぶるが以後気を付けるように』この程度でその場は治まりました」
問
「良くそんな事を思い付き実行したな?話を聞けば聞く程、お前は恐ろしい男だ!その時に無数の傷跡があの髑髏と骨等に付いたという訳か?正治が行方不明になった時、警察は、お前を疑わなかったのか?駅まで荷物を運ぶ事は久子も知っていただろうに?」
答
「髑髏の傷跡?それは知りません、た作業の折に穂先が堅い物に当る手応えが幾度も有りました。
正治は私が駅まで送る事は久子も知っており、私に仕事が入り予定変更の件を正治に話したので、荷物を持ち一人で駅に向かう正治の姿を庭先から見送った久子の言葉が決めてとなりました。又午後4時前後、青野ヶ原駅前は多くの若者がたむろし、その中に『正治らしき人物』が居たと駅員が証言したので、私は警官の追求から逃れる事が出来たのです」
問
「堆肥の件はお前はたしか山田さんから依頼があったと言っていたが?山田さんに聞けば嘘が直ぐ、ばれるだろう?その点、警察は追及しなかったのか?又荷物の処分は、何時どのような方法でしたのか?」
答
「山田さんの件は、事実依頼が来ていたので、当日実行したと述べました。今迄も村人から料金を頂き、堆肥の運搬を時々しているので疑われることはなかったです。正治から預かった荷物は土中に埋め隠し、後日荷物の中から、お金と衣服類を盗み、これ以外の書籍類は焼却処分にしました」
問
「渋谷!巧い事芝居をしたな?計画どおり正治を行方不明扱いにしたのだな。その後、盗み取った衣服や品物を海岸にお前が埋めたのか?それとも誰か共犯者がいたのか?」
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