アロハ・オエ

 僕が「彼女」と初めて出会ったのは、僕の夢の中だった。


「久しぶり。それともはじめまして、かな?」

「だ、誰……!?」

「うーん、誰でしょう?」


 そうやっていたずらっぽく笑う表情は、どこか懐かしいようで、どこか切なかった。

 その人が誰かまでは、思い出せない。でも、どこかで見た記憶はある。


「その顔は……忘れた顔だね!? 一生憑りついちゃうぞ!?」

「憑りつくって何!? 幽霊!?」


 悪夢なんて見たくなかった……。


「うん、そうだよ」


「彼女」はどこか明るそうに、あっさりと肯定した。

 まあこれは僕の見ている夢だし、何でもアリか。


「残念だけど、幽霊の知り合いはいないよ」

「むー。いじわる。ひどい」


 頬を膨らませてすねる。なにこれめちゃくちゃ可愛い。


「じゃあ、キミの秘密を1つ、話そうか。もちろん、知っているのは私だけ」

「な、なに……?」

「クローゼットの奥にある段ボールの中身。空色と白色のワンピース、だっけ?」

「なっ……!!」


 それは、誰にも知られたくない、僕の秘密。


「結局、1回も着てないでしょ。色々な意味で着づらいから」

「どうして——」

「そこまで知っているのか、って? 当たり前でしょ、全部お見通し☆」


 ようやく、気づいた。


「もしかして、姉さん……?」

「あったりー。というか、思い出すのが遅いよリュウジ」

「だって、姉さんが死んだのいつの話だと思ってんだよ」


 自分で言ってから思い出した。

 もう、そんなに経つのかと。


「リュウジ、17歳の誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう。とうとう、追いついちゃったね」


 姉さんが死んだのが5年前。

 平均よりも頭1つ高い姉さんの身長にも追いついてしまった。


「あ、そうだ。リュウジに誕生日プレゼントあげないと」

「どうやって渡すのさ」


 幽霊からもらうプレゼントって、それはそれで気味が悪い。たとえ姉さんだとしても。


「リュウジ、目をつぶって」

「うん」


 目を閉じた瞬間——。




 頭の上で、目覚まし時計の音がする。

 別に、何もない普通の朝。

 ただし、着替えるまでは。


「何だこれ……!!」


 クローゼットを開けた瞬間、目に入ったのはあのワンピース。

 隠していたはずなのに、なぜここにある。


「おっはー」

「うわあああああああ!?」


 1人きりのはずなのに背後から声をかけられれば、誰だってぎょっとする。

 立っていたのは姉さんだった。もとい、姉さんの幽霊。もっと正確に言うなら、幻覚。

 頬をつねったり引っぱたいたりしてみた。


「こらー、もうリュウジってば」


 姉さん(の幽霊)に両腕を掴まれた。


「ひっ……!!」

「まったくもう、いい加減にしてよ。お姉ちゃん傷つくんですけど」


 本当に、目の前に人がいるように思える。

 この超常現象を、受け入れるしかないのだろうか。


「そ、それで何しに来たのさ」

「んー。それ、着て欲しいなって。というか着たいんでしょ? 手伝ってあげるよ」


 それに、と姉さんは続けた。


「リュウジと、また一緒に出掛けたいな」

「それで、どうやって仕立てるつもり?」

「任せて」




 姉さんが指示を出し、僕がそれを実行する。

 一部例外はあるものの、基本的に何か物を持ったりすることはできないらしい。

 でなきゃあんなこと出来ないよね、と納得していた。


「私の部屋に、姿見あるから」


 姉さんと一緒に部屋を移動した。

 5年も経ってしまったが、時折手入れはしている。ただ、持ち主だけがいない。


「全然、変わってないね」

「まあ、掃除だけはしてるから」


 姉さんは姿見にかけていたカバーを外すと、僕を呼び寄せた。


「どう? 可愛いでしょ?」


 映っていたのは、双子の姉妹。


「鏡に映るんだね」

「そこじゃなくってさぁ、リュウジの変身ぶりを見せてるわけなんだけど」

「ところでこのウィッグ、どこで手に入れたの……」

「えっとね、秘密」


 そう言いつつも、目を逸らしていやがる。


「まさか、さっきの『着て欲しいな』って……」

「な、何のことやら……?」


 死後5年で初めて発覚した、姉の密かな願望。

 弟を女装させたい願望である。


「ま、いいけどさ。ホントはこの後出かける予定だったんだけどね……」

「それでいいじゃない。似合ってるよ?」

「あのさぁ」

「ねえお願い」


 甘えた声で言ってこないで欲しい。聞き入れるしかなくなってしまうじゃないか。


「わかったけど、行先はもう決まってるからそこでいい?」

「いいよ」




 着いた先は、町はずれの霊園。


「まさかここに来るとは思わなかったなぁ……」

「仕方ないだろ、元々そういう予定だったんだから」


 ここに眠っているはずの姉さんは、なぜか今日は隣にいるのでお供え物はない。

 手くらい合わせてもよかったような気もしたが、本人に見られていると思うとそれもできなかった。


「いつもありがとうね」

「いいよ、別に」


 雑草を片付け、墓石を丁寧に洗っていく。

 作業にはいつもより力が入った。


「毎回それくらいやってくれると嬉しいんだけどなぁ」

「命日はみんなでしてるからいいじゃん」


 最後にシキミを取り替えて、おしまい。

 いつの間にか姉さんは墓石の上に腰かけていた。


「なんか、幽霊が自分のお墓参りしてるみたいだね」

「こんな格好させたの誰だよ」


 というか、ある種のホラーだと思う。幽霊が自分の墓にお参り。


「リュウジ、誕生日おめでとう」

「……うん、ありがとう」


 姉さんにこの報告がしたくて、今日は墓参りのつもりだった。

 けど、まさか向こうから来てくれるとは思わなかった。


「姉さん」

「なあに、リュウジ?」

「帰りも、一緒が良いな、なんて……いい?」

「いいよ。今日は一緒にいてあげる」

「ありがとう」




 夜は両親が盛大にパーティーをしてくれた。

 2人は気づいていなかったけど、姉さんも僕の隣で、誕生日の歌を歌っていた。

 部屋に戻ると、少し黄ばんだ小さな封筒があった。

 もちろん、姉さんしかそんなことをする人はいない。

 5年分の思いを発散させるかのように、何枚も書き連ねていた。


『長くなっちゃったけど、久々におしゃべりができて楽しかったよ。またね。姉さんより』


 手紙の1番下には、こうも書いてあった。


『追伸 リュウジのクローゼットに、プレゼントをもう1つ入れておきました。大事に使ってね』


 何だと思って開けてみれば、姉さんの制服が。

 僕は半ば呆れながらも、今度1回だけ学校に着て行ってみようかと思いながら、ドアを閉めた。

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