第122話九条様との面会(2)

麗は九条の大旦那と茜が久我山駅に到着する時間を見計らい、その10分前の午前10時20分に、改札口に立った。

そして通り行く人を見ながら、いろいろ考える。


「京都人から見れば、しかも九条家から見れば」

「実に下々の人間ばかり、世が世なら顔を見ることもない」

「それなのに、わざわざ京都を朝早く出て」

「品川から山手線、渋谷から井の頭線だと?」

「下民の流れを、あんな高貴な血筋のお方が歩く」

「それも、俺に対面で話すために?」

「実に考えられない」


麗がそんなことを考えていると、スマホに茜からのメッセージ。

「今、久我山駅に着きました」

麗は緊張しながら「改札口で待っています」との返信。


そのほぼ一分後、エスカレーターをのぼって、九条の大旦那と茜が改札口にその姿を見せた。

麗は、深く頭を下げる。


麗は本当に驚いた。

大旦那が京都のお屋敷で見る和服ではなかったこと。

上品な紺のベルベットのブレザーの上下に赤と紺のチェックのネクタイ。

髪の毛も、いつもの総髪ではない。

相当の白髪になっているけれど、実に上品に自然に流している。


また、茜も同じような濃紺のスーツを着ている。

その二人から、藤の花の香りが漂ってくる。


麗は再び、深く頭を下げた。

「遠路はるばる、お疲れ様でした」

大旦那は、京都で見るよりも増して、柔らかな笑顔。

「ありがとな、麗、迎えに出てくれて」

と、麗をしっかりと抱きしめる。


「ここから道がわからん」

「麗ちゃん、頼むわ」


茜に言われるまでもない。

麗は、再び頭を下げて、先立って歩き出す。

「道が狭いので、ご用心願います」

と、注意を促す。


大旦那は柔らかな声。

「ああ、心配ない」

「もの珍しゅうて面白い」


「それほどのお店はなく、住宅街って感じやな」

「落ち着いとる」


大旦那がポツリ。

「静かな環境が一番や」

「今の京都は、やかましゅうてならん」


麗は、おそらく観光客が増大の一途となった京都を言うのだと思う。

特に他国から来た観光客には、京都の守るべき情緒などには理解はない。

「旅の恥は掻き捨て」で、騒ぎたいだけ騒ぐ、汚したいだけ汚す。

自分たちが京都にいる時だけ、楽しめればいい。

自分たちが京都を後にすれば、「野となれ山となれ」でしかない。

酔って騒ぎ、街を汚し、由緒ある寺社には落書き放題。


そんなことを思いながら、数分歩いて、アパートに着いた。

麗はドアを開け、二人を招き入れる。

「たいへん、狭いアパートではありますが」


大旦那がドアを締めるなり、部屋を見回して、笑う。

「ほお・・・えらい、すっきりしとるな」

茜も笑う。

「聞いていた通りや、シンプルそのものや」


麗は実に恥ずかしいけれど、その通りなので反論のしようがない。

黙って、珈琲豆を挽き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る