三章 巫子えらびと消えた死体 2—3


龍臣は最後通牒をつきつけたのち、茜と石段をおりていった。墓地のようすを見にいくのだろう。


威は誰にともなく、文句を吐く。


「村のおきてを犯したら——って、そのおきてを教えてくれないから、自力で調べてるんじゃないか」


そして、とつぜん、石段をかけあがっていった。


「待って。威さん。どこ行くかね?」


「今のうちに、社のなかをしらべるんだ。吾郷さんの荷物に手がかりが残ってるかもしれない」


そういえば、吾郷はカバンを持っていたような気がする。魚波から落雁(らくがん)をとりあげたときも、たしか、カバンに入れていた。


威が走るあとを、魚波も、だまって、ついていく。


どうせ、止めても聞いてくれない。


威は石段をのぼりきると、さっきの雨戸から社の内に侵入した。


「それにしても、変わった社だなあ。なんで、ご神体がないんだ?」


祭壇の奥に、一段高くなった、床の間みたいな場所がある。その前には御簾(みす)がかけられ、あきらかに神棚のていだ。


しかし、そこには何も祀られていない。


とうぜんだ。この村のご神体は、自分の意思で移動するのだから。神だなは形式上だ。


「威さん。そぎゃんことより、これが吾郷のカバンだわ」


魚波は威の興味を吾郷の荷物に、もどした。


うなずいて、威はカバンをしらべる。


なかには数枚の衣類と、ほぼカラの財布。


炒り米が少々。


紙巻きタバコ。


あとは川上家から持ちだしたのだろう。


魚波も見覚えのある学習ノートだ。


銃やナイフのたぐいはなかった。


ヒゲそり用のカミソリ一本ない。


「やっぱり、吾郷のしわざじゃなかっただね」


あれだけの凶行だ。


早乙女にいたっては首が切断されていた。


凶器は日本刀か、そうでなくても、そうとう大ぶりのナタのような刃物でなくてはならない。


どこかに捨てた可能性もないではない。が、逃走中の殺人犯が、大事な武器を手放すだろうか?


「そうだな。この村の連中は、何かというと、すぐに銃を持ちだす。それを知ってるなら、護身道具をすてはしないだろう。最初から持ってないと見たほうがいい」と、威も言う。


そうか。早乙女を殺したのは吾郷ではなかった。


それなら、早乙女が死んだのは自分のせいじゃない。自分が吾郷の手紙を渡したせいでは。自分は殺人犯の共犯にならずにすんだ。


そう思うと、肩がかるくなった。


だからといって、魚波のなかで、吾郷の罪が、かるくなるわけではない。


あんな男、殺されて当然だーー


心のなかで、そう思う自分がいる。


少しのあいだ、魚波は、ぼんやりしていた。


我に返ると、威は熱心に学習帳をのぞきこんでいた。


「魚波。どっかに、かいちゅう電灯、あったよな?」


「茜さんが持っちょっただないか?」


「探してみよう」


さっき帰っていくとき、茜は、かいちゅう電灯を持ってなかった。まだ社のどこかにあるはずだ。最初に縁の下から入ってきた。あの周辺かもしれない。


そう考えて、ぬけ穴の底をのぞいていたときだ。


どこかで人のさわぐ声が聞こえる。


威は帳面をふところにねじこんで、外に出ていく。


もちろん、魚波も追った。


竹子が魚波を威の子分というのも、もっともだ。まったく、われながら、カルガモのヒナのようだ。哀れをもよおすほど、とにかく、威のあとを追いかけている。


さわぎ声は石段の下から聞こえてくる。


またもや、かけおりていくと、龍臣たちがいた。戸板を持った下男二人が、龍臣のまわりで、うろたえている。


「わやつが来たときには、ああませんでした」


「ほかの誰かが動かしたのか?」


「さあ。わやつには、わかあません」


何をもめているのだろう。


近づいていくと、思いがけない言葉が耳に入る。


「じゃあ何か? 死体が一人で勝手に歩いていったとでも? そんなわけないだろう」


見れば、石段から吾郷の死体が消えている。


おどろいて、魚波は声をかけた。


「龍臣さん。こう(これ)は、なんでですか?」


「おまえら、まだいたのか」


魚波と威を見て、龍臣は顔をしかめる。


「どうしたもこうしたも、見てのとおりだよ。死体が消えてしまった」


たしかに、きれいさっぱり、消えている。


しかし、石段の上には、どす黒く血がこぼれている。死体は、たしかに、さっきまで、そこにあった。


「まさか、おまえらが動かしたんじゃないだろうな?」


威が首をふる。


「そんなことしても、なんの意味もないじゃないか。おれたちは、吾郷さんの所持品を検査してただけだ。怪しいものは何もなかった。衣類や食料品が少しあるだけだったよ」


なにくわぬ顔で、社を指さす。


ノートのことは、当面、ひとりじめしておくつもりのようだ。ちゃっかりしている。


龍臣は嘆息した。


「わかった。もう帰っていいよ。あとのことは、おれたちが、なんとかしとく。だが、おまえたち、今夜のことは、誰にも言うんじゃないぞ。とくに、威。わかってるんだろうな?」


「もちろん。約束する。あんたも魚波も、もっと、おれを信用してほしいな」


威は、おとなしく、ひきさがったーーかに見えた。


しかし、おとなしかったのは石段の下までだ。


龍臣たちから姿が見えなくなると、まっすぐ東へ走りだす。まるで、小学校の運動会で、父兄リレーの最終走者が、僅差でトップ争いしているかのような勢いで。


魚波の足でも、ちょっと追いつけない。


「たけるさん。待って……」


ふうふう言いながら、ようやく追いつく。


そのときには、すでに墓地まで来ていた。


威は、ほられたばかりの墓穴のふちに立っている。


早乙女の墓。


早乙女が眠っているはずの棺おけが、穴の底にある。


しかし、これには、魚波もおどろいた。


白木のひつぎのなかには、ころり。


早乙女の首がひとつ、ころがっているばかり……。

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