戦士の訪れ

「運が良かった。モンスターに食われれば、まだ良い方だろう。ゴブリンや蟲の苗床にされたり、盗賊の慰み者にされ地獄を見ていたかもしれない。こうして、言葉が通じる者と出会えたのは、本当に幸運だった」


 「意識がある内に、これ以上、酷い目に遭いたくない。だから、殺してくれ」とユーリエスは震える唇で、息を吐くより小さな声で呟いた。


「バッ――馬鹿を言うなよ。俺がユーリエスを殺して、何の得があるんだよ?」

 目が見えず、お姫様ロイアーティにも遊び終わったオモチャのごとく迷宮に捨てられた。


 迷宮でも地上でも、まともに生きていくのは無理だ。

 だから、俺はユーリエスを殺さないためにも言葉を選んだ。


「そうか、すまない。なら、モンスターが多いところで、首をはねてくれ。私の死体が食われている間に、ケイスは移動してくれ」

「できるわけがないだろ――」

「あぁ、男性としての処理をしたい場合は――すまない。そちらも、殺してからにして欲しい。そんな趣味はないと思うが、死んでからのことは分からないから、好きに使ってくれてかまわない」

「できるわけがないって言ってるだろッ!!」


 自分の大声が壁に反響して耳鳴りになる。

 肩で息をする俺とは対照的に、ユーリエスは呼吸を忘れてしまったかのように静かに座っている。


「人としての尊厳を持って死にたい。これは、我がままだろうか?」

「その死に、俺を巻き込むな」

「……分かった。では、刃物を貸してくれ」

「できん」


 断ると、次の考えがなかったのか黙り込む。


「ダグジア殿――」

「俺は、ケイスこいつの考えを優先する。恩人だからな」


 にべもなく断られ、ユーリエスはうつむく。


「今は自暴自棄になっているだけだ。死ぬことじゃなく、他のことを考えよう」

「それは、とても残酷なことだ――っ!」


 うつむいていたユーリエスが顔を上げると同時に、手に持った石を振り上げていた。


「待てっ!」

「離せ! 死なせてくれ!」


 間一髪のところで、振り下ろされた石を止めることができた。

 暴れるユーリエスに馬乗りになり、押さえつける。

 地上の、居酒屋と形は少し違うが立場が逆転した。


「死を考えるな。何か目標を――そうだ。両親――ユーリエスのご両親を」

「すでに私は死んだ者として伝えられているだろう。そうでなくとも、姫様の不況を買った者が帰ってきたって迷惑になる。立場が悪くなっていれば、殺されるだろう」

「フランドール様の身内が、そんな短慮なものか。そうだ、ちょうどいい。大きくはないが武功を上げ、フランドール様から褒美を貰える話があったんだ。当時は思いつかなかったから先延ばしにしたが、フランドール様は『お前の名は家族に伝えておこう』と言ってくれた」


 もちろん嘘だ。

 大きくない武功どころか、俺は血と泥と臓物にまみれながら戦った、その他大勢の中の一人だ。

 昔、世話になった猛将を出汁にするのは気が引けたが、きっと許してくれるだろう。

 ユーリエスから降り、地面に縫い付けられていた体を引き起こす。


「褒美は、ユーリエスのフランドール家での安寧だ。家で落ち着けてから、今後のことを考えれば良い」


 「いいな?」と聞き返す前に、ユーリエスは声を押し殺して泣いていた。

 泣いていたと言っても、涙は出ておれず声どころか息を小さく強く吸い込むだけの嗚咽だ。

 それでも安心できたのか、何度も、何度も小さくうなずいた。


「さて。あとは、ここから出る方法だが……」


 正直、目の前のことで精一杯だったので、格好いいこと言った手前、弱音は吐けないが、何も考えていない。

 目が見えないことに慣れていない女の子を連れて、果たして遠くにあるフランドール家にたどり着けるかどうか……。


「あっ――あぁ――!」

「だっ、大丈夫だから! とりあえず、休んでから移動を始めよう」


 俺の弱気を気取られたか、と思ったが、ユーリエス先ほどとは違う荒い息を吐きながらかぶりを振った。


「違う――。私、なんで――忘れてた」

「忘れてた? なにを?」

「姫様が……姫様が、私の視界を視ている!」

「なっ――!?」


 「なにを言っているんだ?」と言いかけた次の瞬間、ユーリエスに胸ぐらをつかまれ、そのまま一緒に地面に倒れ込んだ。


 ガギギギギギギゴギガァ!!!!


 突然の強烈な不快音。

 音の発信源に目を向けると、先ほどまで俺たちの頭があった辺りの空間に、壁から突き出た大剣があった。

 今の音は、岩石の壁を大剣が突き抜けた音だった。


「ふむ……おかしいな。手応えがないぞ」


 普段であれば、壁の向こうの音や声はほとんど聞こえないはずだった。

 しかし――しかし今は、ロイアーティの声がはっきりと、嫌なくらい聞こえた。


 ギギギギギギギギギギギギ


 突き出たときよりもゆっくりと、俺たちの居場所を探るように大剣は壁の中――向こう側へと戻っていった。


「姫様は、私の目に映る景色を見ていた。私のせいだ――私の……」


 目を抉られ絶望の淵に立たされていたユーリエスだったが、フランドール家に帰ることで生への希望を見いだした。

 だが、今、再び絶望が形を成してやってきた。


「警告だケイス。出てこい。殺してやる」


 ――なにを言っているんだ、コイツは……?

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