第185話ベッドはダブルに変更となる。

麗は直美を受け止めながら懸命に考える。

「ここで何をするべきなのか」

「この人は何を望んでいるのか」

「茜姉さまは、女に恥をかかせるなと言っていたけれど」


麗は直美の背中に手を回した。

直美の身体がビクンと震える。

しかし、今ここで、それ以上の関係になるのは、気が引ける。

もしかして直美が「関係」を求めていたとしても、ためらう。

あまりにも性急としか考えられない。


直美は麗の胸に、顔を埋めた。

麗を抱く腕の力も強まる。

「ドキドキしてしまって・・・」

「朝から・・・おさまらないんです」

「新幹線でも・・・あの・・・」

「品川で、手を引いてもらってから、身体全体が落ち着かなくて」

「ふわふわと・・・」

直美の声はかすれて、途切れ途切れ。


麗は、直美の髪を撫でた。

「直美さん、落ち着くまで、このままで」

「直美さん、温かい」


直美は、身体を密着させる。

「おやさしい言葉を」

「ずっと、こうしていたい」


そんなお互いの手探りの状態が終わったのは、駐車場から聞こえてきたトラックの音、そして、チャイムだった。

インタフォン越しから声が聞こえてきた。

「麗様、お届け物になります」

「午後の予定でしたが、早く着きましたので」


直美が、ようやく麗から身体を離し、ドアを開けると九条財団のトラック。

麗としては「助かった」との思いの中、直美がキビキビと指示を出し、大量の荷物が運び込まれる。


直美が麗に説明をする。

「お世話係のワードローブ、化粧台、テーブルなどの家具、書類入れ、これは共有になります」

「それからパソコン、プリンターなども、共有」

「お部屋が3LDKなので、まだ余裕があるかと」

「それ以外には、当面の食料や調理器具」

「水も九条財団が手配をいたしまして、宅配の美味しい水に」


そこまでは、麗も納得できる範囲。

もともと、アパートは、ほとんど寝るだけの目的しかなかったので、1DKでも問題はなかった。

実際使っているのは、寝室とDK、風呂とトイレぐらいなので、常に2部屋は空いている状態。

その空き部屋に、お世話係が入ろうと、麗の生活には、ほとんど影響はない。


その麗の表情が変わったのは、麗の寝室にまで、業者が入っていき、ガタガタと音がし始めたこと。

直美が恥ずかしそうな顔。

「麗様、あの・・・大旦那様のご指示で、新品のダブルベッドに変更させていただきました」


困惑する麗の顔を、直美が泣きそうな顔で見つめる。

「あの・・・麗様・・・お嫌なら・・・私、ソファで寝ます」

「毛布も持って来ましたので、それで」


麗は、この時点で諦めた。

とても若い娘をソファで毛布に包ませて寝かせるわけにはいかない。

この直美も、今は自分のお世話係かもしれない。

しかし、九条家と縁が深く、実家に帰れば、お嬢様。

恥をかかせることは、それは無理があると思う。


「かまいません、ダブルベッドで、一緒に」

「多少、寝相が悪いかもしれません」


泣きそうだった直美の顔が、笑顔に変わった。

「はぁ・・・安心しました・・・」

「もう、これを言うのに、どれほどドキドキしたか」

「寝相なんて心配いりません、しがみつきますから」

直美は麗の手を、しっかりと握っている。

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