第5話 冒険の始まり④

 脱出経路を探るため、二人と一柱は土牢を出ることにした。


 報セは手早く見張りと自分の服を交換し、兵士に化けた。見張りが持っていた鍵束と武器も回収した。見張りの二人は、よく眠っていた。いびきまでかいている。


 見張りが持っていた武器は、鏃杖という。


鏃杖とは、この菱の島でよく取れる心石から作った武器のことである。心石とは、古くから使われていた、心を持ちその意思によって人に力を与えるとされる、不思議な石だ。特殊な技を使うことで、石は様々な働きをする。例えば風でも消えない火をつけたり、砂漠に湖を作ったり。けれどその技というのは難しく、一つの技では一つの事柄しか生み出せない。技を例えて、心石と心を通わせるというが、言葉を持たない相手と心を通わせるのは難しい。氷上の武人、すなわち南の島々に住んでいた翼の先祖は心石を刀に使い、大きな武力を得た。石の刀は鉄以上に強力だ。しかしそれは一人一人の技量によりけりで、また大きな石を使った精巧な刀でなければ、鉄の刀と変わりなかった。


しかし七十年ほど前、ある遠い国で、心石に幾何学模様の一種を埋め込むことで、誰でも特定の事柄を生み出せることが発見された。この発見は世界を変えた。菱の島で反乱が起きるようになったのも、それまで武家が独占していた武力が誰にでも使えるようになったからである。氷上帝国では武家の力が弱まり、それまで軍人になれるのは武家の子弟に限られていたが、それが平民にも開放された。現在では女を含む十八歳以上に兵役の義務がある。


鏃杖は心石の力が尽きるまで、鏃を飛ばすことができる。杖の持ち手が膨らんだような形で、杖の先で目標を指し、心石でできた持ち手の幾何学模様に触れると、杖の先から鏃が飛び出して目標を攻撃する。尽きない鏃を持つ杖、略して鏃杖という名前がついた。


「そう言えば」


シイ神さまが翼に忠告した。


「今のお前に鉄や木の武器での攻撃は効かない。鏃杖の鏃も同じ。だが、心石そのものは霊としての性質も持っている。くれぐれも気をつけるのだ」


シイ神さまは宙に浮くと翼の目の前で止まった。


「姿を消す方法を教えてやろう。我自身は普通は霊能者以外の目に見えない。が、親切でこのように顕現しているのだ。しかしお前の霊体は諸事情で誰からも見えるようになっているからな。姿を消せた方が良かろう。無言で姿を消したいと念じるのだ」


消えろ、消えろ、消えろ……。心の中で念じてみる。すると冷たい風に包まれるような心地がして、足を見てみると、足がなかった。


「すっげぇ! 」


思わず声に出すと、冷たい風はかき消えて、元の半透明の足が現れた。


確かめてみたところ、念じると姿が見えなくなり、声を出すと元に戻るらしい。これは便利だ。


「だが気をつけろ、霊能者には見破られるのだ」


「はいはい」


「はい、は一回!」


そんなにいないだろ、霊能者。翼は油断していた。


 いよいよ土牢の外に出た。


土牢の外には同じような格子がいくつかあった。人が捕まっているのかと思い翼は下に降りてみた。だが報セのいた土牢以外は、人がいた痕跡はあるものの、もぬけの殻だった。


 みんなどこに行ったんだろう……、嫌な予感がして、翼は背筋が寒くなった。痛みは感じなくても背筋は寒くなるんだな、と別のことを考えて気を紛らわせる。土牢に人がいなかった事を伝えると、報セは、覚悟は決まったとでも言うように、ただ頷いた。

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