むちゃくちゃ忙しいねんけど、無理やりでも時間を作ってユッキーのところにもお見舞いに行ってる。そりゃ、宿主代わりの不安定期はコトリにもあるし、コトリの方が長いから、いつもユッキーに負担かけてるもの。でも行っても何もしないの。ただ、黙って座ってるだけ。たまに話もするけど他愛ないものばかり。それが二人のルール。とはいえ時期が時期だから、どうしても話題に出ちゃうのよね。

「コトリ、どう」

「ちゃんとやってるよ。アングマールも攻めてくる気配はないし、復興計画の方もまずまず順調よ」

「それならイイけど。わたしが出なくて良い？」

「今は休む時期だよ。出た方が迷惑だから」

　とにかくユッキーは責任感強いから、無理してでも戻りたがるのよね。前に戻った事があるけど、外見こそ普段と変わりはないけど、判断力がガタ落ちでエライ目にあってるの。コトリの不安定期は期間こそ長いものの、調子の良い時、悪い時が割とはっきりしてて、調子の良い時は普段並みに働けるんだけど、ユッキーの場合は終るまでは使い物にならない感じ。

「わかってるけど、とにかくこんな時期じゃない」

「この次座の女神様を信用できないとか」

「そりゃ、コトリが信用できなかったら、この世で信用できる人はいなくなるけど、いくらコトリでも･･･」

「ダメ、ユッキーは今は休むの。休むのが首座の女神のお仕事」

　話題を変えなきゃ、

「ところでシャラックだけど」

「どうかしたの」

「イイ男でしょ」

「あれ、コトリが選ぶの。シャラックはコトリの趣味じゃないと思ったのだけど」

「コトリじゃないよ、三座の女神だよ」

「な～る」

　えへへへ、他人の恋話は女神も大好きで、ユッキーもそう。

「コトリ、どうせからかったでしょ」

「バレた」

「わたしも楽しみだからやるけどホドホドにね。でも似合ってると思うよ。三座の女神の男に求められるのは信念。シャラックなら三座の女神を愛し抜くわ。コトリ、宣言してあげたの」

「うんにゃ、やっぱりユッキーにしてもらいたいみたい。タイミングは微妙だけど、四座の女神の復活とも重なりそうだから、五女神そろっての祝福が欲しいのじゃない」

「そういうところは三座の女神はこだわるからね」

「そう女神の男の晴れ姿でもあるから」

　そこに三座の女神が来て、

「次座の女神様、そろそろ」

「ほんじゃね、ユッキー」

「悪いわね、コトリ」

　そこから仕事のヤマ、ヤマ、ヤマ。そうそう、コトリが代行やってる時は祭祀も簡略版にしてる。日の出と日の入りの祈りはどっちも二時間ぐらいかかるのだけど、三十分ぐらいにしてる。これは密かに三座の女神も喜んでた。もっとも、それぐらいにしないと仕事が終わらないのも現実。祭祀にウルサイ、あのユッキーでさえコトリがいないときは一時間ぐらいの短縮バージョンにしてたぐらい。

　夜になってようやく仕事は一段落。三座の女神と焼ワインで一杯やってた。これぐらいの楽しみがないとやってられないのよね。

「なにかアテはないかしら」

「これはいかがですか」

　アカイオイ相手の交易で好まれるものの一つにオリーブ・オイルがあったの。オリーブ自体はアカイオイでいっぱい栽培してるし、オリーブ・オイルもたくさんあるのだけど、エレギオン産のオリーブ・オイルは品質が高いって珍重されてるみたいなの。

　エレギオンのやり方は、オリーブの実をタネ抜きしてから石臼で砕いてこれを良く練ってから、何重もの布にくるんでゆっくり絞るって方法。これの評判が良くて、結構な値段で買ってくれて、これもアカイオイでは高級品扱い。

　ついでにオリーブ・オイルを使った保存食品も試作中。エレギオンは漁業も盛んなんだけど、とくにイワシはたくさん獲れるの。たくさん獲れても、イワシはすぐ腐るから、塩水で茹でて絞って油を取って照明に使ったり、ひたすら干して保存食品にしてたんだけど、オリーブ・オイルを使って一工夫してみたの。鰯の頭と内臓を取り去り、塩漬けしてからオリーブ・オイルでゆっくり茹でてみた。

「これか、さてどうかな」

「次座の女神様、これ美味しいです」

「もうちょっと塩味抑えて、なんか香り付けがあってもエエかな」

　これでビールがあったら最高って思たけど、ないものはしょうがない。農園の回復は順調だけど、せめて三年分ぐらいの食糧備蓄が終わるまでビール醸造の再開はしないのがユッキーの方針やし、コトリも同意してる。三次包囲戦の食糧不足は厳しかったもんな。そんなところに、

「次座の女神様、夜分失礼します」

　部屋を訪ねてきたのはシャラック上席士官。

「どうしたの」

「例の調査の件で至急報告したいことがありまして」

　シャラックはもう少し早く報告したかったみたいだけど、昼間にコトリを捕まえるのは無理だったみたい。ほとんど走り回ってるようなものだもんね。

「遅くまでご苦労さん」

「とんでもありません」

　シャラックにも焼ワインを勧めながら、

「どうにも嫌な感じになっています･･･」

　ユッキーがやった高原都市からの移住政策だけど、とりあえずはアングマール軍に殺されずに済んだのは感謝してくれてた。ただ、移住政策によって高原都市の防衛力が落ちたのも確かやった。

　もっとも移住しなくても守り切れなかったと思うけど、『もしいたら』的な意見もあるのはコトリも知ってる。そりゃ、故郷だものね。軍団兵への動員も最初のハムノン軍団結成にはそんなに文句はなかったの。そりゃ、エレギオンが落ちたらどんな目に遭うかよくわかってたし。

　ただなんだけど高原都市兵がアングマール軍の矢除けにされたのも彼らは良く知ってる。そりゃ、目の前であれだけ死ぬのを見たらわかるもの。そこで微妙な影を落としたのが、ユッキーの高原兵による軍団の増強。シャラックの報告ではエレギオンも高原兵を矢除けにするの噂が流れてるそうなの・

「出るかもしれないって思ってたけど、やっぱりね」

　それとあれだけ凄惨な攻防戦をやってもアングマール戦は終らないのよね。魔王は生きてるし、アングマール直属軍も健在。魔王に一撃食らわしたものの、戦争は継続中で終りが見えない状況なのよ。いわゆる厭戦気分って奴。ま、コトリもイヤになってる部分はあるのはある。

「やっぱりアングマールの工作が入ってる？」

「おそらく。高原都市からの訪問者に混じって工作員は入り込んでると見て良さそうです」

「で、どうなってる？」

　シャラックの調査では、エレギオンもアングマールも一皮剥けば同じで、高原兵を矢除けにして戦ってるだけの噂が広められてるらしいの。

「それで？」

「高原住民が生き残るためには、反乱を起こしてエレギオンを乗っ取り、アングマールと真の和平を結ぶしかないとの考えが広まりつつあります」

「なるほどね。エレギオンの商人にも同調者が出てるんじゃない」

「御明察」

　アングマール戦に備えて、軍需産業偏重政策を取ったんだけど、平和産業は抑制せざるを得なかったの。仕事が無くなった連中は軍団兵にするか、士官養成所に叩き込んだのよねぇ。それだけやって、ようやくエレギオンは落ちなかったけど、彼らにとってはそうは見てくれないか。

「どこまで進んでる」

「第四・第五軍団内で結構な数の同調者が」

　魔王も遊んでないわ。高原都市では既に生きているのが大変な状態になってるから、生きるために魔王の甘言に乗せられて尻尾を振るのが出てきて当然。おそらくだけど、エレギオンに高原住民による建国ぐらいを囁いてるかもしれない。魔王が守るわけないけど、それが見えないぐらいに追い詰められてるんだろう。

「シャラック、リストは出来てる？」

「完全ではありませんが･･･」

「ありがとう、引き続き調査を頼むわ。この陰謀は近日中に叩き潰す」

「かしこまりました」

「三座の女神、シャラック上席士官、命令です。朝まで、燃えてらっしゃい」

　三座の女神が真っ赤になりながら退出する姿は、いつ見ても楽しいわ。朝の祭祀までの時間しかないのは許してね。明日からはまた忙しくなるから。