第26話
グランパニアの王都から、西に向かうとジジーズ帝国という国がある。そのジジーズ帝国とグランパニアの間には、広大な森が広がっている。通称魔の森。
大げさな名前が付いているが、森の中を走る馬車道もあるし、初級から中級にかけての冒険者の良い狩場になっている程度だ。だが広さだけは広い。森を走る馬車道でジジーズに向かえば、ゆうに10日はかかる道のりだ。それに個体としてはそこまで強い魔物が出なくても、一夜を森で過ごすともなれば相応な危険はある。個体が大したことないからと舐めてかかる冒険者が多く、死亡率はそこそこ高い。だから魔の森なんて呼ばれている。
その森を西に3日ほど歩くと、学校の修練施設となっている建物がある。そこが今回の林間学校の目的地、オジオバ林間特区だ。
「隊列を乱すな!パーティは必ず固まって当たれよ!」
引率の筆頭教師のジョシュアは、前に後ろに気を配りながらの大忙しだ。
パーティは全部で20、少ないパーティでも3人、多い所は8人の大所帯もある。アリサのパーティはアリサ、シャルロッテ、ベラ、ナタリー、リコリス、ハンスの6名で、列のちょうど真ん中ぐらいを歩いている。
なので、戦う機会は少ない。
最後尾のパーティは、ジキルハイド公爵の長男、カニーユが率いるパーティで、リコリスとシャルロッテ、更に勇者の弟子と有名なアリサがいるパーティを目の敵にしている。シャルロッテと結婚するのは自分だと思っていたからだ。ハンスは子爵の息子なのでアレはない、後は女ばかりのハーレムパーティだが、アリサのパーティは女の方が力関係が強い。それなのにシャルロッテがあそこにいるのは、勇者の力に他ならない。勇者はシャルロッテを娶るどころか邪魔者扱いをしているとも聞く。
ふざけるな。
国王からの通達があるので、手を出すことはできないが、生徒の注目をかっさらい、シャルロッテまでも引き連れたアリサたち、いや、アリサが気に入らなかった。
「カニーユ様、どうするんですか?」
「その名で呼ぶなと言ってるだろ!カニーユなんて女みたいな名前、やってられるか!ゼット様と呼べ」
カニーユの取り巻きの1人、フォーンがこの林間学校で仕掛けるのかどうかを聞いたのだが、またいつものごとく返される。もう1人の取り巻きの女、ローザミアがカニーユに問う。
「前から聞きたかったのですが、どうしてゼットなのですか?」
「カッコいいからに決まってる。男らしいだろ?」
「そんなことよりゼット、やるのかやらねえのか、早く決めちまえよ」
カニーユの幼馴染、伯爵家のギャプラーがぶっきらぼうに言う。
「……様子を見てからだ。やるからには失敗は許されない。あの通達があるからな」
「ふん、国王も腑抜けたお触れを出しやがる。勇者なんて言ってもどうせ名前だけだ。たしかに魔法はすげえんだろうが、詠唱している暇さえ与えなければどうとでもなるだろ」
「舐めるなギャプラー。でも、勇者はここには居ない。貧乏男爵の娘は、たかが弟子。詠唱させなきゃどうってことはないのは事実だ」
後ろを警戒しながら歩いている女がカニーユに話しかける。
「でも、リーベルトは無詠唱魔法が使えるらしいわよ?大丈夫なの?」
「大丈夫だ、ファミ。そんなこと出来るわけがない。それに仮に出来たとしても、それが何発打てる?男爵の娘以外は有象無象の力しかない、始めに男爵の娘をやってしまえば後はなんとでもなる
フォーンは前を見ながらカニーユに告げる。
「カ、ゼット様。どうやら今日はここで野営のようです」
「わかった、よし!全員野営の準備だ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんだ、これ……、は……」
カニーユは驚愕した。森の少し開けた所にいきなり家が現れた。それもそれは男爵の娘が亜空間バッグから用意したという。教師からもクレームが入ったが、アリサは恥ずかしそうに、
「うちには姫が居ますので……」
と、言われたらそれ以上文句を言いづらい。
だが、カニーユは更に面白くなかった。家一軒入る亜空間バッグを持っていることも、自分らがテントなのに、ログハウスで一夜を過ごすことも、巨大な寸胴鍋でみんなに、ジン特製のスープを振る舞い、人気取りをしていることもだ。
「クソ……、男爵のくせに……、勇者のコネを使いやがって……」
その夜、深夜────
「おいゼット、大丈夫かよ……」
「大丈夫だ、ギャプラー。俺の探知ではみんな寝ている。あの亜空間バッグを奪ってやる。亜空間バッグさえなければ、この家もここに置き去り。ザマアミロだ」
ギャプラーとカニーユは皆が寝静まった頃、アリサのログハウスに近づいていた。教師たちが交代で見張りをしているのだが、ログハウスの周りにはほぼ来ない。当たり前だ、魔物に襲われたらログハウスは安全で、テントは危険だからだ。「こんなものを持ってくるやつに見張りなんか居るか!」とジョシュアに一蹴されていた。ちなみにジョシュアは、「あいつ絶対ぶっ飛ばす、ぶっ飛ばしてやる」とジンに対する怒りを公言していた。
ログハウスに忍び寄るカニーユたち、
「ゼット、やっぱやめとこうぜ……」
「ビビったのかギャプラー。ならここで見張ってろ、俺が取ってくる」
「だ、大丈夫かよ……」
「俺にはこの、過去の勇者が作った会社『穴入る』社製の隠匿マントがある。絶対に見つかることはない」
カニーユがマントを頭から被り、解錠の詠唱を扉に施し、ログハウスのドアノブを握った瞬間、
ヴアーーーーヴン!
ヴアーーーーヴン!
けたたましいサイレンが辺りに鳴り響き、ギャプラーとカニーユの足元に魔方陣が現れ、2人は一歩も動けなくなる。
そして、サイレンに驚いた生徒たちが、なんだなんだとテントから顔を出し、ログハウスの中からもアリサたちがパジャマ姿で出てきた。数秒遅れて教師たちもやってくる。
「なんの騒ぎだ!」
ギャプラーは「いや」とか「あの」とかしどろもどろになっている。カニーユは隠匿のマントのおかげで、動けなくなってはいるが姿は誰にも見えていない。
「お前、ギャプラーだな?優秀な生徒のお前が、ここで何をしている」
ギャプラーは迷った。
今、咎められているのは自分だけだ。本当のことを言うわけにもいかない。それにカニーユのことも言うわけにもいかない。何も真実を語れないのに、説得力のある言い訳をしなければならない。17、8の男にはなかなかハードルが高い難問だ。
「す、すいませんでしたぁ!!!あの、俺、ナタリーのことが大好きで夜這いに来ましたぁ!ゆ、許してください!!」
と、拘束が解けた足を折り、額を地面につけて土下座した。
だが…………、その効果はてきめんだった。
林間学校で、愛の告白やら、夜中に逢引やらは、毎年恒例だ。だが初日にやるやつは珍しいし、夜這いと本能のまま正直に言うやつも珍しい。アリサや当のナタリーはドン引きし、ベラは肘でナタリーをつついてからかっている。この年頃の生徒を騙すには、恋愛ごとが最も効果が高い。ギャプラーはラッキーなことにそれを引き当てた。
教師たちも、「しょーがねぇなあ……」って顔で、不信感を持つこともなかった。
ギャプラーは己の才覚で、下手したら死の可能性もある危機を乗り越えた。
だが、1人の男だけが真相を理解していた。
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