4-2
悪いことは立て続けに起こるなんて言うけど、いいことだって、起きるときは連続で起きるようだ。
勇者様と初めて長い会話をして、自分の秘められた能力を教えられた俺はウキウキした気分で自室に戻ってきた。
すると、なんと窓辺にかつての友だち、妖精のキンバリーが座っているではないか。
「キンバリー! こんなところで何をしているんだい? てっきり故郷の森へ帰ったと思ったのに」
キンバリーは照れ臭そうに笑った。
「いやね、オイラもエスタベッシュの森へ帰ろうと思ったんだぜ。だけどさ、ロンディアンからエスタベッシュまでどれくらいの距離があると思う? 三日三晩飛んだくらいじゃたどり着けない道のりだぜ。それに、途中には質の悪い人間だの動物だのがうようよしているんだ。そう考えたら、どうにも腰が重くなっちゃってさ」
「それで俺を訪ねてきてくれたのかい? それにしてもよくここがわかったなぁ」
「へへっ、妖精には特別な力があるってんだよ。満月の晩ならバートンの気配もなんとなくわかるし、こんなに可愛らしくても犬っころよりずっとよく利く鼻をもっているのさ」
そこでキンバリーは急に顔をしかめた。
「それにしても、ここはとんでもなく臭いよな。まるでゴブリンの巣の中でジャイアントワームが腐っているみたいな臭いだぜ。それに、オイラは檻に入れられていたけど、ここでは人間が檻に入ってらぁ。なるほど、傍から見れば檻に入っている生き物を見物するのは面白いのかもしれないけど、いい趣味とは言えないなぁ」
俺は戸棚からバターブレッドの紙包みを取り出した。
中身はもうほとんどなかったけど、小さなキンバリーならこれでもお腹いっぱいになるだろう。
「ごめんね、キンバリー。俺はまだ仕事なんだ。これでも食べて待っていてよ」
「なんだ、こんな夜中に仕事とは、随分とブラックな職場じゃないか?」
「まあね……」
キンバリーはバターブレッドの欠片を掴むと、俺の襟の中へ飛び込んできた。
「せっかくだからオイラも人間動物園を見学するぜ。バートンの職場をよく見ておかなくっちゃな」
「おいおい、囚人や他の看守に見つからないようにしてくれよ」
「わかっているって。ここでじっとしているからさ」
キンバリーは首の後ろに回り、俺の髪を自分にかぶせた。
所定の場所へ行くと、ピーターがもう待っていた。
牢内の明かりはすべて消されていて、辺りは真っ暗だ。
「お疲れ様です、ウルフ様。聞きましたよ、今日は大活躍だったそうですね!」
クランチとマリアンの逮捕のことをどこかで聞きつけてきたようだ。
「たまたま事件に巻き込まれただけだよ」
「それでもすごいです」
ピーターは英雄でも見る目つきで俺を見ていた。
「さあ、さっさと夜の巡回を済ませてしまおう」
真っ暗になった牢内を巡り、カンテラで照らしながら監房の中の人数を確認していく。
ほとんどの囚人は寝ているか、寝たふりをしているので特に問題なく仕事はすすむのだが、ごくまれに体の不調を訴えてくる囚人もいるので、その場合は医者を呼んでやることもあった。
ただ、囚人たちは仮病を使うことが多い。
単調な毎日に嫌気がさして、ほんの一時でも医者にかかって、辛い現実を忘れたいという願望の表れであるようだ。
それらの要求を全部受け入れていたら大変なことになってしまうのだが、たまにはガス抜きだって必要だと思う。
仮病とわかっていても、これ以上は囚人の精神がもたないと判断した場合は、無視をせずに丁寧に症状を聞いてやるだけでも囚人は落ち着くのだ。
医者を呼んでやるかそうでないかは看守の匙加減(さじかげん)になるわけで、そこのところの見極めも難しかった。
看守によっては、目に見えて症状が悪くなければ話を聞くことすらしない。
ましてや、医官へ報告をすることすらなかった。
当直医として勤務している医官だって、深夜の往診は嫌がるのだ。
彼らは5等官で看守よりは身分が上だ。
そんな医官たちに忖度(そんたく)する気持ちも働いているのだろう。
暑くも寒くもなく、寝苦しさとは無縁の夜だったのがよかったのかもしれない。
その晩は体調の不良を訴え出る囚人はいなかった。
監房の見回りが終わると、引き続き監視塔での監視任務に就いた。
監視塔には仮眠ベッドがありピーターと俺が交代で監視を務めることになる。
俺が最初に監視台に立つことになり、ピーターが先に眠ることになった。
ピーターが小さなイビキを立て始めるとキンバリーはすぐに襟の中から這い出してきた。
「やれやれ、ホーンラビットのお兄ちゃんはようやくおねんねか」
ホーンラビットはモンスター化した兎のことだ。
本来は草食動物の兎だけど、体内に魔力の結晶ができてモンスター化すると肉食になり、小動物を襲うようになる。
身体も大型犬ほどに膨らみ、人間でも小柄な女子どもが相手なら向かってくることさえあった。
ただ、それほど凶暴ではなく、顔つきには愛嬌(あいきょう)もあるのだ。
キンバリーの言う通り、少し前歯の大きいピーターに似ていた。
「キンバリーは口が悪すぎるぞ」
「妖精の口の悪さはデフォルトさ。オイラに悪態をつかせるために、人はオイラたちをつかまえるんだろう?」
確かにそういう側面はある。
王族や貴族たちは道化師や妖精を傍(かたわ)らに置く人が多い。
彼らはペットのような扱いを受けるのだが、君主に向かって無礼な口をきける唯一の存在でもあった。
誰からも批判されないような権力者にとって、ジョークを織り交ぜながら自分を批判する存在は、腹立たしいながらも貴重なものなのかもしれない。
もっともやりすぎて羽をもがれた妖精や、鞭打ちにあった道化師を俺は何人も知っている。
キンバリーだってかなり危ない目に遭っているのだ。
「で、どうだった? 君のいうところの人間動物園は」
「ああ、最悪だ。どうしてバートン坊やがこんなところにいるのか、理解に苦しむね」
そう言われた瞬間に勇者様の顔が思い浮かんだ。
べつに、彼女のためにここにいるわけじゃない……。
今は身動きが取れないからだ。
「生きていかなきゃならないだろう? 泥棒をすれば、俺だってあの檻の中だ。外側にいるだけまだマシというものさ」
「同じ屋根の下でも、内と外とは大違いか。まあ、わかるぜ。檻の内側にいた身だからな」
監視任務じゃなかったら、自分たちの幸運に感謝しながら酒の一杯も用意して乾杯したい気分だった。
囚人たちだって入りたくてあそこにいるわけじゃない。
ほとんどの人間は環境の犠牲者だ。
俺は運が良かっただけだと思う。
たまたまフォスター男爵に出会えて、なんとかこの職を得て……。
そうでなかったら、パンを盗んで檻の中にいたのは俺かもしれないのだ。
「夜が明けたら、再会を祝して、ジゼルのお湯割りで乾杯しよう」
「蜂蜜も入れてくれよ」
「贅沢言うなよ。ここは屋敷じゃないんだぜ」
「俺たちも落ちぶれちまったもんだなぁ」
「でも、自由だろう?」
「それもそうか……」
暗闇に沈黙が訪れ、ピーターの小さなイビキが響いていた。
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