第51話九条家大旦那の涙 麗は古書店主と話がはずむ

京都の一角に広大な敷地を占め、鬱蒼とした森や由緒ある日本庭園を備えた九条家のお屋敷では、大旦那と次女茜が向かい合っている。


大旦那は苦しそうな顔。

「あかんなあ・・・麗との面会の日を急がなければならんかもしれん」

茜は大旦那の思いを察する。

「隆さんのことですか」

「確かに、あの顔色では不安です」

大旦那

「今、死んでもおかしゅうない」

「まだ、25や・・・早すぎる」

「いや・・・まだ、お亡くなりになられたわけではなく」


大旦那は、嘆息する。

「どうにも短命ばかりや」

「私の長男の、お前の父の兼弘は40や、あれも癌」

茜も、下を向く。

「麗君だけでも、健康でいてもらえないと」

大旦那

「それだから吉祥寺の香苗には重々念を押しておいた」

「料理屋をやらせているんやから、大切な麗を餓えさせてはならんとな」


茜は、大旦那の顔を見た。

「ところで、結姉さまには、銀座行きをしっかりと言ったほうが?」


大旦那は首を横に振る。

「いらん、そもそも・・・長女とはいえ、この家にいてはならない身や」

「それがいるのは、体面だけや」


大旦那は、また苦しそうな顔になる。

「その恩を知らず、結は麗にあんなひどいことをして・・・母親の恵理まで、それに加担して麗を苛め」

「あのことで、麗がどれほど苦しんだのか・・・はかりしれん」


茜は、そっと大旦那の震える手を握る。

大旦那は、涙声。

「あの時、茜が麗を助け出さねば・・・麗も死んどった・・・」

大旦那の涙は、しばらく終わることはなかった。



麗は、神保町駅を出て、何も寄り道はしない。

そのまま、連絡があった古書店に向かう。


「まさか、山本由紀子さんのお父さんの古書店とは」

「血縁ではないから、学問を通じての御縁かなあ」

「血縁は、ドロドロして気持が悪い」

「こういう学問の縁のほうが、よほどあって楽しい」


そう思うので、古書店に入る際の挨拶も、いつもの麗では考えられないほどの大きな声。

「沢田麗と申します」

「注文の本を受け取りに来ました」


それ程広い古書店ではない。

すぐに店主が顔を出した。

「ああ、これはこれは、沢田君、わざわざありがとう」

最初に店を訪ねた時は仏頂面だったけれど、娘由紀子を通じてもの「お知り合い」になると、笑顔も浮かべている。

そして、その笑顔も実に人懐こい。


麗は、古書代金を払い、また頭を下げる。

「山本由紀子さんには、大変お世話になりました」

「ありがとうございます」


店主でもある、山本由紀子の実父は、ニコニコと笑う。

「いやいや、こういうのが御縁です」

娘由紀子の指示通り、インスタントではあるけれど、珈琲まで出してくれる。


麗がその珈琲に口をつけると、店主が尋ねる。

「古代ローマが好きなんですか?」


麗は、素直に頷く。

「はい、興味は尽きません」


店主は、少し考えて、また麗に言葉をかける。

「麗君の大学の先生でもいいけれど、面白い先生がいるんです、紹介したい」


いつもは眠そうな麗の目が、バッチリと開いている。

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