シャラック将軍

 ボクはシャラック、将軍にして三座の女神の男。シャウスの道の攻略を任されてます。この道に関しては情報作戦本部長時代にあれこれ研究したから良く知っていますが、とにかく攻めるとなると大変な道です。そうそう、ボクがシャウスの道攻略担当の将軍として派遣される前日に次座の女神様から訓戒を頂いています。


「シャラック、セカって知ってる?」

「セカ・・・もしかして、あの偉大なるセカ王のことですか」

「そうよ」

「もちろん存じております。エレギオン人なら知らぬ者はいないでしょう。不敗の名将であり秀でた統治者です」

「不敗の名将か・・・あの世のセカが聞いたら、顔を真っ赤にして怒るかもよ」


 そうだった、次座の女神様はセカ王を知っておられるのだ。知っているどころか、セカ王が見習い士官の頃、いや士官養成所以前から知っておられるのだ。話はセカ王が将軍としての時のものだった。


「セカはね、気負い立ってたの。軍勢は自分の方が多いし、この一戦でケリをつけてやるんだって」


 話はセカ王が将軍として初陣であるゲラスの野の戦いです。ゲラスでは何度も大きな戦いが行われていますが、セカ王とアングマール軍の決戦の話は、セカのゲラスとしてエレギオン人なら誰でも知っていますし、歌にも謳われています。


「セカ王のゲラスでの戦いは、攻め込んできたアングマール軍を見事に撃退しています」

「そうはしてるけど、シャラックも将軍になったから本当のことを知っておいた方が良いわ」

「本当とは・・・」

「あの戦いの実相は学校で教えているものとは違うのよ。同盟軍の死傷率は三割。当時はファランクスだったけど、中央を受け持ったエレギオン軍に至っては死傷率が五割に及んだのよ。士官の七割が討死し、四女神の男は誰も生きて帰って来れなかったの」

「えっ、それって敗北・・・」

「敗走はしていないけど、負けなかっただけ。押しまくられた当時の同盟軍を辛うじて崩壊させなかっただけなのよ。セカは死ぬまであれは完敗だったと言ってた」


 知らなかった。セカ王の偉大な業績は学校でも習うけど、そこまでの苦戦をしていたとは、


「セカが苦戦した原因がわかる?」

「アングマール軍が強かったからですか」

「それもあるけど、一番の原因は経験が足りなかったことよ。自分が率いる軍勢の質、相手の軍勢の強さを把握しきってなかったこと、なにより数が少ないアングマール軍からの決戦の誘いに安易に乗ってしまったこと」


 微笑む女神である次座の女神様の顔が真剣です。


「セカは優秀だったよ。後に不敗の名将と呼ばれるほどにね。そこまで優秀だったセカでも経験の差は埋められなかったのよ」

「偉大なるセカ王でも・・・」

「シャラック、あなたも優秀よ。でも経験が足りないの。あなたを情報作戦本部長にしたのは、せめて情報の大切さを覚えてもらうためだったの。情報を活かすも殺すも、戦場ではシャラック、あなたの判断一つにかかってるの。その判断は、一つ間違えば、あなただけではなく全軍の命運、さらにはエレギオンの命運まで決めてしまうの」

「それって・・・」

「そう、それが将軍の仕事」


 そこから次座の女神様が惨敗を喫した、あのゲラスの戦いの時の判断の話を聞かせて頂きました。エレギオンではセカのゲラスに対して女神のゲラスと呼ばれています。ちなみに次座の女神様がリメスを一蹴したのはリメスのゲラスです。


「戦場では何が起るかわからないの。何が起るかを頭を搾りつくして考え、準備して、臨まなければいけないわ。そう、退く時には卑怯だとか、恥辱と思わず退くのよ。勝つためにはいかなる手段も使わなきゃいけないし、負けそうならいかに損害を少なくするかを瞬時に判断しないといけないの。コトリでもゲラスの時は十分でなかったってこと」


 最後にニコッと笑われて、


「任せたわよ、シャラックならできるはず。明日には出陣だから、今夜は三座の女神と存分に燃えてらっしゃい。当分お預けになるだろうから」


 まったくもう、次座の女神様は必ずボクと三座の女神のことをからかうからかないません。言われなくても燃えまくります。翌朝には出発、陸路を街道ルートでハマに向かいました。

 現在ハマにはマシュダ将軍が三個軍団を率いて守っています。ボクも三個軍団を預けられていますが、交代と言う形になります。ハマでシャウスの道攻略の最終準備をして、戦いが始まればイスヘテ砦に本営を置く予定です。


「将軍、次座の女神様からのお届け物の組み立てが終わりました」

「わかった、見に行く」


 現在エレギオンからの荷物輸送は水路を使っています。ここに先日届いたのが次座の女神様から送られてきた新兵器。組み立て式なので、まずはハマで組み立てさせています。それが、出来上がったようです。


「ほほぅ、こちらは楯付破城槌だな」

「はい、そのようでございます」

「こちらは、楯車か。おもしろいものだな」


 さっそくテストです。坂道で押させてみたのですが、破城槌はやはりかなりの重さがあります。


「押せそうか」

「もう少し人数を増やせば可能かと思います」


 楯車は破城槌にくらべる軽そうなので、押すのには問題なさそうです。


「中型石弓の設置もやってみてくれ」


 まだ慣れていないので、少々手間取りましたがなんとか設置。試射も問題なさそうです。


「中型石弓の設置は敵前で行うことになるから、訓練しておくように」


 これらの兵器の使い方について、次座の女神様からの伝言もありました。まずは第五広場攻略には使わないこと。破城槌は第四広場攻略、楯車は第三広場から使う事になっています。ココロはアングマール軍の対策を少しでも遅らせるためで良いようです。手の内はなるべくゆっくり見せろぐらいで良さそうです。

 まずはアングマール軍、とくに第五広場の状況の偵察を念入りに行わせています。第五広場は標高にして三十メートルぐらいのところにあります。山と言うより丘の砦を攻めるようなものですが、とにかく道が一本しかありません。情報収集はエルル三席士官が担当なのですが、


「将軍、アングマール軍は第五広場に立て籠もる様子です」

「うむ、防備は」

「街道を防ぐような強固そうな柵です」

「左側はどうだ」

「そちらにも柵を巡らしています」

「数は」

「二個大隊程度かと」


 数に関してはアテにならなくて、危ないと見れば上から援軍がすぐに駆けつけてきます。


「巨大石弓はどうだ」

「申し訳ありません。近づくと猛烈に矢を降らせてくるので、確認出来ておりません」


 情報作戦本部時代に立てた作戦では、正面の街道からの攻撃と、側面の崖を攀じ登っての同時攻撃を考えていました。でもそんな状態では損害ばかりを重ねそうです。そうそう、次座の女神様は、


『戦いはなるべく自分の損害を少なくするのが名将だよ』


 アングマール戦はまだまだ続きますし、シャウスの道だって五つの広場を占領しないといけません。最初っから強攻で損害を積み重ねるのは良策とは思えません。


「まず、本営をイスヘテ砦に移す」


 やはり自分の目で見て確かめることにしました。イスヘテには既に一個軍団を置いており、前線基地をシャウスの道の中に進めています。イスヘテからは緩やかな坂道ですが、曲がり角のところに前線基地はあります。


「エルル三席士官、近いな」

「はっ、攻め寄せて来るかと思っていましたが、今のところは守りに徹する方針のようです」

「まずは箱車で明日は攻めてみる」


 これはハマ包囲戦の時にアングマールの援軍がイスヘテを攻めた時に鹵獲したものの生き残りです。これも次座の女神様が、シャウスの道を攻略する時に有用と保存していたものです。

 明朝、この箱車を先頭に近づいて行くと、アングマール軍から矢の雨が降って来ました。箱車に続く重装歩兵には身長を上回る大きな楯を持たせ、さらに後列はそれを頭の上に被せる格好にして矢を防いでいます。矢ぐらいでは、あの箱車の重装甲は壊せないはずです。


『ドッス~ン』


 やられた。アングマール軍は箱車攻撃を予想して街道に落とし穴を掘っていました。落とし穴はエレギオン軍のお家芸ですが、アングマール軍もしっかり真似しています。


「退却」


 偵察部隊に激しい矢の雨を降らせて近づけなかったのは、落とし穴の存在を察知されないようにしていたと見て良さそうです。箱車で接近突破を図る作戦はこれで無理になりました。それだけでなく、小型破城槌や楯車の使用もこれで難しくなります。やろうと思えば、まずあの落とし穴を埋めねばならず、あの距離で埋め立て作業を行うと矢の餌食になるだけです。夕食後に幕僚たちを集めて作戦会議です。


「やはり箱車は対策されてたな」


 当初の予定通り強攻策を主張する者もいましたが、それは最後の手段にすると退け、


「エルル三席士官、近いとは思わないか」

「はっ、十分届くかと存じます」

「では取りかかってくれ」


 ボクが次に考えたのは巨大投石機の活用です。エレギオンからハマ奪還のために運んだ巨大投石機はそのまま残っています。エルル上席士官は、残っている巨大投石機の修理を済ませたうえで、これをシャウスの道に分解して運ぶ作業に取りかからせました。

 その間に前線基地をほんの少し前進させました。曲がり角を出た地点に木柵を設置しました。さらに柵の内側に装甲を巡らし、街道を封鎖する態勢を取らせました。分解移動、さらに設置作業に一ヶ月ぐらいかかりましたが、アングマール軍は柵の外に出てくる様子はありませんでした。

 しかし何度見ても巨大なもので、次座の女神様もよくこんなものを作ろうと思ったものだと感心しています。そう言えば、これをエレギオンからハマまで送る指示が届いた時には仰天したものです。さすがの首座の女神様も、


「コトリはムチャ言うから困るわ」


 こうボヤかれていましたが、さっそく開かれた巨大投石機輸送検討会議の冒頭で誰かが、


「それはムチャというものです」


 こういったら、首座の女神様は、それはそれは怖い顔になり、


「これは次座の女神の命令。決定であり可否を論ずるのは許しません」

「そうは言われても、あれは移動しない前提で作られてまして・・・」

「これは戦争。次座の女神が必要とされるなら、万難を排しても送ります」

「でも、どうやって」

「わたしが指揮を執ります」


 首座の女神様は陣頭指揮で、サッサと送ってしまわれたのにも驚かされたものです。首座と次座の女神様の二人の信頼関係はどれほど強固なものか、改めてわかった思いがします。それに比べればハマから運び込むなんて出来て当然です。

 設置が済むと火炎弾を撃ち込ませました。これも本国に要請して取り寄せたのですが、全部で五十発撃ちこんでやりました。第五広場は火の海になり、アングマール軍は撤退しました。本国に報告すると、


『引き続き、第四広場を奪取すべし』


 愛想がないと思っていたら、三座の女神から私信があり、


『首座と次座の女神様は大変お喜びになられ、密かに祝杯を挙げられておられます』


 もちろん私信ですから、


『熱い夜を楽しみにお待ちしております』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る