第96話万葉集講師中西彰子と麗の関係が始まる。

麗は、「万葉集講座」講師の中西彰子に、頭を下げ、万葉集解釈本の紹介を願う。

「突然で申し訳ありません、沢田麗と申します」

「万葉集の全巻は持っていますが、先生の講義をお聴かせいただきまして、もう少し勉強を深めたく思いました」

「もし、お差し支えなければ、私程度の初心者でも、理解しうるような解釈本をご紹介いただければと思いまして」


すると中西彰子は、本当にうれしそうな顔。

講義そのものの、パリパリポンポンとした口調。

「あらーー!うれしい!」

「ふーん!君みたいな若い子が万葉集に興味?」

「そうかあー!よしよし!そうだねえ・・・」

「なんでも教えるけれど・・・」


麗は、とにかく解釈本の名前を知りたい。

そのため、中西彰子の顔をじっと見つめる。


中西彰子は、また笑う。

「もーー!若い男の子に見つめられると、照れちゃうよーー」

「おばさんをからかわないの!」

「そういう真面目な顔をしないで」


しかし麗は、笑いを忘れた人間。

そのまま、真面目な顔で本の名前を待つしかない。


中西彰子は、笑顔のまま、麗の肩とポンポンと叩く。

「それじゃあ、私の部屋においで」

「いろんな本があるしね、私が書いた本もある」


麗は、自分から願い出た以上、「行きません」とは言えない。

中西彰子の後をついて、彼女の研究室に入ることになった。


その研究室は、高橋麻央の古典文化研究室と、同じ形式。

違うのは、やはり万葉集関連の書籍が多いこと。

古事記、日本書紀、続日本紀、出雲国風土記等も散見される。


ソファに座って、中西彰子が淹れてくれた珈琲を飲んでいると、麗は尋ねられた。

「ねえ、麗君が持っているのは?」


麗は、素直に答えた。

「はい、岩波文庫の全集です」

中西彰子は、フムフムと頷く。

「まあ定番で基本で間違いはない」と言いながら、数冊の本を麗の前に置く。


「万葉を知る辞典」

「万葉集ハンドブック」

「古代の女性官僚」

「平城京に暮らす」


中西彰子は、簡単に説明をする。

「まずは当時の言葉の説明や、万葉集の歌人の説明やら」

「それから、歴史的な背景、実際の暮らしについての基礎知識」

「それがわからないと、本当の深い意味はわからない」


麗が頷いていると、中西彰子は真面目な顔になった。

「とにかく、いろんな解釈をする学者が多い」

「もともと、万葉がなで書かれていて、おそらく大伴家持か坂上郎女が編集する時点でも、意味不明な万葉がなになっていた歌もある」

「だから、今でも読み方がわからない歌がある」

「新古今ほどに、二重三重の意味を込めていないと言う学者もいるけれど、果たしてそうなのか、そうでない歌もあるのではないか」

「その意味で、実に深いものがあるのが、万葉集の世界なの」


麗は、少し頭を下げて、中西彰子に確認をする。

「まずは、お示しされた書籍などを参考に、基本的な知識を身につけること」

「それが出来て、本当の解釈が出来ると」


中西彰子は、笑顔に戻った。

「そうかな、初心者としては、それがいいと思うよ」

そして、今度は中西彰子が麗に質問。

「ところで麗君、麗君が好きな万葉の歌は?」


麗は、いきなりの中身の質問だったけれど、すぐにその歌が浮かんだ。

「人麻呂の・・・石見相聞歌の・・・『なびけこの山』が好きです」


中西彰子は、「ほぉ・・・」と面白そうな顔で、麗を見つめている。

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