第27話 酒

 酒とはアルコールが含まれた飲料の総称で、抑制作用つまり脳の覚醒や刺激を抑制し神経伝達の水準を低下させるため、人間が飲むと酩酊を起こす。


 お酒の歴史は古く、製造方法は原料をはじめ多種多様にあるが、発酵によってエタノールを生成することが共通している。


 果実ではワイン、穀物ではビール、イモ類では焼酎など、さまざまな種類があるが、その中でも最も歴史が古いお酒と言えば、ミードつまり蜂蜜酒だ。


 地球の歴史だと1万年前から飲まれていたお酒で、原料は言わずと知れた蜂蜜。主にヨーロッパで人気のあるお酒で、様々な種類のミードが販売され楽しまれているそうだ。


 蜂蜜酒を飲んだことが無い人は、甘いお酒を創造するかもしれないが、味はどちらかといえば甘い香りのするビールだ。蜂蜜の糖分が分解されアルコールになるので、甘みがなくなるが、香りが残る。ロゼミードやスパークリングミードなどがあるので、白ワインのような味でもあるとされている。


 さて、なぜ蜂蜜酒の話をしているのかといえば、母親であるアリシア母さんの大好きなお酒であり、現在それを求め母さんと妹のシンシアと一緒にメルクトス村の養蜂を営んでいる村人の家に直接買い付けに来たのだ。


 小さなログハウスの家に着くと、母さんが扉をノックする。中から女性の声が聞こえ、扉が開かれると熊耳をした女性が出てきた。


「アリシアさん、いらっしゃい。そろそろ来ることだと思ってたよ」

「毎年の楽しみだもの。この時期は特にね。それにアーシュラの家で取れた蜂蜜は美味しいもの」

「アリシアさんに褒めてもらえるなら、こっちもやりがいがあるよ」


 ブラウンの髪色をした熊人族のアーシュラさんと母さんが挨拶をしながら、家の中へ招き入れられる。


「旦那さんは?」

「今日も蜜を取りに行っているよ。今が採取時期だからね」


 招きられた家の中はちょっとしたお店になっていた。カウンターと商品だろう瓶詰された蜂蜜の置かれた棚。ソファーに座りながら店内を眺める。


 仄かに蜂蜜の甘い匂いが漂っている。それにログハウスの木の香りと花の香りだろうか、とても落ち着く雰囲気の店だ。


「それで今日は何を買っていくんだい?」


 ソファーに座った僕達にお茶を出してくれたアーシュラさんは、母さんに買っていくものを聞く。


「そうね、いつもの取れたてはあるの?」

「あるよ、今年も順調に取れたからね。蜜ブタのしっかりついた蜂蜜が取れてるよ」


 花などから集めた蜜はまだ糖度が低いため、蜂達はこれを翅で扇いで水分を飛ばし、濃縮した蜜をミツロウで蜜ブタをするのだ。これを採蜜することで美味しい蜂蜜が取れる。


 アーシュラさんは立ち上がり、奥へ行くと瓶に入った蜂蜜と木で出来た小さ目のスプーンを3つとお皿を持ってきた。どうやら試食させてもらえるみたいだ。


「これが今年取れたやつだよ。味が濃いから蜂蜜酒にするにはピッタリだと思うよ」


 瓶からすくってくれた蜂蜜を3人で食べてみる。濃厚で甘みが強い。糖がアルコールになるので、これで作ると度数が高くなりそうな気がするけど、どうなんだろうな。


「美味しいわね、これを買うわ。アーシュラさんがこれで作った蜂蜜酒はあるの?」

「あるにはあるけど、いつも思うけど、アリシアさんなら自分で作った方が美味しいでしょうに」

「作った人によって違いがあるからいいのよ。アーシュラさんの作った蜂蜜酒は気に入ってるのよ?」

「それはありがたいね、そっちも用意するよ」

「ありがとう」


 どうやら自作用とアーシュラさんが作った蜂蜜酒を買うらしい。本当に好きなんだな。隣のシンシアを見るとまだスプーンを舐めていた。シンシアも母さんに影響されて好きになりそうだなぁ。


 アーシュラさんが持って来た蜂蜜2瓶と蜂蜜酒を1瓶を購入する。


「そういえば、あれは手に入った?」


 会計を終えて瓶を持って来た籠にしまいながら、母さんがアーシュラさんに質問をすと眉を下げ申し訳なさそうな顔をしながら、机の上を片付ける。


「色々伝手を使って聞いてるけど、まだ手に入れたって情報はないね」

「やっぱりそうよねぇ。蜂蜜といえ高級品でもお金を出して必ずしも手に入らないわけだし」

「気まぐれだからね」


 母さんが残念そうにしながらも、仕方ないと割り切る。そんな高級な蜂蜜があるのかと同時に気まぐれってなんだ?


「母さん、それどんな蜂蜜なの?」

「ハニーベアっていう魔物の蜂蜜よ」


 一瞬地球の黄色いクマさんが思い浮かんだが、熊が蜂蜜を食べるのだろうか?でもそれだと蜂蜜は取れないよね……


「知らない魔物だけど、ハニーベアが蜂蜜を作るわけじゃないよね?」

「ええ、ハニーベアは蜂の巣から蜂蜜を採取する変わった魔物なの、人は襲わないし、温厚で討伐対象にならない魔物なんだけど、蜂蜜も食べるけど、実際はその蜂蜜から取れる魔素が好物みたい。採取方法も変わってて、魔法で蜂蜜を取り出すの」

「だけど、好戦的じゃない魔物だから、他の魔物に襲われちゃってなかなかハニーベアがいなくてねぇ。それが原因でなかなか手に入らないのもあるのだけど」


 母さんの説明にアーシュラさんが補足してくれる。なかなか変わった魔物だな、ハニーベア。一度見てみた気もするけど、どうしても黄色いクマの姿を想像してしまう。


「そのハニーベアが食べる以外に時々蜂蜜を蓄えるのよ、自分で作った入れ物に。それがハニーベアが採取すると蜂蜜の味が変わるみたいで、とても美味しいのよ」


 それは食べてみたいな。この世界の食べ物って地球よりも味が濃くて美味しいんだよね。


「無いものは仕方ないわ。アーシュラさん、それじゃまた蜂蜜買いに来ますね」

「ええ、いい蜂蜜を用意して待ってるよ、またいらっしゃい」


 アーシュラさんに別れの挨拶をしながら、ログハウスを出て家に帰宅する。ハニーベアの蜂蜜は手に入らなかったけど、母さんは上機嫌だ。帰り道も鼻歌を口ずさみながら、シンシアに今日の夕飯の希望を聞いている。






 家に着くと早速蜂蜜酒を作るみたいだ。地球の知識だと、作り方としては混ぜ物のない純粋な蜂蜜と水を1:3の割合で混ぜる。蜂蜜の量の濃度で変わるらしいので、約25%が目安。これで大体アルコール度数が約10度の蜂蜜酒が出来る。


 蜂蜜に水を少しづづ入れて、希釈しながら混ぜ合わせ、そこに発酵を促すためドライイーストを約300gに対し約1g入れてかき混ぜる。


 これを発酵が終わるまで約1週間放置するのだが、この時密閉するとアルコール発酵で生じる二酸化炭素で入れ物が破裂する恐れがあるので、入り口にホコリなどが入らないようかぶせる感じで保存する。


 放置してると発酵が始まり、小さな泡が立ち、シュワシュワと炭酸の弾けるような音が聞こえ始め、これがなくなったら発酵が終了した合図。


 底の澱を取り除く作業をして完成。この澱はイーストの塊なので別の蜂蜜酒やパン作成にも使うことができる。


 これが基礎的な蜂蜜酒の作り方だが、母さんの作り方は蜂蜜に水を入れて混ぜるまでは同じ。だがこれを全て魔法で行う。水を魔法で出し、魔法でかき混ぜながら、そのままを維持した状態で、糖をアルコールに変えるよう魔法で行う。


 この魔法でお酒を作ることで、作った人によって同じ原料でも味が違うらしい。アーシュラさんが言っていた、アリシア母さんが自分で作った方が美味しいという話がこのことなのだ。


 作った蜂蜜酒を冷蔵庫の魔道具に保存して、夕食の準備に取り掛かる。今日は僕も夕飯を手伝ったが、品が2~3品多い。たぶん母さんと父さんで晩酌でもするのだろう。


 案の定、父さんが帰宅後の夕食の席で母さんが今日は蜂蜜酒を買ってきたことを父さんに話、夕食後に2人で晩酌していた。


 いつまでも夫婦仲がいいのはいいことなので、邪魔をしないようシンシアと一緒にリビングから部屋へ戻り、今日は早めに眠るのであった。

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