第18話 病気の内容

レレさん、いや、松井武志さんの過去は私が思っていたよりもつらいものだった。

こういうとき、なんて言葉をかければいいのだろう。

「つらかったですね」「大変でしたね」こういったことを言えばいいのだろうか?

いや、こんな言葉をかけても仕方がない。所詮は相手の気持ちを分かったように振る舞っているだけだ。もっと別のことを考えなければ……。

別のこと……。そういえば、トトは前に松井さんのことを病気の人のうちの1人ととらえていたな。ということは……。


「あの、松井さん?

私は以前に松井さん以外にも不治の病にかかっている人がいると聞いたのですが、その人たちも松井さんみたいに日本での記憶がよみがえった人なのでしょうか?」

「その可能性が高いと私は思う。発作の状態でないときに、一度、不治の病にかかっている他の人に会ったことがあるんだ。その人は『待ってくれ。おいていかないで』と繰り返し言って歩いていたな。その人は憔悴していた。そして誰もいないところを見つめて、ひたすらに手を伸ばしていた。

発作が起きた時、私はどんな状態だった?」

「えっと、松井さんはうめき声を出した後に突然泣き出していました。目の焦点はあっていなくて……、あと『ごめんなさい』と呟いていたように思います。」

「あ、松井じゃなくて、レレの方で呼んで欲しい。他の住民の人に聞かれたら不思議に思われるから」

レレさんはそう言い終わるとしばらく口を閉じた。どうしたんだろうか? 何か気にさわるようなことを言ってしまったのかな? 私が焦り出した頃、レレさんは再び話し出した。

「発作の時、私はそう見えていたのか……。そうか……。他の発作が出た人の様子を見たから、予想はついていたのだが……。実際に聞くとショックだな。なんとも見苦しい」

レレさんは苦笑した。

「発作の時、私には亡き妻と娘が見えるんだ。私の前に立ってね、じっと見つめてくるんだ。だから私は謝るんだ。こんなことで許してもらえるとは思っていないが……。それでも謝らずにはいられないんだよ。

同時にね、実をいうと、少し幸せな気持ちをかんじている。もういなくなってしまったはずの家族が目の前にいる。もう一度、目の前に!

しかし、それは僕の妄想に過ぎない。手を伸ばせど、届かない。おかしな話だよな。あの日、自分の手で壊した幸せだというのに。

僕は自分が大嫌いだ。大嫌いだ……」

レレさんは途中から自分のことを『僕』だと言った。きっと、日本にいた頃は一人称が『僕』だったんだろう。


レレさんは歯を食い縛り、服の胸元をくしゃっとつぶした。拳は細かく震えるくらい強く握られていた。

ああ、レレさんは罪悪感を抱え込んできたんだ。長い間、たった1人で。

レレさんは確かに許されないことをした。状況を見てもレレさんが悪いことは明らかだ。

でも、レレさんの家族への愛はまぎれもなく本物なのだ。レレさんは家族のために行動した。レレさんは最後まで家族のことを考えていた。レレさんなりに一生懸命やっていたんだ。ただ、力を注ぐ方向が間違っていただけで。

私だって一歩間違えば、レレさんのようになっていたかもしれない。私が今こうしているのはある意味奇跡のようなものなのだと、今更ながら自覚した。

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