第309話葵の思い、麗の考え

葵と麗の会話が続く。

「不動産の麻友様も、来年は東京に出たいとか、私たちの大学に編入を考えておられるようです」

「うーん・・・そんなことを、少し聞いたけれど」

麗は、麻友の真剣な顔を思い出した。


葵は、難しい顔。

「学園の詩織さんがそれを聞いて、動き出したとか」

「しかし、京の学園長の娘が東京の大学に編入など、それは京の世間から、そしりを受ける」

「それでも詩織さんは、あの元気な性格、言い出すと、なかなか後には引きません」


「銀行の直美さんは、まだ冷静で賢いお方」

「それでも、関係筋の娘が、うちだけでなく、二人も三人も東京へとなると、気が落ち着かんと・・・」

ただ、葵の言葉の裏には、「都内での麗は、自分が独占したい、できれば九条家が、それを抑えて欲しい」そんな思いが、簡単に透けて見える。


麗は、その葵の思いとは、別の見解を示す。

「あくまでも、一般論です」

「人生の一時期、一生ではないので」

「都内に出てみて、見分を広げる」

「一人の人間として、見知らぬ地を歩く」

「それはそれで、その人の幅を広げることになるのでは」


葵は、言葉に詰まった。

「そう言われましても・・・京都は、ご存知の通り難しい」


麗は、葵に頷く。

「確かに、自分勝手とか、自由が過ぎるとか」

「京都は厳しい相互監視社会なので」


葵は、麗の言葉に、驚いた。

「麗様、その自由は、京都で言う自由ですよね」

麗は頷く。

「はい、京都で言う自由は、行儀が悪い、周囲の関係を乱す、遠慮が無い」

「どちらかと言うと、否定的な言葉」


葵も、実は自分自身が都内の大学に出る前、言われていた噂を思い出す。

「自由な娘さんや、京を忘れて」

「東京なんて、京から見れば、田舎もんの集まるところや」

「何を気ままに考えとるんや、呆れるわ」


しかし、葵は、麗を追いかけたかった。

葵は、茜から麗の名前が京都人に広がる前に、「恵理と結を追い出したら、麗を九条家に迎える計画がある」と聞いていた。

だから、一歩でも二歩でも、他人に先んじて、麗との親密な関係を作りたかった。

それが「抜け駆け」とか「自由が過ぎる」と後ろ指をさされても、とにかく麗を求めたかったのが本音だった。

上手いことに、九条財団の事務所が都内にもあることも、理由付けに役立ったけれど。


しかし、それが、なかなか、難しい。

麻友は不動産の管理と称して、積極的に麗や大旦那と話をして、実績を作っている。

ある意味で、ただの学友程度の自分よりは、よほど麗や九条家の実際の役に立っていると思う。


その麻友が都内に越して来る可能性も高い上に、「積極的な詩織」と「賢い直美」まで、都内に出て来るとなると、まさに自分の地位が低下する。

一番、身近にいる「嫁候補」から、「四人の嫁候補の一人」に、成り下がってしまう。

しかも、麗は、現時点で京都の相互監視社会は理解しているけれど、「都内に出る意義」を語ったりしている。


麗は、突然考え込んでしまった葵をじっと見ていた。

そして、おもむろに口を開いた。

「私としては、大学の授業がある時は、都内」

「そうでない時は、京都に、当たり前ですが」


その冷静な語り口に、葵はハッと顔を上げる。


麗は続けた。

「それぞれのお家で、お考えになればいいこと」

「都内に出て来れば、時間が合えば、それなりに」

「京都でも、逢えないということはないので」

「九条家としては、都内に来て欲しいとか、来るなとは、言う気持ちはありません」


葵は、麗の言葉に二重の意味を感じ取った。

「自分だけを特別扱いとは、現時点では考えていない」

「しかし、都内に出ることを希望する人を拒まないのだから、その場合に自分だけが後ろ指をさされる理由はない」


少々落胆するような、あるいは安心のような、複雑な思いで、麗の顔を見つめていた。

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