第19話

学校の春休みは、2週間から1ヶ月に伸ばされた。理由は、死者が多く出たので、それの弔いや王都の外側の掃除等である。

今回のスタンピードで、建物の被害はほぼ出ていない。北門が破られたのと、城壁が亜人たちに削られて、瓦礫が散乱しているくらいだ。それでも、門内に閉じこもる前に戦った者、弓や魔法を撃つために城壁に上がり、亜人たちにやられた者、その数千はくだらない。

それになんと、スタンピードから数日後に、王宮の謁見の間に族が侵入し、騎士団長を含めた騎士116人が死んだとのお触れがあった。人的被害はかなり出ていたのだ。


国王はジンとの約束通りに、貴族に通達を出した。

『今後リーベルト家に、過度な干渉を禁ず』と。

ぬるい通達と思えるが、関わることを禁じてしまってはヨハネスやアリサの兄弟たちが仕事にならない。それに謁見の間の一連のことは、ジンたちではなく族がやったことなので、恨みをリーベルト家に向けるものも残ってない。そう、残ってないのだ。

幹部たち以外の目撃者は居ないが、緘口令が敷かれている。兵士?ジンたちが騎士を殺したであろう現場を目撃した兵士は、全て処分された。

とんでもないことだとは思うが、ジンは皆殺しにする気だったので何とも思わないし、アリサはこのことを知らない。国王はグランパニアを守るために、必要なことだと割り切った。この辺は国王が考えて、国王が決めたのだが、ジンからしてみたら関係ない。殺して口を閉ざそうが緘口令を敷こうが、不都合なら殺す。これだけなのだから。


姫のことは、人質という事実は伏せられていて、最近メキメキと実力をあげているアリサと、一緒に魔法の修行をする為に勇者の元へ行っているということになった。

ジンが勇者だという事実のみは、隠しようがなかった。それはそうだ、あのとんでもない魔法を見た人は多い。それに貴族ならまだしも、市民の口には戸は立たないのだ。すぐに広まってしまう。

だが、その噂はあまりいいものだけでもなかった。王都を救った救世主というのもある。

それより、その回復魔法で市民を助けなかった、無慈悲の人という方が大方の噂だ。

なので、親しみよりも恐怖や、人によっては憎しみの方が大きい人のが多い。それでも姫様が勇者の元へ降ってしまったので、あまりおおっぴらに騒ぐことも出来ない。姫様から不敬をかうのも嫌だし、勇者を怒らせて姫様に何かあってもいけないからだ。


そんな中、おおっぴらに勇者の胸ぐらを掴み、罵詈雑言を浴びせるものがいる。旧担任のジョシュアだ。

2学年が始まり、基礎の選択授業の教室にアリサとジンはいた。そうなるだろうとジョシュアも予想はしていた。だが、2人がけのテーブルには、アリサの隣にもう1人いる。ジンではない、ジンはいつも後ろに立っている。なのにもう1人座っているのだ。

教壇から頬をヒクヒクと引きつらせたジョシュアが、周りを気にせずジンに問いかける。


「なあ……、奴隷」

「なんだ、教師」

「俺の目が腐ってなければ、ここにいちゃいけないお方が居るんだが」

「聞いてないのか?ちゃんと働けよ?申し送りは大事だぞ」


シャルロッテはスッと立ち上がり、


「はじめましてですわ、先生。本日からこのクラスでアリサと共に勉強させてもらうことになりました、シャルロッテと申します」


と、45度に腰を折る、

ジョシュアはなんて答えていいか、黙ってしまった。

一応、貴族でも学生は皆同じと言ってはいるが、流石に王族が学園に入学するのは初めてだ。王族として扱えばいいのか、生徒として扱っていいのか、判断に困る。

仕方なくシャルロッテがジョシュアに渡りをつける。


「わたくし、こちらのジン様にご面倒を見ていただくことになったんですの。これからよろしくお願いしますわね」


またか、またこいつか。

標的がジンならば動きようがある。

ジョシュアは目にも留まらぬ速度でジンの目の前まで移動し、胸ぐらを掴んでひねり揚げる。それを見たジンは、「おお、瞬歩か。出来るな」と呟いた。瞬歩ではない、怒りにまかせただけだ。


「てめえ!学校は学生が主役と何度も言ったろうが!!」

「もちろんだ」

「勇者の物語は他所でやれ!!ここは生徒がドラマを作る学園だ!」

「俺は何もしてないだろ」

「なら何故姫様が居るんだ!」

「生徒だからだろ?何を勘違いしている」

「え?……あれ?」


どうやらジョシュアはジンが姫様を連れてきて、またひと騒動起こすつもりだとか思ったようだ。

ジョシュアも一瞬戸惑ったようだが、こいつらが居てはまともな授業が出来ないことを思い出す。


「だ、だとしてもだ!アリサ=リーベルト!お前は基礎は要らんだろうが」

「先生、基礎は一生ですよ。終わりなんてないわ」

「そこまで綺麗な循環してりゃあ、授業の邪魔なんだよ!」

「……まだこの程度だけど」


アリサは日常生活でも常に循環しているが、先生に披露するために、更に濃密な循環をする。アリサの身体を水色のオーラが纏う。


「出来てんじゃねえか!俺よりすごいのがよ!だからお前は要らねえっての!」

「あら、この程度でよろしいのですか?ならばわたくしも出来ますが?」


シャルロッテもジン式の魔力の循環を行う。シャルロッテからは白いオーラが優しく立ち上る。


「っ!お前ら……」


ジョシュアはワナワナ震える。


「もう出てってくれよ!俺の職を奪う気か!頼むヨゥ、もう勘弁してくれよぉ〜」


ジンたちは、泣き崩れるジョシュアが不憫になり、選択授業を変えた。

2人は魔法だけでなく、身体能力の向上を目指して魔法剣の教室へと移動した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



遡ること1カ月前。


シャルロッテを引き取りはしたが、落ち着かないのはアリサだ。何だか言いくるめられてしまって、シャルロッテも一緒に暮らすことを承諾した。部屋も余っているし、問題ないのだが全く寛げない。

それはシャルロッテが姫だからではない。シャルロッテがボンキュッボンのナイスバディで、グランパニアの至宝と呼ばれるほど美しいからだ。ジンからも念を押されて、シャルロッテを姫として扱うなど言われているので、それに対しては何とも思わない。だがシャルロッテは無防備すぎるのだ。


風呂から上がればタオルも巻かずに、「自分の下着はどこか?」とリビングを歩き回ったり、家の中をブラとショーツのみで歩き回ったりするのだ。それもジンのいる前で。

ジンはそれを気にもせず、見もせず、まるでシャルロッテが居ないものだとして扱っている。たまらずアリサは文句を言う。


「ちょっと!あんた姫でしょ?!はしたなすぎない?!」

「あら、そんなことありませんわ。家の自室ではこうでしたし、見られて恥ずかしい身体でもありませんもの」

「ここはあんたの家じゃないのよ!」

「ですがわたくしは物。物には羞恥心なんてございませんのことよ?」


取り付く島もない。

たまらずアリサはジンに助けを求める。


「ジンも何か言ってよ!」

「ん?」


なんでもない顔でタバコを吸いながら本を読んでいたジンが顔を上げる。

アリサは無意識に下着姿のシャルロッテの前に立ち、ジンに見せないようにする。


「こんなの非常識よ!ジン、何か言って」

「言っていいのか?」


ジンはひょいと首をかしげ、アリサの後ろに立つシャルロッテを見るように言う。それをずれて見せないようにするするアリサ。

だが、シャルロッテが答える。


「ええ、もちろんです。それにご要望ならば────」

「あー、じゃあ言うか」


シャルロッテの言葉を遮り、ジンが口を開いた。


「お嬢はネンネだから気づいてないみたいだが、俺に色仕掛けは無意味だ。別に俺は女の身体を知らないわけじゃない」


アリサとシャルロッテは目を開く。

アリサは女を知ってると言われたことに、シャルロッテは完全に見透かされていて、それでも自分の体に興味がないと言われたことにだ。


「ちょ、だ、誰とよ!」

「誰ってお嬢。俺がいくつだと思っている」

「あっ」


確かにそうだ。ジンの歳で知らないと言われても、それはそれでおかしな話だ。


「知っているならわたくしの身体に興味がありませんの?わたくしも20です。充分すぎるほど女ですわ」

「だから?」

「…………だから?」


ジンの視線は本気で興味なさそうに見える。まるで森に生えている木の一本を見るような目つきだ。『そこらに生えている木と同じだろ?』目線がそう物語っている。

シャルロッテは自分の身体が、最高に美しいと知っている。メリハリのある起伏、シミひとつない肌、どれを取っても魅力的だと。それなのに「だから?」である。


「だ、だからってあなた……」

「あー、じゃあはっきり言ってやる」

「ど、どうぞ……」


どんなことを言われるのか、シャルロッテは身構えつつも興味があった。シャルロッテは自分の身体で勇者を籠絡する為に人質になったのだ。それだけがこのグランパニアを救う手立てだと、王族の責務だと。その作戦へのヒントになるかもしれないと思い、一字一句聞き漏らさない心構えだ。

そして、ジンが口を開く。


「お前の穴になんの価値がある」

「……今なんて?」

「……今なんて?」


アリサとシャルロッテが完璧にハモる。


「お前の穴には価値がないと言ったんだ」


シャルロッテは絶句する。アリサも自分に言われたわけではないが、あまりの暴言に言葉を失う。


「やりたいだけなら娼婦を買えばいい。後腐れもないし、つきまとわれもしない。その方が楽だ」

「「……」」

「それに、娼婦がダメだとしても、チョロいお嬢が居るからな」

「誰がチョロいのよ……」


アリサはいきなり名前を出されて顔が赤くなりそうになったが、それがチョロいと言われれば一気に冷めるというものだ。


「お嬢ならちょっと言い負かすだけで、穴くらい貸してくれそうだ」

「……あんたには絶対……、絶対貸さないわ……」


アリサも恋する乙女の歳だ。それが穴扱いされて、それを『ちょっと醤油が切れたから貸して』レベルで言われて貸すわけがない。


「それにお前とやったら、後が面倒だろ。殺していいなら構わないが、殺せない王族と子供が出来たら、それこそ面倒だ。だから、お前の穴は必要ない」


普通ならば、即刻打ち首だ。不敬にも程がある。シャルロッテを要らないとかのレベルではない、このグランパニアをコケにしているのと大差がない。

既にシャルロッテの心はズタズタに死んでいたが、ジンの攻撃はまだ止まらなかった、死体を蹴るように言葉が連なる。


「お前も姫なんだ、どうせセックスを知らないだろう?黙ってベッドに横になってれば男が喜ぶと思ってんじゃないのか?くだらねえ、なんで俺がお前にサービスしてやらなきゃならねえんだ。それとも何か?お前の穴は特別か?人間じゃありえないような動きでもするのか?ないだろ、なら口か?嘘をつくな、そんな技を持ってるわけがない。自分は高貴な生まれだから特別だと?馬鹿か?、人間の作りは全員だいたい同じだ。それがただ寝そべってるだけで喜ばれると思ってるのが勘違いも甚だしい。もし百戦錬磨と言うなら、それこそ要らねえよ。娼婦のがサービス精神が旺盛だ。娼婦はすごいんだぞ?たったあれだけの金でひとときでも愛の空間を作る、あれは賞賛されるべき技術だ。だいたい────」

「もうやめてええええええええ!!」


シャルロッテではない、アリサが叫んだ。

シャルロッテは棒立ちで、涙で頬を濡らしている。アリサはそのシャルロッテを抱きしめ、シャルロッテをかばうようにジンを睨む。


「なんでそんな酷い言葉が出てくるのよ!」

「お嬢が言えって言ったんじゃねえか……」

「それでもよ!酷い!酷すぎるわ!女の敵よ!」

「俺は正直に────」


なぜかアリサももらい泣きする。


「正直ならいいってもんじゃないでしょ!……、大丈夫?シャル?」


アリサは膝から崩れ落ちたシャルロッテの頭を抱きしめ、髪をヨシヨシと撫で上げる。いつのまにかシャル呼びになっている。さっきまでいがみ合っていたのが信じられないくらいの寄り添い方だ。


「わたくし……、不必要だったのですね……、娼婦にも劣る駄肉だったのですね……」


こんなことを言葉に出来る男が居たのか。シャルロッテは本気で心が死んだ。断られるのはある程度想定していた。徐々に歩み寄り、最終的に籠絡するつもりだったのだ。そんなしたたかなシャルロッテでも、まさかスタートラインが茨の道どころか噴火するマグマの上を歩くような厳しい道なのは想定していなかった。


「そんなことないわ!シャルは素晴らしい身体よ!」

「いや、娼婦をバカにするな。娼婦は────」

「ジンは黙ってて!!」


アリサは荒ぶる狼のような顔つきで、ジンに食ってかかる。手を伸ばしたら噛まれそうだ。


「もういいわ、あんなやつ!。いきましょシャル。美味しいお茶でも飲みましょ」

「アリサさん、アリサ……、わたくし、生きていてもよろしいのでしょうか……」

「当たり前じゃない!、あんな極悪非道オゲレツクソ勇者なんてほっときましょう」


アリサはシャルロッテの肩を抱き、二階へと上がっていった。

ジンは、またすごい二つ名が増えたなと、ソファーにもたれかかりながら、新しいタバコに火をつけた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

友人に、朝も早くからラインで怒られました。お前のあらすじはなんだ?と。手抜き過ぎだと。

手抜きではないんです……『奥様は魔女』と言うドラマの冒頭語りのパロディなのです……

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