第67話 ペナンガル

「うわわわわ、なんですコレ、気持ちが悪い!」

 ぐにゃり……その瞬間僕の感じた魔力の流れを端的に表現するならばそんな感じでした。


 別の言い方をするならば、全身をナメクジが這いまわるような幻といったところでしょうか。

 そんなおぞましい感触に、気が付くと僕は思わず一歩後ずさっていました。

 いえ、本音を言えばそのまま逃げ出したい気分です。


 本能的に感じてしまうんですよ。

 何か……そこにおぞましい何かがいる事を。


「ぐぉっ……?

 グルルルル」

 何かおかしいと思ったのでしょう。

 ミーナちゃんも首を傾げたあと、警戒するような唸り声をあげ始めました。


「ちょ、ちょっと、これ大丈夫なんですか?」

 原因となるものを持ってきた本人がそんな不安げな顔しないでください!

 視線で何とかしてとか訴えられても、どうしようもありませんから!


 気が付けば、怪しい波動が高まるとともに、金稜辺キンリョウヘンの花が、葉が、茎が、次々に漆黒へと変わり始めています。


 これはいったい何が起きているというのでしょう?

 ……というか、僕の金稜辺キンリョウヘンは無事なのでしょうか!?

 株に悪影響がなければ……いえ、確実に悪影響を受けますね。


 僕はまだ黒く染まっていない金稜辺キンリョウヘンの株を一つ引き抜くと、それを少し離れた場所に置いて周囲を円で囲みました。

 簡単ではありますが、こうやって結界で囲んでおけば最悪の事態は避けることが出来るでしょう。


 しかし、なんとも不気味な気配です。

 依田さん……いったいあのノートに何を書き込んでいたのでしょうか?


 そんな事を考えていると、あのおぞましい波動がさらに強くなり始めました。

 やがて、花園の真ん中あたりに光を飲み込むブラックホールのような黒い球体が現れたのです。

 これ、先手必勝で攻撃を加えたほうがよいのではないでしょうか?


「うぉっ、なんちゅう邪気だ!」

「これは拙いですね……管理人のいない墓場よりひどい」


 ボコッと土をえぐる音と共に後ろから聞こえてきたのは、石崎のオジサンと頼田さんの声。

 もう地表からここまでやってきたのですか……魔王軍の掘削モグラ部隊ともいい勝負ですね。

 と言うより、魔物と比較してもそん色ないとか、貴方たちはもう人間じゃないですよ。


「おい、ゴッ太郎!

 ここで何が起きている!」


「ゴッ太郎じゃないですよ、ジルベルトです!」

 相変わらず失礼なオジサンですね。

 まぁ、このホラーじみた空気の中では、その馬鹿馬鹿しいほどの明るさは救いですが。


「頼田さんの字で書かれたノートを触媒にして何かを呼び出そうとしたみたいですけど、予想外の何かが応えちゃったみたいですよ。

 ノートの題名に東南アジアのってありましたけど、心当たりは?」


 すると、何か思い当たるものがあったのでしょう。

 依田さんが顎に指を当てて考え込んだあと、ポツリとつぶやきました。


「もしかして……あのペナンガルを呼ぼうとしたのか!?」


「ペナンガル?」


 聞き覚えのない言葉ですが、頼田さんの顔色からすると、確実に良くない代物でしょう。


「マレー半島に伝わる蜂の守護者ですよ。

 森の中でこれに襲われたら生きては帰ることが出来ないといわれています」


 あぁ、納得です。

 僕の金稜辺キンリョウヘンは、ミツバチを守るためにその守護者である神格を呼び出そうとしたのですね。


「……もっとも、これは似て非なるものですが」


「どういうことです?」


「ペナンガルと呼ばれる存在は、二つあるんですよ」


「本当はマレー半島のセノイ族に伝わる蜂の守護者ペナンガルの資料を取り寄せたはずだったんですけどねぇ。

 名前が同じだから間違えたのか、業者が持ってきたのはボルネオ島のペナンガル……悪魔との取引に失敗して化け物になったといわれる妖怪の資料だったことが後でわかったんです」


「な、なんてことを……。

 つまり、あのノートにはミツバチの守護者の呼び出し方として、違う悪魔を呼び出す方法が記されていたってことですか!?」


「ええ、その通りです。

 それに気づいてさっさとシュレッターにかけて捨てたつもりが、まさかこんなことになるとは、まったくもって予想外です。 

 おそらくそのシュレッダーにかけたものを拾って、根気よく復元したのでしょうね。

 時間さえかければ、確かに不可能ではないとは思います。

 この島で、あんな資料をそこまでしてほしがる存在がいたとは……まったくもって予想外です。

 資料の処分方法について再検討する必要がありそうですね」


 眼鏡の弦を指で押し上げながら、人ごとのように語る頼田さん。

 いや、あなた、そんな淡々と語るような内容じゃないでしょ!

 大失態じゃないですか!!


「悠長に構えているんじゃない!

 ……来るぞ」


 見れば、妖気としか形容しようがない不愉快な気配の中に、殺気のようなものが混じり始めています。

 どうやら、穏便に済ますことはできない流れのようですね。


「とりあえずやることは一つだ。

 ゴツ太郎、お前も手伝え」


 そう言って、石崎のオジサンは背中のリュックから一丁の斧を取り出してこちらに押し付けてきました。


「なんです、このハートの透かしの入ったピンクの斧」


 しかも、人間用なのでサイズが小さすぎます!

 僕が持つと、まんま子供のおもちゃみたいじゃないですか!


「ちなみにそれはハートマークじゃなくて、猪目という伝統的な魔除けの模様ですね。

 菩提樹の葉がモチーフだという説が有力と聞いてます。

 あと、ピンクがかかって見えるのは、材質に銅が使われているからですね」


「ぶはははははは!

 よく合ってるぜ、ゴッ太郎!

 そいつは入峰斧という、山伏が山に入る儀式に使う斧だ。

 この手の魑魅魍魎には覿面に効くぞ!」


 おーじーさーんんんんんんん!

 武器と言うなら、他にもいろいろあったはずでしょ!

 そのにやけた面から察するに、わざとコレを選びましたね!?


「まったく……僕は武闘派じゃないのに!」


 とはいえ、斧の扱いはミノタウロスのたしなみなので一応の心得はあるんですよね。

 それに、武具としてではなく呪具としての扱いならば専門です。


 僕が覚悟を決めると同時に、ペナンガルと言う悪魔の方にも動きがありました。

 金稜辺キンリョウヘンの葉っぱが変質し、真っ黒なタコの触手のような姿となって僕の方にスルスルと伸びてきたのです。


 あぁ、もぅ、本当に気持ちが悪い!


退しりぞきなさい!」

 一喝すると同時に斧をふるうと、まるで壁にぶつかったように触手が弾き飛ばされました。

 ふむ、思ったよりいい感じですね。

 見た目はちょっとアレですが、呪具としての性能は申し分ない感じです。


「やるじゃねぇか!」


「……あんまり嬉しくないですけどね」


 石崎のオジサンの軽口を軽く流しながら、僕はこの小さな斧を強く握りしめたのです。








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