第22話

=『20分経過、20分経過。Twenty minutes pass!』=


 ナメてた。

 クラウディアは叩きつけられた衝撃で意識を飛ばす。

 

 なにかが覆いかぶさった感覚。

 耳元でレフェリーがマットを叩く音を聞く。

 

 歓声もそれに追従して会場全体が湧いている。

 途切れた意識は無理やりつなぎ直して、肩を上げる。

 

 これはカウントワンかな? それともツー?

 指をレフェリーに見せて訊ねた。

 わからないくらい、深く意識を刈られていたようだ。


《カウントは2.9ぅぅぅぅ!》

 実況も聞こえない会場の爆音。

 レフェリーが二本指を示していた。


 あはは……っ。

 ナメてた。プロレスをナメてた。

 キックアウトしたガブリエラが四つん這いで、マットに汗を滴らせている。


 ──ガブリエラ、これは……アンタの気持ち、いまはちょっとだけわかるよ──


 近くのロープに手をかけて、先に立ち上がりったクラウディアはガブリエラの髪の毛を掴んで引っ張り上げる。


 いいね。

 もうちょっとだけ、やろう。




   ◇


 会場がひっくり返ったような気がした。

 あたしの攻撃があたったはず、なんだけどなぁ。


=『30分経過、30分経過ー! Thirty minutes pass. Thirty minutes pass!!』=


《ダニエラ、ニジミの出したラリアットの腕を軸に逆上がりっ! 突進力を回転の力でズラして、頭頂部をマットに串刺しだぁぁ!》


 そう。急に会場が回って、気づいたら天井を見上げていたんだ。

 レフェリーがまた何か言っている。

 数字のかぞえ方くらい知ってる。

 バカにしないで。


 一のつぎは二だし。

 二のつぎは、さn……


《ここでクラウディアがカットに入り、カウント3は断固阻止ぃ!!》


 視界の中にクラウの顔がぬっと出てきて、起きんかいこらぁ! とその口が動いた気がした。


 とっても重いからだを起こして、リングを見回す。

 クラウに突き飛ばされたダニエラさんが、ちょっとはなれた場所で倒れながら荒い呼吸をしていた。

 ダニエラさんと目が目が合う。

 ちょっとうらやましそうにあたしを見ていた。


 ──あたし、体力には自身があるもん。


 そしてダニエラさんはあたしの横で倒れているクラウを見て、もう少しうらやましい顔をする。


 ──ああ。いいでしょ。

 ──ダニエラさんにはガブちゃんがいるけれど、あたしにはクラウがいる。


 ニジミは汗でひたいに張り付いた前髪をかきあげる。

 視える世界が広がる。


 ──いいでしょ。私たちのチームワーク。




   ◇

 音は消えた。色も消える。

 呼吸に合わせて一滴、また一滴とメイクの色が混ざった雫がマットに落ちる。

「クラウー!」

「ダニエラッ!」


=『45分、45分経過っ! Forty-five minutes pass! Forty-five minutes pass!!』=


 パートナーたちが名前を呼んでマットを叩いていた。

 わたくしも、呼ばれましたの?


 そんな疑問は、降ってきたエルボーで中断される。

 ああ、やり返さなければ。

 立ち上がれない。

 けれど、おなじように上半身だけを起こしている相手。


 だからひたいを合わせて意地を張りあう。


 上半身、腕の力だけでエルボーを返した。

 右でエルボー。

 左側からエルボー。

 右、左、右、左、右、終わったかと思ったらまだ左が来る……。


「ダ※エ※※ぁぁぁ――――っ!」


 この声を聞くと、ここでやらなきゃ女がすたると思えてくる。

 わたくし、人からの期待も自分への期待も答えたい女ですから。


 ──やり返す。そう、やり返すのがプロレスだ。

 

 そこには悪も正義もない。

 人の意地が存在するだけ。


 だから足に力を入れて立ち上がり、大きく息を吸って打ち下ろす。



「であぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」



 お姉様どうですか?

 わたくし、お姉様と同じくらい、強いんですのよ?




  ◇


 もう限界だ。

 もう数え飽きるくらい思った。


 ゾンビを相手にプロレスをするのは初めてですよ。


 タッグ戦ではそんな姿見せずに、

 戦うときにはそんなファイト見せるなんて、


 あなたはやっぱりズルいし、

 性格も悪い。


 くの字に曲がってまっすぐに立てない相手。

 

 紙一重のラストチャンス。

 きっと本当に最後の最後のチャンス。



 ブーツが重い。



 腕だって重い。

 =『50分経過っ! Fifty minutes pass!! 』=


「おねぇさまぁ!」


 背後に回る。

 意識が飛んで抵抗しない相手の両手首をとって、

 腕を腹の前で交差させる。


 自慢の天使がコーナーから飛び出して、相手の小悪魔をブロック。


 私たちは同じ技の姿勢を取った。

 目が合う。最後の力が湧く。うなずく。相手の体をマットから引っこ抜く。天井のライトが視界に入る。


「・・・」「・・・」

 妹と、

 なにか言葉をかわした気がした。

 そう感じた。


 マットが揺れる。上向きの衝撃が相手の体越しに脳に届く。ブリッジしてアーチを描く。


 会場全体で起こった数字の大合唱。




 決着のゴングは、

 私たちのために鳴った。


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