51 優しい人

「こんなの間違っている……っ!」


 その国の首相は優しい。

 動植物を愛で、人の涙に涙し、犯罪グループに鉄槌を下す。国民もそんな優しいそんな首相を買っている。

 そんな彼が今、怒っているもの。

 それはネットニュースだ。

 速報性に優れ時間を問わず環境に優しい。便利で、これによって助かった命も多いだろう。

 しかし、故に。


『俳優の○○死去 86歳』


 と言った悲しい、とても悲しい訃報が一瞬で埋もれるのも事実。


(人の死はもっと重い!)


 昔は長期間喪に服するのが当たり前だった。それがどうしてこんな事に。

 思うに、ネットニュースの仕様が悪いのだ。

 TVでは訃報は数日続き、特番が組まれる事も多いのだし。


「そうだ!」


 ピンときた。

 だったら訃報を法規制してしまえ。




 訃報は24時間ネットニュースのトップに置かなければならない――彼が打ち出した法は、至ってシンプルな物。

 国民の反応は賛否両論で「優しいねえ」「良いと思う」「邪魔」「速報が分からなくなる」色々な意見が飛び交う中、この法令は施行される事となった。

 その晩、首相はとても機嫌が良かった。これでもう人の死が軽く扱われなくなるのだから。


「これでよし」


 ああ、自分はやっぱり優しいのだ。


***


「最近来院者増えましたね」


 そうぼやいたのは、電子カルテを見ていたナースだった。


「糞みたいな法律のせいだよ」


 溜め息を吐きながら答えるのはクリニックの精神科医だ。

 訃報は24時間ネットニュースのトップに置かなければならない――新法が出来てから、こんな田舎のクリニックですら予約で一杯になった。


「毎日訃報を目にするから、メンタルを病む人がグッと増えたんだ」


 そう。

 ニュースウィジェットには毎日訃報が載り、検索エンジンでも必ず訃報を目にし、だったらとスマホを閉じてもテレビで訃報に触れる。

 どこを向いても訃報訃報訃報……そんな地獄に、繊細な人の心が持つわけない。


「ああ……首相は満足してるんでしょうけど」


 優しいが故にした事で、苦しむ人が出る。

 この世界はそんなものだ。


「……さあ次の診察の時間だよ」


 精神科医はそれに答えず、待合室に続く扉に身体の向きを変える。

 今日も大勢の患者が自分を待っているから。

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ブラックなショートショート集 上津英 @kodukodu

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