第20話

「ただいまより、本日のメインイベント。ガブリエラ=コート対ダニエラ=コートの、タイトル試合および、カレーラ・コントラ・カレーラ引退に対して引退を賭けた試合を行います。この試合はこの土地で生まれました独立記念の奉納試合として──」


 リング上で大会の歴史が説明されている。

 クラウディアは赤コーナー側から反対側を見る。

 青コーナー側のリング下。

 その中にキューティーレインボーの姿もあった。


 レフェリーが試合前のチェックをしはじめたそのとき──


 ──雨雲仮面がリングインして、ダニエラに向かって走り、

 ──キューティーレインボーがリングインして、ガブリエラに向かって走り、


《なんだ! なにごとだ! セコンドの選手が乱入してきたぞ!》


 アナウンサーも予想外の出来事に実況が一拍遅れた。


「え、ちょっと」とガブリエラ。

「何事ですのっ!」とダニエラ。


 反射的に相手セコンド選手からの攻撃が来ると思ったふたりは身を守る姿勢を取る。しかし、雨雲仮面とキューティーレインボーはリングの中央で腕を絡めて、一八〇度回転し、自軍のリーダーにラリアットをお見舞いした。もろに受けた二人はコーナーから場外に落とされる。


《なにごとだ! セコンドの選手が乱入して、ええっリーダーを襲撃っ?》

 実況もいまだに戸惑いを隠しきれていない。


「あんたはあっち」

「らーじゃっ!」

 雨雲仮面から指示を受け、キューティーレインボーはうなずいて理解を表す。

 客席の混乱も無視して、雨雲仮面とキューティーレインボーは、助走をつけてロープに体を押し込み、反動を生かしてリーダーへの追撃を試みる。トップロープとセカンドロープのあいだをくぐり向ける。標的はもちろん場外に落とした互いのユニットリーダー。バツの字に交差させた手が相手の喉元にヒットして、衝撃を感じた。


《い、息の合ったトペ・スイシーダ。場外へのフライングクロスチョップ。が、ガブリエラにダニエラ……これをモロに食らってまさかの場外で大の字ぃぃーーっ!》


 攻撃をしたマスクマンたちが立ち上がると、会場からは割れんばかりのブーイングが起こった。


《当然です。歴史ある奉納試合を覆面のふたりが台無しにしようとしています!》

 観客たちよ怒れっ、

 とアナウンサーが会場の人たちを煽動(せんどう)する。

 そんな予想通りの反応に笑いがこみ上げてきたのは雨雲仮面。


「ちょっと、マイク貸して」「あたしもかりるねっ」


 リングサイドの音響ブースからマイクを奪い、雨雲仮面とキューティーレインボーがリングにあがる。もちろん会場はブーイングの嵐。怒声の風に乗って、紙コップや食べかけのソーセージやペットボトルなどが飛んでくる。

 まだまだ平然としているリング上のふたりは、ウロウロしながらマイクでしゃべるぞとポンポン音を立てる。その合図に慣れてしまっている観客たちは、反射的にブーイングとヤジの音量を下げてしまう。


「この奉納試合、もとは土地の所有権を認める試合だったそうねー」

 と、雨雲仮面。「ってことはぁ。……勝ったほうがこの土地をもらえるってことよねぇ?」

 ニヤつきたっぷりの言い回しに、会場はまたもざわつきを再開する。

「ねえガブリエラー、悪いんだけどぉー」

「ダニエラさーん、ごめんねぇー」

 ふたりはマイクを片手に、もう一方の手をマスクにかけ──


「この土地をすべてっ」

「この土地の美味しいものぜんぶっ」


 ──天井高くに脱ぎ捨て、


「「わたしたち『ハニービー』が、おいしくいただきまーす!」」


 クラウディアとニジミの声がハモった。

 そのコメントに会場はどよめき、ブーイングと面白がる歓声に分かれ、会場の空間全体に観客の思い思いのコメントが飛び交った。

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