第274話九条家音楽の宴は夜遅くまで続く。

音楽室に入った麗は、途端に「麗様!お待ちしておりました」とか「もう、待ちどおしゅうて」とか、大きな拍手に包まれ、かなり困惑。


その麗を茜が笑う。

「まるでアイドルや、麗ちゃん」


麗は、困惑しながら、大騒ぎのお世話係たちを見る。

「まあ、なんと明るい顔で、元気がいい」

全員が年上のお姉さんたちと思うと、「この人たちは幼いのか?こんな年下の俺に」となるけれど、拍手はなりやまない。


麗は、仕方ないのでピアノの横に立ち、深呼吸。

そして話をする。

「こんなきれいな女性たちに見られていますと、緊張します」

「慣れていないので」


また大騒ぎして笑い出すお世話係たちに、一言付け加えることを忘れない。

「お世辞ではありません」

そして、その言葉を出す際に、少しだけ微笑む。


すると、お世話係全員が大騒ぎ。

「あらーーー可愛い!」

「ほんまや、天使様かと思うたわ」

「いや、もうこのお屋敷の天使様や、京の街にも」

「他の家の女には見せとうない」

「当たり前や、うちらで独占や」


しかし、麗の微笑みは、ほんの僅かな時間のみ。

麗自身としては、「話の展開上の、ほぼ演技」なので、すぐにいつもの「能面」に戻している。


麗は、お世話係全員に話しかけた。

「さて、まずは何か弾きます」

「一曲終わる前に、歌いたい曲でもあれば、決めておいてください」


麗は「え?」と驚くお世話係たちの顔は気にしなかった。

さっそく、「いきものがかりの桜」を弾き始める。


麗としては、蘭が好きでよく歌っていた曲だった。

それを何となく覚えていたから弾いただけだったけれど、お世話係たちは一曲終わるのを待ってはいなかった。

誰も顔を見合わせることもない、ハミングすることもなく、麗のピアノに合わせて歌い出す。


茜は、自分自身も一緒に歌いながら、うれしくてたまらない。

「はぁ・・・麗ちゃんの、きれいなピアノに合わせて」

「みんなで声を出して歌う、幸せや」

「お世話係さん、みんな顔がメチャ輝いとる」

「選んだ曲もまた・・・よかった」


麗はピアノを弾きながら思った。

「まさか、早速歌ってくるとは」

「でも、みんな歌が上手だ」

「そういえば、全員が名家のお嬢様で、音楽の教育も受けているのか」


「桜」が終わった。

麗は立ち上がって、お世話係全員にお礼。

「ありがとうございました、全員、上手です」

「まるで合唱団のようです」


その麗の言葉がうれしいのか、また大きな歓声と拍手。

「ああーーーうれしゅうて!」

「歌いやすいピアノで・・・幸せや」

「ほんま、楽しみが増えた」


麗は、全員に質問。

「他に歌いたい曲はありますか?」

「楽譜があれば、なんとか弾きます」


すると音楽係の美幸が楽譜を持って歩いて来る。

「あの・・・ほんま・・・合唱団みたいですが」


その楽譜は、「モーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス」

麗が軽く頷いて、そのまま弾き始めると、お世話係全員が美しいハーモニーにて歌い出す。


その後も美幸が楽譜を持ってきては麗が伴奏、お世話係全員が歌う遊びは、夜遅くまで続いた。

曲もクラシックに限らず、ジャズもポップスもロックもあった。


茜は、そんな麗とお世話係たちを見て思った。

「ほんま、麗ちゃんは愛されとる、次期当主とお世話係全員が渾然一体や」

「これこそ、ほんまの九条家や」


あまりのうれしさに茜が涙ぐんでいると、歌声が聞こえたのだろうか、音楽室には大旦那、五月、全ての使用人が集まって来ている。

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