第10話 新たなる贄

「でも香苗、この中にいないのが誰か解るの?」


 全員の死体を海岸から別荘に運び終わったところで、クラスメイトの一人が赤澤に聞いた。それは確かに、私も気になっていたところだった。

 何しろ死体の顔は、一人残らず生前の面影なんて微塵もない有り様だ。全員で籠城という選択肢を取らせない為に死体を利用するのを思い付いたのは青柳達を全員殺した後だったから、顔をぐちゃぐちゃにしたのは失敗だったと後悔したものだ。


「解るよ。昨日皆が着てた服は、全部覚えてる。いないのは……知世ちゃんだよ」


 けれど赤澤は事も無げに、そう正解を言い当てた、そう。私がまどかに隠すよう指示したのは、確かに青柳の死体だった。


「よく覚えてるね、香苗……」

「このクラスの皆は、全員私の大切な友達だもの。友達の事は忘れないよ」


 ――どうせそこに、「黒井さん以外は」とでも付くんでしょ? 誇らしげに言う赤澤に、思わずそう言ってやりたくなった。

 けど、ここで赤澤に喧嘩を売ったって何にもなりはしない。だから私は黙って、これから皆がどうするのか決めるのを待った。


「知世ちゃんを探しに行くプランだけど、まず全員での行動は一番安全ではあるけど止めた方がいいと思う。人数が多すぎるとそれだけ行動が制限されるし、モタモタしてる間に知世ちゃんまで殺されたら意味がないもの」

「じゃあ手分けするの?」

「一刻も早く知世ちゃんを探し出すには、それがベストだと思う。六人から七人ぐらいで班を作って分かれるのが一番いいんじゃないかな?」


 いつものように赤澤を中心に、計画を組み立てていく皆。それを見ていると、赤澤という人間の影響力は絶大なのだと改めて感じる。

 このクラスが何かに取り組む時、その中心にはいつも赤澤がいた。先頭に立って皆を鼓舞し、クラスを纏め上げてきた。

 あの子についていけば、きっと大丈夫。赤澤には、人にそう思わせる何かがあった。

 だから、あの時、同意してしまったんだ。生贄制度なんてものに。自分さえ生贄に選ばれなければ、大丈夫だからと。


 このクラスの大半に、私ならいじめてもいいと思われてたなんて知りもしないで。


「で、でも……」

「……香苗の意見に賛成。私もそれが一番効率的だと思う」


 私が過去を思い返していると、不安げに反論しようとする他のクラスメイトの声を遮るそんな声が聞こえた。私は思考を中断し、声のした方を見る。

 それは、切れ長の瞳が特徴的なおかっぱ頭の女子。青柳と同じく眼鏡をかけているけど、青柳のそれがどこか野暮ったい印象を与えるのに対し彼女のそれは知的な印象を与える。

 ――緑川みどりかわ綾子あやこ。私の中で、また昏い感情が暴れ始めたのが解った。

 こいつは赤澤が生贄制度を提案した時、真っ先に賛成の意を示した女だ。その提案は実に合理的だと言って。

 クラス一の秀才である緑川が太鼓判を押した事が、賛成するべきか迷っていた層を一気に賛成に傾けた部分はあったと思う。いわば生贄制度の、影の功労者だ。


「後はこの別荘にも、誰か残しておくべきね。もし殺人鬼がここに現れて発電機を壊しでもしたら、私達、灯りも何もないまま一晩を過ごさなきゃいけなくなるわ」


 続けられた緑川の意見に、辺りは一斉に沈黙する。意見に反対だからじゃない。こいつらは今、改めて実感したのだ。

 殺人鬼。映画や漫画の中にしか出てこないようなソレ・・が、今自分達のいるこの島に存在するという事実を。


「確かにそうだね。他に意見はある?」


 ただ一人、赤澤だけがそう冷静に意見を募る。皆は無言で顔を見合わせたけど、特に別のアイデアが浮かぶ訳でもないようだった。


「じゃあ決まり。後は班分けだけど……」

「くじ引きでいいと思う。私、ノートとカラーペン持ってるから取ってくる」

「お願いね、綾子ちゃん」


 一人立ち上がり部屋に向かう緑川を、見送る赤澤と他のクラスメイト達。と、赤澤が不意に私の方を振り向いた。


「そうそう、黒井さんはくじ引かなくていいよ」

「え?」

「黒井さんには、特別にやってもらいたい事があるから」


 そう言った赤澤は、いつものように柔らかい微笑みを浮かべていた。



「それじゃ、行ってくるね。戸締まりはしっかりね」

「ええ。皆も気を付けて」


 数分後。二班六人ずつに分かれた捜索隊が、別荘を出発した。

 赤澤の班は島の東半分を。もう一つの班は島の西半分を、それぞれ捜索する事になった。

 緑川を含めた残りの六人は待機班。全員の手には、別荘中から掻き集めた武器が握られている。

 そして私は――。


「じゃあ黒井さん、見張りよろしく」


 二班の姿が見えなくなると、緑川達はそう言って別荘の中に戻り、扉に鍵をかけた。後にはただ、私一人だけが残される。

 私の役割。それは殺人鬼がやって来たら、待機班にそれを知らせる事。

 皆を守る重要な役割と赤澤は言ったが、その本音は解っている。私は囮だ。待機班の生存率を、少しでも上げる為の。

 私が一人で外を彷徨うろついているのを見れば、普通はまず私を殺しにかかる。そして私が殺されている間に、待機班は戦うなり逃げるなりの対策を練る事が出来る。

 自分達が助かる為には、生贄の私なんて犠牲になってもいいと思っている。いかにもあいつらが考えそうな事だった。

 けど、あいつらの思い通りには決してならない。何故なら、今のこの状況こそが――。


 ――私が、最も理想とした形なのだから。


「いた、陽子ちゃん」


 不意に別荘の左側から聞こえた、囁くようなそんな声。私がそっちに向かうと――そこには赤いセーラー服の美少女、まどかがいた。


「まどか、誰にも見つからなかった?」

「うん。陽子ちゃんは凄いね、全部陽子ちゃんの言った通りになってる」


 私の問いに、まどかははしゃいだように頷く。今のところ順調な計画に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 あいつらが私を一番危険な位置に置くだろう事は、とっくに予想が付いていた。それが、あいつらの一番の生命線である発電機の防衛に当てられるだろう事も。

 だから私は、ここを次なる殺戮の舞台に設定した。赤澤の次に厄介な緑川が残ってくれた事も、幸運と言う他ない。


 次の復讐の標的ターゲットは――緑川、お前だ。


「用意はいい、まどか?」

「うん、いつでもいけるよ。今日も頑張ろうね!」


 私とまどかは顔を見合わせた後、閉ざされた玄関の扉へと視線を移した。

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