第240話九条家に戻る。

執事三条の言った通りだった。

麗が直美と九条屋敷の玄関に入ると、全ての使用人が一糸乱れず、額づいている。

その額をあげての挨拶も、完全にユニゾン、乱れることがなく、明るく大きな声。

「麗様、ようこそ、お戻りで、心待ちにしておりました」


麗は、少し引き気味なくらいに驚く。

何しろ、前回とは全然対応が異なるのだから。

それでも、麗らしく、声をかける。

「ありがとうございます、日ごろのお働き感謝しています」

「今日から、葵祭まで、よろしくお願いします」


五月と茜も、笑顔で麗を出迎える。

五月

「さあ、早く、大旦那様のところへ」

「待ちきれんと言うとりました」


麗は、軽く頷き、五月と大旦那のいるリビングに向かう。


直美は、それを見送るしかない、言いようのない寂しさを感じる。

しかし、いつまでも、立ち止まっているわけにはいかない。

お世話係仲間に、一週間の状況を報告する必要がある。

そして、この時点で、麗とは当分、完全な別行動になる。



リビングに入った麗は、大旦那に挨拶。

「ただいま、戻りました」

「様々な、お気遣い、本当にありがとうございます」


大旦那は、笑顔。

「何や、他人行儀や、それ」

「わしは、麗のために、いろいろするのが楽しみなんや」


五月は、麗の顔を見て、ホッとしている。

「直美の効果が出たようやね」

「少し、顔色がよくなった」

茜は、我慢出来ずに麗の隣に、座る。

「いろいろ、忙しい一週間やったね」

「お疲れさん」


麗も、その忙しさは、確かに実感している。

お世話係の引っ越し、学生証の書き換え、九条財団の九段下事務所への顔見せ。

山本由紀子の吉祥寺の香苗の料亭でのお礼接待。

佐保と鎌倉香料店の取材、九条財団への勧誘。

そして、昨日は直美を連れて神保町を歩いた。


麗は大旦那に尋ねた。

「葵祭の打ち合わせとは、いかがに」

大旦那は、まだ笑顔。

「ああ、たいしたことはない、今年は寺社の知り合いに、麗を紹介するだけや」

「といっても、寺社の筆頭クラスやけど」

「いつもの通りの挨拶でかまわん」


少し落ち着いた麗は、大旦那に出かけたい旨を告げる。

「午後、時間があれば、隆さんのお見舞いに行きたいと思います」

「その前に楽器店で、持ち運びできるキーボードとヘッドフォンを買って」


大旦那は、深く頷く。

「そうやな、その約束やった」

「かまわん、わしも行く」

五月は目を細めた。

「やさしいなあ、麗ちゃん、隆さんも喜ぶ」

「ますます元気になるよ」

茜は麗の手を握った。

「なあ、うちも行きたい、ええやろ?」

「それとな、あれから隆さん、元気になっとるって連絡が香料店の晃さんからあった」

「毎日、看護師さんに麗ちゃんのピアノって話して、生きがいになっとるみたいや」


隆へのお見舞い話が決着したところで、大旦那が麗の顔をしっかりと見た。

「それでな、麗」


麗が頷くと大旦那は言葉を続けた。

「あの久我山のアパートではなく、高輪に家を買うた」

「そこに住むようにして欲しいんや」


麗は、いきなりの転居話で、当惑している。

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