軍団は速やかにハマを目指していった。もちろん偵察は怠りなくやっていた。もしマハム将軍が動くとしたら囲まれる前だけだから、コトリもその心づもりを十分にしながらの進軍になったわ。

　ただコトリが率いる本隊の四個軍団と言っても一遍に展開できないのよ。街道は広いと言ってもしょせんは道で、軍勢が隊列を組むには平坦地が必要なの。だからマハム将軍がもし待ち受けているとしたらリューオン郊外。そう、前にドーベル将軍に撃退されちゃったところ。あのあたりは広い河原になっていて、農業やるには不向きなの。

「次座の女神様、ハマのアングマール軍が動くようです」

　マハム将軍もエレギオン軍の動きはしっかり偵察しているはず。全軍に近い出撃であること、二手に分かれてることも知っていての動きと見て良いわ。そのうえで、セラの野の別働隊は遅れて到着すると読み切ったのかもしれない。

「アングマール軍は街道を進む模様」

　さすがに尻尾巻いてハムノン高原には帰ってくれないか。マハム将軍はまずコトリの本隊を撃破し、それからキボン川西岸に部隊を展開させて別働隊の渡河を阻み、魔王の援軍を待つつもりかもしれない。そうとなれば、こっちもガチでやらなあかん。

「ここで陣を敷いてアングマール軍を迎えうつ」

　セラの野で戦った時にはマハム将軍の暴れ馬の計で先手を取られ、惨憺たる戦いになっちゃったけど、あの轍を踏む気はないわよ。あわよくばこの一戦でアングマール軍を壊滅させてハマを奪還してやるんだ。

「アングマール軍が来ます。おそらく二個軍団と思われます」

　マハム将軍はハマの全軍で来たか。コトリが四個軍団やから二個軍団は必要と見たんだろうけど、既に高原からのアングマール軍の後詰が到着してるのかもしれへん。この辺はわからへんけど、いずれにしても速戦即決で来るやろ。リューオン郊外でノンビリ対陣しとったセラからの別働隊に背後を襲われるもんな。

　来た来た、さすがはアングマール軍や。到着したらあっと言う間に戦列組みあげよった。戦列自体にとくに策はなそうや。問題は騎馬隊やけど見当たらへんな、

「散兵部隊、前方へ展開」

　マハム将軍も前方に散兵部隊を展開させたから定石通りやけど、定石通りやったらアングマール軍の方が少ないから不利のはず。そうそう暴れ馬対策だけはしてるねん。レジョンでは剣が武器やねんけど、最前列だけは槍にしてる。暴れ馬が突っ込んできたら刺し殺せって対策。十分じゃないかもしれないけど、かなり長い槍を持たせてる。

　散兵部隊による投槍戦が終わると重装歩兵部隊同士の主力決戦になるんやけど、ここも策はなさそう。エレギオン軍の方が二倍やから、戦列の横の長さを活かして包囲戦に持ち込みたいところやねん。

　距離が詰まって激突やけど、エレギオン軍も強くなったものやと思う。初めてゲラスで戦った時にはエエようにあしらわれたもんな。あれ、両翼から馬だけが突進して来るやんか。暴れ馬作戦？　散兵部隊に突っ込ませても効果はあると思うけど、結構な頭数やし贅沢な作戦やなぁ？

「馬はやり過ごせと伝えよ」

　あの暴れ馬の後からアングマールの散兵部隊に突っ込まれたら良くないな。

「騎馬隊は両翼から突撃、軽歩兵部隊も後に続かせろ」

　そこに、

「次座の女神様、騎兵部隊が･･･」

「どうした」

「大混乱で突撃できません」

「えっ」

　なにが起ったと言うの。暴れ馬が通り抜けただけで騎馬隊が使えなくなるって。あっ、姿が見えないと思ってたアングマール騎馬隊が左翼に現れてる。

「軽歩兵部隊に連絡。騎馬隊が突っ込んで来たら人の柵をもってこれを封じよ」

「次座の女神様、あれをやるのですか」

「命令が聞こえなかったの。ここが今日の戦いの正念場よ。パリフ上席士官、あなたが行って指揮を執りなさい」

「はっ」

　マハム将軍はなんのマジックを使ったかわからないけど、とにかく騎馬隊が使えないのはわかったし、この混乱に乗じてエレギオン軍の左翼を崩そうとするのもわかった。騎馬隊に引き続いて散兵部隊も突撃してくるはず。

「第二・第三戦列の散兵部隊も左翼に回して。急いで」

　騎馬隊対策も訓練させてる。馬は臆病な動物で障害物があると踏みつぶしたり、飛び越えたりするより立ち止まる性質があるのよ。だから長い槍を持たせた人の柵をもって食い止める戦術の訓練は積ませてる。

　コトリは人の柵戦術って呼んでるけど、人の柵で騎馬が必ずしも全部止まってくれるわけじゃないのよこれが。中には勢い余って人の柵を蹴散らす馬もいるのよ。それにアングマール軍の騎兵は北方の騎馬民族の傭兵が主力だから構想通りにいくかわからない部分もテンコモリ。ただ、ここでアングマールの騎馬隊に左翼を崩されたら負けるわ。

「アングマール騎馬隊が左翼に突っ込んで来ます」

「我が軍の騎馬隊は」

「まだ混乱が収まりません」

『ドドドドドッ』

　コトリは祈るような気分やった。軽歩兵による人の柵作戦が通じなければ左翼は破られてまう。アングマールの散兵部隊が左翼に集まり始めてるやんか。

『ウォォ』

　いよいよだわ。あの声は突進してくる馬の恐怖を少しでも和らげるために気合なの。

「次座の女神様、敵の騎馬隊が止まりました」

「弓隊、石弓隊、後続散兵部隊に雨の矢を降らせよ」

　パリフはやってくれた。怖気づく軽歩兵部隊を叱咤激励し、人の柵を維持してくれた。騎馬も止まってくれれば、アングマール騎兵の得物は剣だから、長槍部隊でかなり討ち取れるはず。

「アングマール騎兵隊が退いて行きます」

「直ちに追撃せよ」

　この日の左翼の戦闘は突撃して来るアングマール騎馬隊を人の柵で阻止し撃退すること三度に及んだのよ。エレギオン軍の軽歩兵部隊も馬に蹴られた分も含めて、かなり損害が出たけど、騎馬隊が立ち止った時に長槍部隊で囲んで討ち取った騎馬兵も相当多くて、アングマール騎馬隊も四度目の突撃は行わへんかった。

　そしたらマハム将軍は軍勢を退きはじめた。やっぱりアングマール軍は強いわ。退却戦は崩れやすいものなのに、見事な退却戦を展開しよった。コトリもなんとか突き崩そうと追いすがったけど、崩しきれんかった。

　でも、これは勝ったとして良いと思う。損害は明らかにアングマール軍の方が多いし、とくに騎馬隊はかなり討ち取れたもの。あれでハマの騎馬隊は使い物にならなくなったと見て良いはず。

　コトリは追撃を続けてハマまで進み、そのまま包囲戦に入ったの。翌日にはセラの野から迂回して進んできた別働隊と合流。ハマにはマシュダ将軍の別働隊三個軍団を配して、コトリは四個軍団を率いてイスヘテの砦を作らせた。この砦が出来上がったら、二個軍団をハマに向かわせてハマ包囲網の構築を手伝わせる予定。

「次座の女神様、騎馬隊が混乱した原因がわかりました」

「バド三席士官、あれはなんだったの」

「牝馬を使っていました」

　そうだったのか。マハム将軍はやはり手強いわ。軍馬にするのは牡馬なの。これはアングマールもエレギオンも同じ。そして今は発情期。この時期に牡馬の近くを牝馬の集団が走り抜けたら、そりゃ大変な事になるわよ。

　マハム将軍もそれを知っていたから、自分の騎馬隊はかなり後方に待機させてたんだわ。両翼に牝馬の群れを放ち、エレギオン騎馬隊が大混乱に陥ってから後方に待機させていたアングマール騎馬隊を呼び寄せてたんだ。騎馬隊のいない両翼の散兵部隊なら蹴散らすのは容易だものね。

　危なかった。あの人の柵作戦の訓練が出来ていなかったら、またあれが機能しなかったら負けてた。この牝馬の計の準備があったから、マハム将軍は挑んで来たんだ。戦いはまさに紙一重やったとしか言いようがあらへん。でも勝ったのはコトリよ。これが一番肝心なこと。負けてたらハマ奪還どころか、下手すりゃ第四次エレギオン包囲戦まで覚悟せなアカンとこやった。