第35話 幕間

幕間 シャルロッテの苦悩


わたくしは焦っている。

まだ卒業まで10カ月もあると言うのに焦っている。

あの裁判以来、ジンは何かを思いつめているのは間違いがない。

わたくしは思う、きっとこの国を出て行ってしまうだろうと。わたくしの予想だと、そのタイミングはアリサとわたくしの卒業と同時だと思うから。

何故?ジンに直接言われたわけではないけど、たまーにジンはアリサを探していた事をほのめかすような言葉を口にする。あれでなんでアリサが追求しないのかはわからないが、わたくしの勘は外れていないと思う。

その時、わたくしは?

そう、きっと置いていかれる。

だってただの人質だから。

無価値な駄肉だから。


ジンのわたくしへの態度は、あの謁見の間から微塵も変わっていない。ムスタファお爺様の話だと、女の身体に興味がないわけではなさそうだけど、私を見る目はそこらの石ころを見るような目だ。

でも、ムスタファお爺様は言っていた、いつか壁は取り払われると。


「……なんでなんですの……?」


そもそも、わたくしがジンの所へ来たのは、リーベルト家に手出ししないと言う約束の印、もしジンがこの国を出て行くなら、何も困ることはない。

だけど自分の心が言っている。絶対離れたくない、何が何でも、例えアリサと争うことになったとしてもジンと一緒に居たいと。

……、わからない。わたくしがジンに惚れている?ありえない、それはない、それだけはないと思いたいが、ジンと別れる事を想像しただけで、胸が掻き毟られたようになる。


「なんでわたくしは、ジンの……」


もちろんグランパニアの王族として、勇者の血を取り込めればと言う気持ちもある、わたくしの身体で籠絡し、グランパニアに仕えさせたいと言う欲も。

でも、自分でもわかる。この気持ちはそんな生易しいものではないと。まるで地獄の業火の中に沈む宝石を取るかのような気持ちだ。

惚れてはいない、惚れてはいないはずなのに、狂おしいほどジンを求めている。


いや、考えても仕方ない。

今大事なのは、あと10カ月したら確実にジンに捨てられると言うことだ。これをなんとかしなければ。

なんとしてでもジンと一緒に。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



わたくしには方法がこれしか浮かばなかった。

やはり肉体関係を待つしかないと。

今、ジンは確実に落ち込んでいる、付け入る隙は今しかないと。


深夜アリサが寝静まった頃、ジンの部屋へと歩く。ジンは歴戦の勇者だ、きっと寝ていてもわたくしの接近に気付くはず。なら、真正面からドアをノックしたらいい。


コンコン


「……何の用だ」


やっぱり。

わたくしだとわかっている。


「入ってもよろしくて?」

「ああ」


わたくしはドアを開ける。

ジンはベッドに横になったまま、首だけを起こしてわたくしを見ている。もう変化球は要らない。わたくしはここで命をかける。ここが、こここそがわたくしの分水嶺。わたくしの未来はここにあるのだから。


スラッ、ストン。


足首まであるネグリジェのワンピースを脱ぐ。あらかじめ下着はつけてきていない。生まれたままの姿。月の光がわたくしの裸体を照らす。少しは綺麗に彩られてるかしら。

わたくしはジンの反応を待つかのように、ゆっくりとベッドに向かって歩く。


「止まれ」


有無を言わさない雰囲気に負けて、わたくしの足はすくんでしまった。


「それ以上近づいたら首を落とす」

「……」


負けてはダメ、ここは戦場。

命の覚悟なんてとうに出来ている。それよりも捨てられる未来の方が怖い。

ジンの目を見ると膝が震える。

ダメ、立ってられない。

漏らしそう。

でもわたくしは

絶対

絶対に負けない。

ここで命を散らそうとも!


動いた。

良かった、動けた。

引きずるような足取りだけど動いてくれた。


「俺の言葉が脅しだとでも?」


わたくしは震える声で答える。


「まさか……、ジンはやる、といっ、たら、やりま……、すわ……」


ゆっくりでも止めない。絶対に止めてやらない!


「自殺志願者か?」

「殺したいな……、ら、よろしくてよ……」

「俺が好きなのか?」

「まさか……、でも、わたくしは、引かない……」


足は、足だけは止めない!


「ならなんだ?俺の子供を孕んだ程度で、俺を縛ることは出来ないぞ?」

「わ、たくしが、そこ……、まで、……、愚かに、見えま、して?」

「……ないな」


あと二歩、たった二歩でたどり着く。わたくしの未来はそこにある!


「そうか、なら」


ジンが上体を起こす。そしてわたくしに手を伸ばしてくる。

どっち!?殺すの?!抱くの?!どっちなの?!!


ジンはわたくしの手を掴み、ベッドに引き寄せた。そしてわたくしを全裸のままベッドに座らせる。


「半分は俺のせいだな、すまなかった……」

「……へ?」


目の前でジンが頭を下げている。このわたくしに?何故?駄肉の、路傍の石のわたくしに?


「ど、どう言うことですの?」

「お前の望みはなんだ?」

「の、のぞみ?」


どうなってますの?これが文献にあったデレ期ですの?何、何が……


「あー、落ち着け……」


ジンが私の額に指を当てた。

……、思考がクリアになる。


「おん、……、シャルロッテ、望みは?俺が叶えられるなら叶えてやる。俺に抱かれるのが望みか?一回だけならいいぞ?」

「……本気ですの?」

「ああ」

「……」


わたくしは抱かれにきた。ジンに抱かれるためにここにきた。

それがわたくしの望み?

……、違う。

それは手段。

それしかないと思ったから。

わたくしの望みは……、


「共に……、人生を共に……、アリサの次でも100番目でもなんでもいい!!わたくしを!ずっとそばに置いてください!!」

「……」


ジンがわたくしを見つめている。返事を、早く!狂ってしまいそう!


「……涙を拭け」


自分でも気づかないうちに泣いていたみたい。ジンが優しくわたくしの頬を拭う。おかしい。ジンはこんなに優しい目をしていたかしら?


「それがお前の望みか?」

「はい……」

「なら叶えよう。それにやってもらいたいこともある。それをしてくれるなら叶える」

「っ!なんでもやります!お父様を殺しますか?!ジジーズを攻め滅ぼしますか?!」

「わかったから落ち着け!……」


ジンはタバコを取り出して咥える。

わたくしの裸体を前にしてタバコですか、ほかに咥えるものが2つもあるでしょうに。綺麗と自負しておりましてよ?


「仕事はあとでゆっくり話す。……とにかく、すまなかった」


ジンはそれっきり口を閉じた。もちろん抱いてもらえず部屋からも追い出された。

でも約束は取り付けた。

拍子抜け。

拍子抜けだ。

抜け殻になった気分だ。



のちに、ジンの詫びの理由が発覚する。わたくしは本気でジンを殺してやろうかと思ったけど、ジンが言った通り半分はわたくしの自業自得。


「こんな人生もアリですわね、アリサ、ごめんなさいね」


わたくしはわたくし、前向きに生きますわ。

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