33 殺人か食人か

 デスゲームに巻き込まれたのは夏の試験中だった。

 いきなり睡眠ガスが高校の教室に充満し、俺達は誰1人抗えずに島で一番の高層ビルに運ばれ、カイジに出て来そうな黒服に「これはデスゲームだ。この5階建てのビルで殺し合え」と言われたのだ。

 どうやら町長が島にリゾートホテルを作りたいが為に、デスゲーム観戦が趣味の金持ちに俺等を売ったらしい。


 家族みたいな俺等にデスゲームなんて……って最初はみんな思ってたけど。

 最初の24時間で1人は死なないとみんな死ぬ、誰か1人になった途端1階の扉が開く、と主催者である黒服が言った為に──俺等は結局、この狭いビルで殺し合っている。




 試験とか高校とか言っても、離島にある分校なので生徒は7人しか居ない。

 しかし今は、もう2人だけだ。


「メガネ君も殺しちゃったね……」


 4階の会議室で、恋人のさくらが泣きそうな声で呟いた。


「うん。ごめんなメガネ……でもこれで、俺らは生き残れるよ」


 床に倒れて血を流して動かないメガネ──凄く度の強い眼鏡を掛けていた、俺らのリーダー的存在だった──を見下ろしながら返すと、さくらが引き攣った声を上げる。


「……ねえ、でもそれさ……みんなを食べなきゃ、だよね……そんなの私嫌だ……!!」


 そう。このデスゲーム、生きて帰れるのは1人だけじゃないのだ。

 2人だけで2週間生きられれば、2人共生還出来ると言う。

 しかしそんな時間をこの閉ざされたビルで生きるなんて、俺らが生命体である以上無理な話だ。

 水分はトイレのウォッシュレットから摂れるけど、支給されたクッキーはもう底を尽き──死んだ友達を食べる以外、食料は無い。それもこのビルに火は無いから、食人するなら生だ。

 殺人か食人か。

 こんな変なルールがあるのは、きっと変態達を最後まで飽きさせない為なんだろう。


「さくら! 気持ちは分かるけど……もう決めただろ。俺はさくらと生きたいんだ!」


 俺だって友達の生肉なんて食べたくないけれど、それでさくらと生還出来るならそうしたい。さくらは大切な幼馴染で、熊みたいにガタイの良い俺を愛してくれた初めての人だったから。


「うん……そうだよね。うん……私、我慢するよ。でも動かないみんなを見たくないから、誰も死んでいない5階でこれからは生活しよ? 5階、窓ガラスのままだし……好きなの」


 そう言いさくらは身を屈め、メガネから眼鏡を外す。


「メガネ君……メガネ君から借りる小説、何時も面白かったよ……メガネ君読む本まで理系だったね……」


 メガネ君の形見はやっぱり眼鏡にするんだな。

 ブレザーのネクタイ、ピアス、生徒手帳──彼女は何時も殺した友達から形見を回収するから、今回もそうなのだろう。

 そして俺ら2人だけの生活が5階の空き部屋で始まった。

 空腹に負けて俺は2階の柱に鎖で固定されている肉切り包丁で友達を食べようと思ったけど、さくらが「ギリギリまで止めて!」と嫌がったから止めた。

 さくらはこう言う時でも優しいな。いや……俺がもう狂ってきてるんだろうな。




「ん……?」


 異変に気が付いたのはその翌日。

 熱さと焦げ臭さで起きたのだ。


「えっどうして……!?」


 驚いた。このビルから火元は徹底的に排除されていると言うのに、どうしてこんな臭いがするのだろう。

 体を起こした俺は、更に驚いた。火が回っていたし、横にさくらが居なかったのだ。


「さくら! さくら!」


 訳が分からなかった。せっかく生きられそうなのに。なんで視界が白いんだ?

 それにどうして、さくらが見当たらないのだろう。彼女が仕組んだとは考えたくないけれど、まさか。


「さくらぁ……っ!」


 頭に浮かんだ考えを否定するように彼女の名前を呼びながらも、眼前まで迫って来た赤に焼かれて死ぬ運命に、俺は泣いて慄いた。


***


 燃え盛るビルの中、さくらは嘘みたいに簡単に開くようになった扉からゆっくりと逃げ出した。


「ふう……」


 これで生者は自分だけ。ゲームクリアだ。

 どうやればこのデスゲームで生きられるかずっと考えていた。そして、恋人を使って勝ち進み、最後に恋人を殺す事を思い付いたのだ。

 メガネ君の度の強い眼鏡レンズをルーペ代わりにし、真夏の陽光を生徒手帳に集中して当て火を起こす。そうして今まで友達を殺害してくれていた恋人──体格の良い彼が居なかったら、自分はとうに死んでいただろう──を殺し、自分は悠々と生還する。

 5階で生活しようとしたのも、煙が1階に回って来る前に外に逃げられると思ったから。


「こうやって火を起こす方法、メガネ君から借りた本で知ったんだよ。有り難うね」


 ぽつ、と礼を口にする。

 恋人の事は好きだけれど、まだ高校生。結局自分が一番好きなのだ。

 さくらは黒服が拍手を送って来る中を1人悠々と歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る