第34話 機械の国から来た女
「もちろんちゃんと報酬は振りこませてもらうわ。減額もなしよ」
俺が『荷物』を引き渡すと夜叉はいつものクールな口調で言った。『サンクチュアリ』で俺に姿を見られたことに気づいていないのだろうか。
「時間がかかった理由を聞かなくてもいいのかい。命がけの冒険をしてきたんだがな」
「それはこの『荷物』さんからあらためて聞くわ。ご苦労様」
「そうかい。だがどうにも不思議なことがあってね。一つだけ聞かせてくれ。あんたにそっくりな女を『サンクチュアリ』の医療施設で見かけたんだが、双子の姉でもいるのかい?」
「いないわ。……そんなことを聞いてどうするの?」
「別に。もしあんただったらどっちが仮の姿かなと思ってさ」
「仮の姿?」
「あっちでみかけた女は白衣で眼鏡をかけてて、仮装パーティーでなけりゃ女医さんにしか見えなかった。俺に毎度えげつない依頼をしてくる女と同一人物とはとても思えない」
俺は言いながら夜叉の表情を盗み見た。とぼけてはいても、怒りを見せるのではないか。
「どちらにせよあなたとは無関係よ、ピート。向こう側で何を見たか知らないけど、やたらとふれ回らないことね。帰ってこれただけでもラッキーと思いなさい」
「これはご親切に。……と言いたいところだが、たかが『運び屋』の命まで狙うくらいだ、そうとう価値のある情報なんだろうな『チップマン』の頭の中にある物は」
「請け負った荷物の中身にまで踏み込むつもり?契約違反よ、ピート」
「俺は踏みこんじゃいない。『荷物』がうっかり口を滑らせたのさ。『アートマン』の話なんかをね」
俺が『アートマン』の名を出した瞬間、夜叉の表情がわずかに強張った。下手な鉄砲がいいところに当たったらしい。
「どうやらお喋りが過ぎたようね『荷物』さん。後でたっぷりお仕置きをして上げるわ」
夜叉は険を帯びた眼差しで『荷物』を睨みつけると、俺の方に向き直った。
「悪いことは言わないわ。いい子だから今日のところはおとなしくお家に帰りなさい」
夜叉は鋭利な刃物のような口調でぴしゃりと言い放つと、くるりと背を向けた。
「了解だ。俺が見聞きした出来事が幻じゃないとわかっただけでも来たかいがあったよ」
俺は夜叉の部下に囲まれて震えている『荷物』をその場に残し、ビリヤード場を出た。
※
「キャサリン、こうしてソファーで寝てる君を見たら、本物は外にいるなんて思えないよ」
俺は端末のカメラを車から『家』へと移したヒューマノイドボディに向けた。自分の姿をした空っぽの機械を、車のキャサリンはどう見ているのだろう。
「わざわざここまで運ばせてごめんなさい。初期状態で接続された時、造られた時のプログラム――『彼女』の声が聞こえた気がしたの。「私は誰?あなたは誰?」って言う声が」
「まだ人格がない、機械の状態だったわけか。自分に関する情報が欲しかったんだろう」
「そうね、私と繋がってしまえば何も問題はなかったのかもしれない。でもその時私はふと思ったの。「わたしの人格が上書きされたら彼女はどこに行ってしまうんだろう」と」
「消去されるか、君と一体になるかだろう。もともとAPになる前のプログラムだからね」
「もし何らかの形で人格を残せるのなら、その身体は彼女に提供してもいいと思ってるの」
「そいつは難しいな。君と同じくらい高度な人格となると、本格的な思考ユニットが必要になる。今の状態で何かを教えたところで、君のように意志を持つことはないだろうな」
俺は少し残酷かなと思いつつ、忌憚のない意見を述べた。
「……ねえピート、どこかで初期状態の思考ユニットを手に入れられないかしら。あなたが私やレディオマンを寺の物置きで見つけたみたいに」
「それはできるさ。……なあキャサリン、この身体を君のサブボディとして取っておく気はないのかい?こう言っては何だが、クロゼットの中の服だと思えばいい」
「ピート。……たぶんあなたにはわからないわ」
キャサリンの声にうっすらと滲む陰りに俺はふと、やるせなさのような感情を覚えた。
「そうか、すまなかった。……思考ユニットをどこかで見つけたら取りつけるよ。「彼女」にはそれまで、トレーラーハウスの貯蔵庫で眠っていてもらおう」
「ありがとう、ピート。我儘言ってごめんなさい」
俺は「構わないさ」と返しつつ、声に交じる涙声のような響きをなぜか、愛しく思った。
〈第三十五回に続く〉
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