第7話 城内探検その4


 冒険者用品店は、主に三つに分けられる。

 武器屋と防具屋とアイテムショップだ。


「このモールでは、武器屋が二店舗と防具屋が二店舗、その他のアイテムを扱うショップが三店舗あります」

「ずいぶんと小分けされているんですね。なにか理由が?」

「販売規定もいろいろとあるらしいですけど、それよりは、大手チェーン店とセレクトショップをそれぞれ入れたかったから、みたいですね。……ああ、チェーン店はひとつの商店が全国に出店している同じ名前のお店で、セレクトショップは、個人店主が自分の『これいいな』で商品を集めたお店のことなんですけど」


 厳密には違うかもしれないけど、今の説明としてはそれでいいだろう。

 小難しい顔で聞いていたヴァルくんは、「思っていたよりも社会変化が激しいようですね」と小さく呟く。そういう内心をポロリと零す辺り、表面的に見えているより、実はもっと驚いているのかもしれない。


「チェーン店もいろいろ出てきましたけど、うちのは昔からある老舗ですよ。ほら、ここです。〈エイトの武器屋〉」


 長剣ロングソード戦斧バトルアックスが交差する、素朴ながらわかりやすい看板を掲げた〈エイトの武器屋〉は、百年前の勇者ユウタロウも愛用していたという超有名店だ。

 比較的お手頃価格で、初心者から中級冒険者まで、幅広く対応した各種武器を取り扱っている。


「〈エイト〉印は質が一定した量産品ですけど、セレクトショップのほうは、レアリティの高い武器がメインです。その分、お値段も危険度も高いので、中級以上の冒険者にしか販売していません。防具屋の二店舗も、そんな感じです」

「なるほど」


 ヴァルくんの手を引きながら、それぞれの店舗をぐるりと回る。

 すると〈エイトの武器屋〉では全体の様子を目で撫でるようにしていたヴァルくんが、セレクトショップに入った途端、ある一角へと一直線に向かっていった。


「え? ちょ、ちょっと、どうしたんですか?」


 戸惑いながらもついていくと、ヴァルくんはレジ横の壁を見上げて足を止めた。その壁には、見るからに尋常ではない武器が一揃い掛けられている。形ばかりは普通だが、なんと刀身が不思議な光をまとっているのだ。

 その光を凝視して、ヴァルくんが渋い顔を作る。


「これは……」

「おっ、その良さがわかるとは! 小さいのに見込みがあるね!」


 横から声をかけてきたのは、三十代くらいの豪快な女性だった。見た目には人間のようだけど、両目を完全に覆い隠す黒革の眼帯をしている。レジカウンターにいるところを見ると、どうやらここの店員さんらしい。

 彼女は、光る武器について上機嫌に教えてくれる。


「こいつらはね、この城の地下にある、とある霊泉で魔力を付与した魔力付与エンチャント武器なんだ! なんせここは魔王の城だったからね、陰気な魔力が強いんだけど! 多少扱いは難しいけど、こいつらに選ばれたなら、それはそれは強大な力を使えるようになるよ!」

「へえ……すごいんですね」

「すごいでしょ! でもまあ、きみが扱うにはちょっと大き過ぎるけどね!」


 あっはっは、と豪快に笑う店員さん。

 に、ヴァルくんがその目を、すうっと細めた。


「そのすごい、ぼくもみてみたいです。どうやっていくんですか?」

「うーん、行くのは難しいかな。いろんな意味で危険区域だから、一般開放されてないんだよね。実はわたしも、自分で行ったことはないしね」

「……そうですか。ざんねんです」


 しょんぼりした声でそう返すけれど、見下ろした横顔はむしろ満足げだ。

 店員さんと別れて次の店へ向かいながら、わたしは、そっと聞いてしまう。


「……もしかしてあの〈霊泉〉って、魔王城の秘密です?」

「そうだと言ったら、どうします?」

「別にどうもしないです」


 秘密めっちゃ暴かれてるうえに利用されてるじゃん、なんて追い打ちをかけるようなことを言ったりはしないです。観光ルート化していないだけ、たぶんマシなほうなんだろうし。


 その後も同じように適当な話をしながら、防具屋とアイテムショップ、簡易合成屋を回っていく。防具屋にも地下霊泉で魔力付与した防具が売られていたし、アイテムショップではまさかの霊泉水れいせんすい自体が売られていたけれど、もはやヴァルくんもなにも言わなかった。まあ、どれも一般客の手が出るような値段じゃなく、半分インテリアのような扱いになっていたからかもしれない。看板アイテムみたいな。


 合成屋を見終わった頃には、さすがのヴァルくんも疲労感が募っているようだった。顔色なんかは変わらないけど、口数が減ってるような、減ってないような。


「ちょっと、外で休憩しましょうか」


 そう促して、正面玄関から外に出る。

 そこに大きく広がっているのは、きれいに整えられた前庭広場だ。石畳の広場には常設の屋台がいくつも並び、植木の間にはベンチが置かれて、観光客だけでなく城下町住民の憩いの場にもなっている。

 屋台のひとつで飲み物を買って、木陰のベンチに腰を下ろす。


「城内案内も、そろそろ終盤戦って感じですけど、疲れましたか?」


 木苺ソーダを片手に聞くと、ヴァルくんは、ストローから口を放して深い息をつく。ちなみに彼のはブラッドオレンジの生ジュースだ。どっちも赤い。


「……そうですね。割合い、疲れました」

「おっと、まさかの素直さだ」

「北の館にいた間は、変化といっても、さほど感じるものではなかったですからね。本館の変わりようを見ていると……なんですかね、情報量の多さについていきかねる感覚です」


 わたしの軽口も咎めずに、ただ不快そうに眉を顰めるヴァルくん。

 そうだろうなあと思いながら木苺ソーダを飲んでいると、彼はベンチの背もたれに背を預けて、ぽかぽかと呑気な雲が浮かぶ空を見上げる。


「この庭も、ずいぶん明るくなったものです」

「ふん?」

「昔はそもそも、青空が見えるということがありませんでしたから。瘴気と暗雲が立ち込めて、風は荒れて雷もよく落ちた――城内は私の結界があったので、それは城外での話ですが」

「こっわいですね。さすが魔王城」

「ええ、そうですね。その恐ろしさも、魔物を統べるには有効だったのですよ。鬼人オーガ豚頭人オーク小鬼ゴブリンなどは、目に見える形の恐怖や畏怖に素直でしたから」

「ああ、集団内の雰囲気って大事ですよね」


 あの人だけには逆らえない、という相手が一人いたら、集団のまとまりは途端によくなる。しかも下手に逆らえば雷が落ちる(物理)となれば、むべなるかなというものだ。うちの副店長みたいな感じ。


「それがまあ……この青空に、初夏の日差し。おまけに豚頭人の団体ツアー客ですか。あの男が口先でなにを言おうとも、我が軍門にいた魔物一族など、迫害の憂き目に遭っているものと思っていましたが」

「あの男って……勇者のことですか?」


 この子がそういう言い方をする時は、だいたい、この城の魔王を討伐した勇者ユウタロウについて話す時だ。

 頷いたヴァルくんに「なんて言われたんですか?」と尋ねたけれど、それには答えず、赤いオレンジジュースを飲み込んだ。だからわたしは、少しだけ考えて、わたしが知っていることを話してみた。


「鬼人も豚頭人も小鬼も、今では、わたしたちのれっきとしたお隣さんですよ。確かに、歴史的に凶暴性が高い種族だと知られてはいますし、古い人たちは、まだその感覚が抜けてなかったりもしますけど」

「今の彼らに、凶暴性はないと?」

「種族全体として言い切ることはできませんけどね」


 個人でなく種族で凶暴性の有無を語るなら、人間だってさほど平穏な種族ではない。身体能力が低いから、エサ側に回りやすいだけで。


「えーっとなんだっけな……食糧生産が安定したおかげで飢えることがなくなって、生来の闘争本能は、スポーツの形で発散されるようになった、と。争う必要性がなくなって、それでもなお他種族に暴力を振るうのは、己の種族全体を貶める行為である……って学院で習うんですよ」

「学院で……ということは、魔物にも教育が施されていると?」


 驚愕の表情を見せるヴァルくんに、「もちろんです」とわたしは頷く。


「同じ世界に住むもの同士、みんな一緒です。今時、魔物なんてカテゴライズすること自体、褒められないことですよ」

「…………信じられませんね」


 虚脱し切ったように背もたれにもたれ、ヴァルくんが呟く。


「……そんな世の中が、本当に訪れるなんて」


 木苺ソーダを飲み干して、わたしも呟く。


「百年の月日は、長いですね」


 長すぎて、わたしにはよくわからないけれど、隣に座った妙な子どもと話をしていると、なんとなく身に迫るような気持ちになってくる。


 しばらくの間、わたしたちはベンチに座って、多種族溢れる前庭広場のにぎわいを、黙って眺め続けていた。




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