第86話鎌倉小町通りでの再会(1)

北鎌倉の日向先生の家から小町通りまでの短い距離なので、少々道路が渋滞したけれど、すぐに着き最寄りの駐車場にも、スムーズに入れることが出来た。


麻央

「普通なら円覚寺とか明月院とかお寺巡りをするけれど、今日は時間もない、仕方がないね」

麗も納得。

「紫陽花の時期にでも」

佐保

「明月院の花菖蒲も好きだなあ」

そんな話をするけれど、三人とも、鶴岡八幡宮にもお参りはしない。

麻央

「とにかく人が多過ぎて、疲れる」

「そうですね。降りる階段も大変です」

佐保は少し笑う。

「麗君、体力ないの?」


麗は即答。

「はい、アウトドアは苦手です」

とにかく太陽の下で、派手に元気よく動き回るなど、自分にはありえないと思っている。

それもあって、部活は中学から高校まで、全く入ったことはない。

文化系の部活にも、人付き合いが苦手なので全く興味がなかった。


そんなことを考えていると、小町の雑踏が見えてきた。

麻央

「すごいねえ、通りが狭いこともあるけれど、通れるのかな」

「昔と店が違いますね、いわゆる鎌倉らしい店が減りました」

佐保

「そうね、軽井沢とか清里とか、みんな同じような感じ、真似しているみたい」

麻央

「鎌倉彫も面白いけれど、ごつい感じ」

麗は興味がないので、何も発言しない。

佐保

「鎌倉彫特集も、お年寄り向けかなあ、若者はよほど好きでないと買わない」


少し歩くと、日向先生から勧められた香料店が見えている。


麻央

「麗君、寄ってみる?」

「うーん・・・どちらでも・・・」

実は、全く気乗りはしないけれど、日向先生の顔を立てなければならないので、曖昧に返す。

佐保は入りたいようだ。

「沈香が欲しいかなあ、いかにも和風って感じの」


その佐保の意見により、麗は結局、香料店に入ることになった。


さて、麗は、「通りがかりの素人」を意識して、店内を観察するけれど、幸いだったのは店員が若い女性であったこと。

また、「いっらっしゃいませ」が関東のイントネーションだったこと。


「ふう、助かった」

「京都の店の商品もチラホラ」

「それでも、和風の香りだけではなく」

「強い香りも、あまり置いていない」

と、落ち着いている。


佐保は、言ったとおり沈香の線香を買っている。

低価格の一般向けの物になるけれど、簡単に使えるので悪いとは思わない。

麻央は、買う気がないので、すでに店を出て、通りを眺めている。

その麻央を見た麗が、同じように店から出ようとした時だった。


香料店の奥から、50代の上品な女性が顔を見せた。

そして、麗をじっと見ている。


麗は、また困惑した。

どうにも、その女性には見覚えがあるけれど、人違いであって欲しいと思う。

早く佐保が支払いを済ませないかと、それさえも焦る。

その佐保が支払いを終え、沈香をバッグにしまった時だった。


店の奥から出てきた50代の女性が、麗に声をかけた。

「あの・・・もしかして・・・麗・・・様ですか?」


麗にはどうにもならない、不安が現実となってしまったようだ。

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