第255話花園美幸と麗(1)

湯葉をメインとした夕食が終わり、話題が変わった。


五月が麗に声をかけた。

「麗ちゃんが住んでいたアパートの部屋は、麗ちゃんが高輪に引っ越すから空き部屋になる、そこにな、奈々子さんのカウンセラーを兼ねて、医者に一人住んでもらう」


茜も続く。

「大旦那の推薦で、一族の中で、花園家の娘さんや、美幸さん」


麗は、夕食前に話があったことを思い出した。

「花園家の美幸」と聞いて、いつかどこかで見たような記憶があるけれど、しっかりとは思い出せない。


ただ、それにしても、人選が早いと思っている。

「わかりました、ありがたいことです」

と無難に御礼を言う。


大旦那が時計を見た。

「七時には来るやろ、一応顔合わせをしとかんと」


麗は驚いた。

いかに一族と言っても、京都人がこれほど早く動くとは思っていなかったから。

それにしてもと、大旦那の力の強さも、思い知る。


そして、「顔合わせをする」以上は、言うべきことを考えなければならないと、思う。


「いきなり、そんな話になって、その花園さんには、おそらく迷惑になる」

「いかに大旦那の強権とは言え、内心は辛いのではないか」

「おそらく見知らぬ東京の地で、迷惑をかけるのが、奈々子」

「かつては母だった、一緒に暮らしていた」

「心が通うような会話は、全くなかったけれど」

「それでも、一緒に暮らしていた奈々子が迷惑をかけることになる」

「どうしても、頭を下げないわけにはいかない」


麗が、そんなことを考えていると、玄関にチャイム音。

おそらく、執事長の三条だろう、扉を開ける音が聞こえた。

そして、廊下を歩いてくる足音が聞こえている。


リビングのドアが執事長三条により、ノックされた。

そして、「花園家の美幸様がお見えになりました」との口上とともに、リビングのドアが開けられ、「花園美幸」が入って来た。


花園美幸が執事三条に促されて、テーブルに着くと、大旦那が声をかけた。

「ああ、美幸、よう来てくれた」

「いきなりで、驚いたやろ」


花園美幸は、童顔かつ小柄。

愛くるしい瞳を輝かせながら、リビングにいる全員に頭を下げる。

「いえ、数ある候補者の中から、私を選んでくれて、光栄です」

「実は、期待していたので、うれしくてなりません」


五月は、美幸に笑顔。

「事情は説明した通りで、いきなり急な話やけど、頼みます」

茜も、うれしそうな顔。

「良かったわ、美幸ちゃんなら、安心や」


麗は、名前を「ちゃん付け」で呼ぶのだから、茜と美幸の関係は相当親しいものと理解する。

しかし、麗にとっては、花園美幸は初対面としか思えないほどの雰囲気。

かつて、「見たことがあるような記憶」はこの時点で、きれいさっぱり消え去っている。

それに、「かつての身内の不始末」による急な転居と仕事の変更、ここはどうしても謝らなければならないと思った。


麗は、美幸に頭を下げた。

「初めまして、麗と申します」

「このたびは、大変なご迷惑をおかけいたします」


すると、意外なことが起こった。

花園美幸が、いきなり麗に笑い出した。

「初めましてやないよ、もう・・・」

「あのな、麗ちゃんやから、話を受けたんや」

「二つ返事や、当たり前や」

「あ・・・これからは麗様やけど」


麗は、すこぶる戸惑った。

「どこかで見たことがある」とかすかに思っていたけれど、まさか「麗ちゃん」とか「二つ返事」とまで言われるほどの思い出は残っていない。


花園美幸は、そんな戸惑い顔の麗を、興味深そうに見つめている。

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