第4話

 ギィと店のドアが開く音がした。

 黒い闇夜と街頭の明かりを背負って入ってきた相手は二人。

 ひとりはクラウディアよりやや小さい背丈で、フードを目深にかぶっていた。シルエットで女性だとわかった。

 もうひとりの金髪パーマの背丈は同じか、すこしだけ高い。顔つきは男っぽくて、がっしりした体型だが、おそらくこっちも女性だろう。金髪パーマは首に巻いていた径の太い鎖を外して、腕に巻き付けはじめた。じゃらじゃらという粘っこい音とぎらぎらと放つ鈍い光が危険な香りを漂わせていた。


「あのね、きょうはもうお店おしまいなんだ。ごめんね」

 近くにいた警戒心ゼロのニジミが、二人の近くに移動して伝えると、金髪パーマは太い腕を振って、ニジミの首を刈ろうとする。


「オラァ!」

「ほわわっ」


 とっさにその場で真上に飛んで、向かってくる腕にニジミは両足でキックを落とす。しかし、近い間合いで出した蹴りは腕を止められず、ニジミは押されるまま、しかし勢いに乗ってヒザで力を吸収しながら、弾かれるような速さで空中で回転。何事もないように着地して距離をとる。


「あっぶないなー」

「予想以上にすばしっけぇやつだな」

 ハスキーがかった声で金髪パーマがぐるりと腕を回した。


「あなたの相手は私です。いざ──」

 クラウディアに向かってはフード付きが駆けてきた。

 それを見て、「く、クラウディアちゃん!」と、ビビるオカマ。

 すばやく立ち上がり、


「オーナー、あぶない!」

 と、立ち上がるクラウディア。

 クラウディアはすぐにメリカが座る椅子の背もたれをつかんで、

「くたばれぇ!」

 メリカを投げ飛ばした。


「え? ──ィイヤァァァァンっ!」

「──ひぃっ!」


 フード付きは一瞬で顔を引きつらせ、メリカの顔面をきれいなフォームの飛び膝蹴りで撃ち抜いた。


「ゥィイタァァァァァイっっ!」


 打ち返され、派手な音を立てて店の椅子やテーブルをなぎ倒しながら床を転がっていくメリカ。壁にぶつかって止まると、指先までまっすぐに体を硬直させながら、白目をむいてビクンビクンと痙攣する。これはこれでキモい。


「ま、まだまだっ」


 着地したフード付きは、またも一直線に走ってきた。

 クラウディアは瞬時に間合いを詰めて正拳を突き出す。

 が、フード付きは素早く体を反転させて、避けると同時に首の横で突き出されたクラウディアの腕をとる。


 背負い投げか!?


 クラウディアは投げられる方向に自分から飛んで、空中で体を回転させて足から着地。ステップをはさんで距離を取りながら反転して身構える。

 ……素人の動きじゃないわね。


「まったく。あたしたちと戦いたいなら、きちんと順番待ちしてくれない?」

「そーだそーだー。じゅんばんまもれー」

「でもって、お店の営業時間内じゃなきゃ相手してやんないけどね」

「そーだそーだー。おひねりだいじー」

 クラウディアの言葉にニジミも便乗して、両手を上にブンブン振りながら訴える。


「こっちはそうもいかねえんだよ」と鎖付き。

「表立って素人さんとは戦えない決まりがありますから」とフード付き。

「へぇ」


 やっぱりね。

 さっき話にあったプロの連中か。

 言うだけあって、ちょっとはおもしろそうじゃないの。


「じゃあ、ちょっとだけよ?」

 

 クラウディアもニジミも、ひさしぶりのすこしはマシになりそうな相手に目つきが変わる。


「……ね、ねえ……クラウディアちゃん」

 遠くで蚊の鳴くような声がした。


 うん。

 無視しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る