モールの指輪

如月芳美

第一章 メラ

第一話

 サヤが来なくなったのはいつからだっただろうか。あんなに毎日会っていたのに、来なくなったらさっぱりだ。あと何回会えるかわからないというのに。

 サヤは僕の知っている二人目の女の子。もちろんもっと大人の女の人ならここにだってたくさんいる。看護師さんとか研究員さんとか保育士さんとか。だけど、子供はヴェルとサヤしか知らない。

 僕とヴェルは同じ遺伝子を持つ姉弟だ。それはサヤのものとは違う。だけど僕とヴェルはサヤのお父さんの遺伝子を持ってる。

 僕たちは生まれた時から体が弱く、『いつ死ぬかわからない』と言われ続けてきた。だから死ぬこと自体は怖くない。それが当たり前なんだと思ってる。

 だけど、限られた生の時間は一秒だって無駄にはできないんだ。僕はその一秒をサヤと過ごしたいのだから。

 サヤは僕らと違って『いつ死ぬかわからない』なんてことはない。だからいつからか『学校』というところへ行くようになった。その頃からあまりここには来なくなってしまった。たまに来ても、少しお喋りしてすぐに帰ってしまった。学校へ行くようになると、いろいろ忙しいらしい。

 サヤが学校で勉強しているのには理由がある。お父さんと同じような研究者になって、僕たちのような『いつ死ぬかわからない』仲間を、サヤたちと同じように生きられる体にしてくれるんだって。

 それはとても嬉しい事なんだけど。でも僕は、明日死ぬかもしれないんだ。いや、今日かもしれない。サヤが研究者になるのを待ってはいられない。

 それよりは、ここでゆっくり話がしたい。生きているうちに。

 ヴェルは前にも増して元気でいられる時間が減って来た。僕は陽に当たると消耗が激しいし、ヴェルは逆に陽に当たらないと弱ってしまう。かと言って彼女は陽に当たりすぎても疲れてしまう。加減が難しくて、外で生きることは絶対に不可能だって言われてる。

 僕たちは一生この建物から出ることは叶わない。それはもうとっくに諦めたし、割り切れてる。

 ただ、僕の願いはサヤと同じ時間を過ごす事なんだ。それだけでいいんだ。

 そして、僕の願いは叶えられた。サヤに再会することができたんだ。

 

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