ホワイト仙女vsブラック企業社畜彼氏
「うわ~、このタピオカミルクティー、飲みてぇ……」
ここは仙界。仙女たちが集まって、カスミを食っちゃ寝してるホワイティな世界なんだけど……
「やっぱりカスミばかりだと飽きちゃうし……」
カスミは仙界に湧いている、仙女たちの食料。栄養満点で、カスミを食うだけで生きていけます。
でも、無味無臭で何の食いごたえもない……
そんな中、ミーハーな仙女が寝転がりながらスマホで下界のグルメ情報を見ていました。
「そうだ、そろそろ仙女長さまに頼んでみよう!」
普段の動きからは想像もつかない素早さで、仙女長のところへ行く香澄。
仙女長は言いました。
「また下界に行きたいのですか?」
「そうなんですよ、これ見てください、タピオカって言うんですけど~」
話を聞いている仙女長は、うっすら笑った表情で香澄の話を聞いていますが、鼓膜で聞いているだけで脳みそには届いていません。
「ってわけでぇ~、下界で修業も兼ねてタピオカチャレンジしたいなって思ってるんですよねぇ~」
「う~ん、そうですか」
「もちろん、戻ってきたら仙女長さまにもお土産持ってきますから~」
「だったらOK!」
仙女長さまは「お土産」という単語の瞬間だけ脳みそが覚醒したようです。
睡蓮の花がなぜか常に咲き誇る仙界。ここにいる巨大クモじいのケツからひりだされる糸を伝って、香澄は意気揚々と下界へ降り立って行くのでした。
(あぁ~、会社辞めてぇぇぇええええ……)
心の中で絶叫をとどろかせながら、その男は街中でチラシを配っていた。
「マンション3LDK3600万円~~!! 絶賛分譲中!!」
(こんなもん、そうそう簡単に売れるわけねねぇぇぇぇええええ)
当たり前である。
そんな高価なものを簡単にサクッと買えるなんて富裕層だけだし、富裕層はこんな中途半端なマンション買わないので、要するに「誰にも売れないマンション」というわけだった。
もちろん、実際に住む人は買うだろう。
人間には住居は必須だ。でもそんなピンポイントな需要なんて、それこそ 僅か。
そんなわずかな需要を狙うのなんて、針に糸を通すようなもの。
その宿命に働き出して2年もたたないうちにうんざりしてきたっていうだけの話なのである。
(マジで誰も買わねぇぇぇえええええええ)
買うわけないのである。
会社は「売上一兆円!」の目標を掲げてなんだが盛り上がっているが、従業員からしたら「それ達成したら何なの?」という感想でしかない。
他人の事業にそこまで熱心になれねえっつうの。
でも自分で事業やれるかというと、当然そんなことができるなら起業でもしてるわ、って話で、結局は今の会社にしがみつくしかねえのか……という絶望と諦観が入り混じった感情で終わるという、いつもの「社畜的思想」に落ち着くのであるが。
彼がそんな気持ちであてどもなくカモを探して歩いていると、なんと人が倒れているではないか。
それもよく見ると女の子のようだ。
近づいてみると、けっこうかわいい。
しかも今時珍しい、着物のような服を着ている。
着物自体が薄い上に、羽織っているだけなのもあって、胸のB地区も見えそうになっている。
(しかもけっこうデカいぞ……!)
社畜的思考は吹っ飛んで、キンタマ的思考がその男の脳みそを一瞬で支配したのは言うまでもないことである。
しかし、ここでこの男を見下すのは止めて欲しい。
人間は欲望でしか動かないし、そういった欲望が人間を生存させてきたのも事実。
生物的には正しい欲望であろう。
男が何となく値踏みしていると、女の方が
「う~~ん……」
と意識を取り戻した。
香澄ちゃんは着地に失敗して、アスファルトに激突したショックで、しばらく伸びていました。
仙女なので、その程度で重傷を負うようなことはないが、やはり衝撃はきつかったのでしょう。
目を開けると、そこには若い男がいます。
「大丈夫ですか?!」
男が駆け寄って様子を見ます。
「ええ、まあまあ大丈夫です」
香澄ちゃんは男を見ると、即座に値踏みしました。
まあまあイケメンな部類だけど、なんかもう一押し欲しいな……
それはそうと、しばらくはこの男は利用できそうですね。
胸に視線が釘付け過ぎて、狙いがバレバレです。
また、男の方も幸いでした。
何せ倒れている人がいるのだから、まずは人助けが優先。会社の業務から一時的に開放されます。
要するに、なんだかんだで香澄ちゃんは男の家に転がり込むことに成功。
これで住居と食事、ゲットだぜ!
しばらくは転がり込んでいた香澄ちゃん。
まずはタピオカの資金を得ようとするも、男には金がありませんでした。
「とりあえず家売らないとやばいんで……」
基本給はこのインフレしてるご時世に18万円程度。あとは家を売った時に入ってくる歩合給で稼げということのようです。
なんでもプライス上場企業ということですが、底辺ソルジャー社畜はその程度の待遇ということで、香澄ちゃんでも涙を禁じ得ないです。
さらに香澄ちゃんも、さすがに仙界用の着物だけでは心もとないので、とりあえずユニシロで服を一式そろえたり、ついでにマクドでご飯を食べたり、ついでにアクセも買ったり、ついでにゲーセンでUFOキャッチャーとコインゲームをしたり、ついでに晩御飯も食べたくなってきたのでワンワンタンの焼肉食べ放題で死ぬほど食ったりしたら、男の給料をあっという間に使い果たしたのも大きかったというかほとんど香澄ちゃんがカスミ食うみたいに使っちゃったので、さあ大変。もちろん、いつの間にかなし崩し的に男とは彼氏になっていた香澄ちゃんである。
さて、さすがに18万で2人が生きていくのは辛い……
香澄ちゃんも生活していくために、金が欲しい。
でも、労働はかったるい。
なのでFXとかいう簡単に稼げそうな手段があるみたいなのを、どことなく察知すると、さっそく口座を開いてなけなしのお金を入金。
FX香澄ちゃん、スタート!
最初はビギナーズラックで小銭稼ぎができた香澄ちゃん。
しかし、ある日トラップ大統領の発言でドル円が急落。
思いっきりドル買いしてた香澄ちゃんは、今までの利益を簡単に吐き出してしまうような大損失をたたき出してしまいます。
彼にはなかなか言えない……
まさか彼氏が一生懸命働いて稼いだお金を、こんなクソみたいなFXで溶かしたなんて……
幸い借金まではいかなかったものの、溶けた資金はどうにかして調達しないといけません。
「取り戻そう……」
画面にそう向かって、誰ともなくつぶやく香澄ちゃん……
結局はこういう「取り戻す」って思考法こそが、完全に沼……ッ!!
破滅への入り口……ッ!
相場のざわつきにぐにゃぁぁあああああ!!と飲み込まれ、さらに失う金……っ! 金……っ! 金……!
「……終わった……」
香澄ちゃんは、彼氏に相談することにしました。
「ごめん、資金……」
次の言葉が出ませんでした。代わりに涙が出てきました。
彼氏はそこまで聞くと、もう大体のことを察しました。そっと香澄の肩に手を置くと、
「お金はまたどうにでもなるよ。俺は香澄が頑張ってくれただけでうれしいよ」
涙の向こうに見える彼氏の顔は、最高のイケメンに見えました。
さて、とはいえ、実際にお金がないとどうしようもないのも事実。
実際に時間が経つと、労働ってかったるいよね、という感想しか出ない香澄ちゃん。
そもそも面接どうするのって感じだし……
仙界から降りてきたので、経歴も特にないし、当然資格も何もあったものではありません。
だいたい、この時世に時給1100円そこらで働くなど、アホらしいの極みです。
「それなら今度はこの株っていうのでもやるか」
本屋でお金関連のコーナーを見ていて思った香澄ちゃん。
まずは『億万長者への道! バーレン・ウォレットの投資法の全て』という本を手に取り、読み始めるも……
「ああ、これなんか違う……」
じっくりと投資しようにも、そもそもそれに回すお金がありません。
株価の上昇をじっくり何年も待ってられません。
困った困った香澄ちゃん……
そこに急に差し込む光の柱が!
室内なのに見えるということは、仙界から仙女長が送ってくれたのでしょう。
一人の外国人っぽいお爺さんが、輝かしい後光と共に降臨してきました。
「どうも、オイラはマーリー・チャンガー。よろしくな」
完璧な日本語です。言語設定を日本語に設定して降臨させてくれたのでしょう。
「お前、投資で悩んでるんだって?」
「はい、そうなんです……」
「投資なんてクソだ」
「……え?!」
いきなり何を言い出すのでしょうか。
「いいか、お前みたいな貧乏人が一気に成功したいわけだ。楽して大金掴みたいわけだ」
「……まあそうですけど……」
「じゃあ、お前がやらないといけないのは投機かトレードだな」
「え?! そうなんですか?!」
「お前の持ってる本、それ、俺の同僚だったやつの本だろ」
確かに、バーレン・ウォレットの唯一の相棒、それが目の前に降臨しているマーリーでした。
「そいつも最初の方はそんな投資なんかしてねえよ。投機とかトレードとか繰り返してお金増やしまくってた。それがひと段落して、資金が大きくなってからは、そんな大きな資金でギャンブルみたいな投機なんてできねえだろ。だからそこで投資に移行して、ある程度の安全を確保して利回りを取っていくわけ。アンタ、まずそのまとまった金がねえだろ」
「………ええ……」
完全に論破された香澄ちゃん。
「じゃあ、こういう本の方がいいんですね」
香澄ちゃんが取り出したのは、『誰でもできる! 株式デイトレード! とびっきりのチャート術!』でした。
「まあ、そういうことだな。でもねぇ……」
「でもぉ……?」
「それでも種銭がないだろ?」
「たしかに……」
「じゃあ、アンタがやるべきはこれだよ」
マーリーがどこからともなく取り出したのは、『キャバ嬢の会話術! これで黄金を引っ張ってくる!』というものでした。
「こんなの、水商売じゃないですか」
「バーレンの野郎も最初は新聞配達して稼いだ金で株買ってんだぜ! 幸い、アンタは売るものがある。女を売れるじゃねえか。新聞より高く売れるだろ」
「うぐっ……」
香澄ちゃんは、押し黙ってしまいます。
彼氏の顔が脳裏に浮かびました。
でも……
「彼氏の給料じゃ、もう生活だけで精一杯だろ? じゃあ、種銭だけでも稼ぐしかねえよな。その覚悟がなければ、金持ちにはなれねえ」
さすが、大金持ちで大成功した投資家のマーリーです。言うことが正論過ぎて、香澄ちゃんは何も言い返せませんでした。
「本買うお金ない……」
「下らねえな、だったらここで立ち読みしちゃえばいいだけだろ。どうせ大した内容じゃねえ」
だったらいいか、と思った香澄ちゃん。
その場で『キャバ嬢会話術』を読み始めます……
ちなみに、店員からはマーリーの姿が見えないので、香澄ちゃんが何もいない空間に向かって話しているように見えていました。
「こいつやばいな……」
しかも何やら怪しげな本を立ち読みしています。
やがて香澄ちゃんが立ち去った時、店員はようやくホッとしました。
そうして時給3000円くらいあるキャバ嬢に華麗に転身した香澄ちゃんは、さっそく会話術を生かして稼ぎ始めます。
本で言っていることは簡単です。
「マジで!?」「すっごーーい!」「キャーーーーーー!!!!」
この3つを適当に織り交ぜて、常に笑顔を振りまく、ということでした。
その通りやっていると、最終的にドンペリを飲めました。
もう、この頃にはタピオカミルクティーのことなど忘れています。
さて、やがて香澄ちゃんにオファーが来ました。
「芸能人をもてなすパーティーするから、ぜひ来てほしい。謝礼は出すんで」
謝礼は一晩で数百万円。
もちろん、金額だけなら魅力的です。
しかし、どういうパーティか内容を聞いてみると、お茶を濁すような返事でした。
香澄ちゃんは悩みます。
それだけあれば、種銭は確保できます。
まあ、キャバ嬢の給料でもけっこう稼げていたのですが、結局はストレスで使い込んであまり残らなかったのです。
どうにかしないといけない、と思いつつも、どうにもできませんでした。
人間の欲望だけは、どうにもできないものです。
「どうするんだい?」
いつの間にか、テーブルの向こう側にマーリーが座っていました。
ちゃっかりドンペリを飲んでいます。
「う~ん……」
「チャンスはチャンスだよな。ただこういう高額報酬ってリスクもありそうだな」
「う~ん……」
「やらないかは、アンタ次第だが」
「う~ん……」
「いきなりこんなこと言うと悩むよね」
エージェントらしきオッサンがいいます。
「もちろん、即答でなくてもいいよ。でも好条件だから、すぐに埋まっちゃうかも。参加するなら早く連絡してね。香澄ちゃん、かわいいからきっと気に入ってもらえるよ」
名刺をもらいました。
「……」
マーリーは、その時にはもう飲み終わったのか、消えていました。
香澄ちゃんは営業スマイルのまま、この怪しげなオファーについて考えていました。
香澄ちゃんは、芸能人のパーティーに参加することにしました。
一応は練習がてら、FXやら株のトレードやらしていましたが、少額での損得の繰り返しで、ほとんど増減はしていません。とりあえず、金持ちになれる可能性は感じませんでした。
「やはり、種銭が必要か……」
パーティー一晩で、300万円稼げます。
一気に使えるお金が増える……
さらに倍くらいにできれば、一気に600万円。
もう一回、倍にすれば1200万円。
1000万円の大台突破。そこからなら、1.5倍にするだけで1800万円……
タピオカミルクティーを死ぬほど飲めます。
いや、もはやタピオカなどどうでもいいです。田舎なら家一軒建つくらいでしょうか。
もちろん、もっと増やすつもりです。
「億の資産も、最初は100万円から……」
億に到達したら、彼氏とスローライフでも送りたいな……
それが彼氏にできる恩返しにもなるし……
香澄ちゃんは、キャバ嬢の給料で買った最新型ナイフォン・17・プロマックス・レボリューション・ニュージェネレーションを取り出すと、エージェントに返事をしました。
都内某所にて――
エージェントと待ち合わせ場所にて集合。
「あれ、ほかの女の子は……?」
「いや、ごめん、どうもこれなくなっちゃってさ」
「え、でも私一人じゃ、ちょっと……」
「大丈夫、中本君、すごい気に入ってくれたから、楽しみにしてるって!」
「……」
「中本君があんなにうれしそうにするの、久々に見たよ。きっと好みのタイプだったんだろうね」
「あの、中本っていうのは、ひょっとして……」
「ああ、言ってなかったね、スモップの中本君だよ」
何ということでしょう。
あのスモップの中本君ではありませんか。
しかも気に入ってくれているのです。
このまま彼氏を取り換えるのもいいかも、とさっそく心の中で打算を始める香澄ちゃん。
まあ、適当に手切れ金でも渡しとけばいいか。今までありがとうって感じで。
せっかく人間界に来たんだから、味わえるだけの贅沢を味わいたい……
そんな期待に胸膨らませながら、都内某所の高級タワーマンションに上がっていきます。
高級なエントランス。
行き先は、もちろん最上階です。
しかも、直通専用エレベーターが用意されているではないですか。
エレベーターで上層階へ上がっていくごとに、香澄ちゃんの心も舞い上がっていきます。
物理的な上昇が、魂の上昇のように感じました。
「よぉ」
エレベーターの中に、マーリーがいるではないですか。
「見送りに来たぜ、まあエレベーターまでだけどな」
香澄ちゃんは何となく安堵しました。
「これこれ、そろそろだぜ」
エレベーターの周囲の壁が、透明な素材に変化しました。
町がまるで夜空のように見えます。
「ほら、来たぜ。綺麗だよな」
マーリーも満足しています。
香澄ちゃんも、これからこの星々を手にするような、そんな高揚感に包まれました。
やがてエレベーターは最上階へ到達、ゆっくりと扉が開きます。
「じゃ、オイラはここまでなんで、あとは頑張れよ」
手を振るマーリーを残して、扉が閉まります。
エージェントに連れられて、部屋の前に来ます。
「ちゃわーー! 中本っすーーーー!」
テレビで見た感じのままです。
「うわーーー! 実物の方が可愛いじゃん! どうも、今晩はよろしっくっす!」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします……!」
「あ、ちょっと緊張してるね。リラックスして、楽しんでね!」
「あ、はい……!」
エージェントと一緒に部屋に入ってく香澄ちゃん。
「まあまあ、まずは食っちゃってよ。話きこか」
机の上には、すでに高級生ハムとメロンが並んでいます。
香澄ちゃんはテンションが上がりました。
こんな生活してぇ……
絶対に投機で勝つ、いや、勝ちたい……!
そういう気持ちがムラムラと湧いてきますが、今は芸能人のおもてなしです。
ここで稼いで、一気に種銭を得ないと……
「カスミン、最近どうなの?」
中本君の話は、けっこう適当な世間話でした。
「そっか、カレシいるんだ!」
「やっぱり大変なんだね」
「アハハハハ! それウケル!」
適当に話が進んでいきます。
机の上の食品も少なくなっていきます。
香澄ちゃんは話に集中しようと思いましたが、あまりに生ハムメロンが美味しすぎたので、ついつい手が伸びてしまいます。
「そろそろシャンパンも開けちゃおっか」
中本君の一言で、エージェントがシャンパンを開けます。
香澄ちゃんは、飲んだこともない高級シャンパンにゾクゾクしてきました。
しかし、ここから香澄ちゃんはシャンパンではなく、苦渋を舐めることになります。
急に中本君が立ち上がり、叫ぶように言いました。
「じゃあ、俺の社会の窓も全部開けちゃいま~~~~~す!!!!!!」
中本君は、社会の窓を開けるどころか取りはずして投げ捨て、下半身全裸になりました。
すでにそこには怒張したフランクフルトがありました。
「僕の自慢の息子、真珠入りで~~~~~す!!!!!」
エージェントがそれにシャンパンをかけます。中本君のフランクフルトが、シャンパン色に輝きます。
まるで黄金のフランクフルトでした。
多分、この世で最も醜い黄金でしょう。
「このシャワシャワ感、たまんね~~~~~!!!!!」
香澄ちゃんは次にどうなるのか、だいたいの想像がつきましたが、あまりに想像したくないことなので、脳細胞が自動的にその想像を否定していましたが、それが無駄な否定であることは脳みその一番奥の部分で直感的に理解していました。
中本君はフランクフルトを香澄ちゃんの口の中に無理やり突っ込んできました。
「シャンパン、味わってね!」
「これすげえ高級なシャンパンだから、マジで!」
中本君の声が、実際よりも遠くに感じます。
香澄ちゃんの気道が、中本フランクフルトで完全にふさがってしまっています。
シャンパンの味なんて知覚する余裕すらありませんでした。
体の方は、フランクフルトを拒絶するために、さっき食べた物を吐き出そうとします。
息ができない苦しさと、胃から込み上げてくる原価数万円のゲロが逆流してきて、フランクフルトにぶっかかります。
「やっぱかわいい女の子のゲロって最高だわ!」
かすれゆく意識の中で、服を汚さないように床に吐き出す香澄ちゃん。
自分は生きてここから帰れるのだろうか……?
それだけを考えました。
「服汚れたらかわいそうだね」
中本君は、そういうと香澄ちゃんの薄い服をはぎ取りました。
フランクフルトの汚れは、シャンパンで洗い流します。
「じゃ、も一回!」
香澄ちゃんは真珠入りフランクフルトが、香澄ちゃんの食道へ容赦なく侵入します。
「喉膣最高!」
何回も狂ったように腰を振る中本君。
やがて中本君は絶頂に達しました。
「ぼぉげろぉぉぉおおおおおお!!!」
香澄ちゃんが声にすらならない声を上げます。
「どう? シャンパンミルクティーの味?!」
香澄ちゃんはようやく自由になった気道で息をするので精一杯です。中本君の声は、遠くで何となく聞こえるだけです。
「美味しかった?!」
「……さいこうっです……」
キャバ嬢トークがここで勝手に出ました。顔面はシャンパンとゲロとミルクティーが混ざって、メイクのアイシャドウも半分落ちています。それは泣いているジョーカーに見えなくはないですが、まあこの場ではどうでもいいことでした。
「今の香澄ちゃん、最高に可愛いよ~~~!!!!!」
中本君はシャンパンを口に含むと、香澄ちゃんに顔を近づけて、そのまま口に吸いつきました。
シャンパンと中本君の舌が侵入してきますが、香澄ちゃんにそれを防ぐことはできず、もはや受け入れるだけになっています。
強制的に口移しでシャンパンとゲロとミルクティーを飲まされ、意識朦朧となっている香澄ちゃん。
中本君は、すかさず香澄ちゃんのメロンで自らのフランクを挟み込むと、揉みしだきながらしごきだしました。
「カスミン、ほら、自分でやってよ。カレシにやってるみたいにさ」
香澄ちゃんは何とか意識を取り戻し、何とか意志力を振り絞ると、要求通りにしました。
彼氏とはこんなことはしてませんが、とりあえず種銭を得て帰るためには、やるしかありません。
真珠のゴツゴツ感が乳房から伝わってきます。
中本君は、空いた手でシャンパンを取ると、残った最後のシャンパンを香澄メロンにドバドバぶっかけます。
「うわぁぁぁああああああ!!!! やっぱりカスミんのオッパイ、最高だぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!」
中本君が絶叫しながら、二回目の絶頂に達しました。
シャンパンミルクティーが乳房と顔に大量にかかりました。
「じゃあ、次はここだね」
中本君がフランクを香澄ちゃんの股座に動かします。
「……え?! いや、それはちょっと……」
「やっぱり嫌? 不倫になっちゃう?」
香澄ちゃんは、首を大きく縦に振りました。
「カレシ、悲しんじゃう?」
香澄ちゃんは、首を大きく縦に振りました。
「大丈夫、先っちょだけだからね」
「え……いや……そんな……」
すでに真珠入り中本フランクの亀頭部分は、香澄ちゃんの肉ひだをかき分けて体内に入り込んでいます。
中本フランクが興奮して熱くなっているのが、分かりました。
「ああああああああ!! やべええええええええええ!!! 止まらねええええ!!!!!」
「えっ?! えっ?! えっ!?」
香澄ちゃんも訳が分かりません。
先っちょだけのはずが、すでに中本フランクは香澄ちゃんの体内奥深くにゆっくりと入っていきました。
真珠が一個入っていくたびに、その感触が伝わってきます。
こんなに汚らわしいのに、なぜか体内が熱くなって、中本フランクの熱さと混じり合います。
彼氏とも、こんな風に感じたことはなかったのに……
「大丈夫、絶対外に出すからね!」
中本君はもう止まりません。
狂ったように腰を振り始めます。
中本フランクが、香澄ちゃんの体の奥を何回も突き上げ、そのたびに出したくもないはずなのに、今までそんな声をだしたこともないのに、上質な喘ぎ声が漏れ出てしまいました。
「オッパイ揉んだら締め付けきつくなってんじゃん! 最高の名器だよ! 最高だよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!
な゛か゛でビク゛ビク゛イ゛ッでる゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!!!!」
二人の絶叫が混じり合って『交響曲「交尾」第九番』が最高潮を迎えたとき、二人とも絶頂を迎えました。
後日、香澄ちゃんの口座に1000万円が振り込まれた。
エージェントの説明によると、
「本当は3人で口担当100万、乳担当300万、膣担当500万円ってはずだったんだけど、香澄さんは一人で全部やってくれたので、合計して900万円。今回、中本君がすっごく気に入ってくれて、もうキリよく1000万円でいいよってことで、この金額になったから。あと、特に君を気に行ってくれたみたいで、今度は1500万円でいいよって言ってたよ。またいつでも来てね」
ということのようだった。
二度と行くかよ、と香澄ちゃんは心の中で誓う。
そのためには……
「おう、やっと目の色変わってきたんじゃねえのか」
マーリーが言った通りだろう。
今の私は、昔の私じゃない。
この金は、失って「はい、すいませんでした」で済む金額ではなかった。
シャンパンミルクティーなどクソ食らえだ。あんなものは中本だけに食わせとけばいい。
見とけよ……稼ぎまくって、今度は私があのタワマンの部屋を買えるくらいになってやるからな……
「それじゃ、始めるか。金儲けってやつを」
とはいえ、最初はなかなか利益にならない、もどかしい展開が続いた。
だが、相場を張っていると見えてくるものがある。
「FRBの利下げはまだ遠い……多分、ドル円はここでサポートされるはず……」
トラップ大統領の関税政策で下げまくっているドル円だったが、金利差でまたサポートされると、香澄ちゃんは予想した。幸い、マーリーもそういう予想だった。
ただ、レバレッジは5倍程度にしている。
多分、短期的なリバウンドになるだろうし、利幅はどうせ大きくない。
予想通りの展開。
欲張らず利益確定。
たった4%の上昇だが、5倍のレバレッジがかかっているので、20%の上昇。それに合わせてスワップ金利が4.5%程度つく。短い期間での利益確定なのでもらえる金額は大きくないが、これを1000万円突っ込んで達成したので、1200万円に増えた。
「まずは一勝ってとこかな」
マーリーもニッコリである。
しかし、ここからどうするのか……
とりあえず、普通の投資も始めてみようと思い、新NISA枠で低コストインデックスファンドも買ってみた。
現在は口座全体で8%の上昇である。
「まあまあ悪くないかな。でもこれは、もっと金額が増えてからだね」
マーリーも頷く。
「確かにな。アンタの狙ってるとこ、そこじゃねえもんな」
老後資産にとっては、こういうインデックスファンドで全世界の株式に投資し続けて、何十年か後に4~5倍程度に増えたお金で老後資金として取り崩していく。
「老後なんて待ってられない」
今すぐに取り戻さないといけない。
取り戻すべき「もの」は大きすぎる。
「やっぱり、1億円は達成したい……」
香澄ちゃんは、チャート分析に戻った。
為替はもうしばらくは動きがなさそうだったので、次は株式だ。
注目したのは、トラップ大統領の関税発言で下がっていた銘柄……半導体関連銘柄。
底値からはある程度戻しているが、中には割安な銘柄も転がっていると予想していた。
「オイラもそこだと思う」
世界一の投資家ウォレットの、唯一の相棒が味方なのだ。
もちろん、そのために香澄ちゃんの勉強量は凄まじかった。
何せ、中本フランクに奪われた「もの」を取り戻さないといけない。
あの後、彼氏ともしばらくはご無沙汰だった。
なぜかは分からない。
中本フランクに調教されてしまったのか。
彼氏に申し訳ないのか。
すでに色んな感情が混ざっている。
ただ、一つだけ決意した。
「これからは私が買い戻す番だ」
半導体銘柄を物色しながら、つぶやいた。
それはマーリーにしか聞こえていないだろう。
やはり、半導体はまだまだ伸びた。
AIブームは終わってなかった。それ以外にも半導体自体がスーパーサイクルを形成していた。
まだ香澄ちゃんは、そのサイクルに乗っかることができたのだ。
これで1200万円は2000万円に増えた。
おおよそを利益確定。残りは引っ張れるだけ引っ張る。
「ふぅ……」
思わず深いため息が漏れる。
「なかなか順調じゃないの。これならもう一般人から見れば、そこそこの資産持ちだぜ」
「確かにね」
彼氏も今の香澄ちゃんの資産額を聞けば、きっと驚くだろう。
だが、こんな場所は通過点だ。
「そろそろいいんじゃねえのか」
「……何の話?」
「最近、相場に張り付きすぎだ。しばらく彼とも遊んでないし、たまには息抜きで遊んでやれよ。家族は大事だぜ」
「……そうだね」
家族かどうかは分からない。
もはや「家族」という概念自体が自分からなくなっているのかもしれない。
何かが壊れて、代わりに相場で勝つ能力を手に入れた。
一体、自分は何を手に入れるのだろう。
彼氏が助けてくれた日が、遠い昔のように思えた。
実際には、そこまで時間は経ってない。
ただ、マーリーの言う通りだった。
「たしかに、ちょっと疲れたかも」
「休むも相場さ」
スマホを取り出すと、彼氏にメッセージを送った。
近くの公園だが、池が広大で、ボートも貸し出ししていた。
よくある白鳥のボートだ。
天気は曇りだった。
しかし、季節柄暖かいを通り越して、暑くなり始めていた。晴れていれば日差しもキツかっただろう。
曇りで逆に助かった。雨が降ったら延期しようと思っていたが。
「ようし、漕ぎまくるぞ!」
彼氏が張り切って漕いでいる。
それを見て、香澄ちゃんも少し微笑ましい気分になった。
彼氏の仕事は、相変わらずうまくいってない。
そこは、あえて突っ込まない。
自分も、突っ込まれたくない秘密があるのだから。
ボートに乗って、何となく鳥などを眺めていた。
久々の何の気もないデートだが、心の中にどこかざわつきがあった。
相場だ。
今日は休みなので、株式相場は休みだが、為替はいつでもやっている。
とはいえ、今はFXは仕掛けるポイントもないので、実際にポジションを持ってはいないが。
何にせよ、相場に金が落ちているかもしれない、と思っただけで、気分がソワソワしてくる。
彼氏とは何気ない会話を心掛けた。
ここでもキャバ嬢トークが役に立った。
やがてボートを降りてから、近くのカフェへ向かった。
カフェも久しぶりだな……
何となくそう思った。
店員が席へ案内する。
食べたいものを注文する。
今回は、香澄ちゃんが儲けたお金の中から出そうかと思ったが、
「いや、ここは僕が出すよ。香澄の元気な姿、久々に見れてうれしいよ」
「ありがと」
愛想笑いを添えて言っておいた。
相手には愛想笑いとは思えないだろう。
そういう技術を身に着けた。
コーヒーと軽食が届く。
食べた。
美味しい。
それだけ。
何も感じなくなっていた。
「美味しいね、香澄」
いま改めて思ったが、彼氏の声や姿が、ひどく遠くにいるように感じた。
目の前にいるのに、モザイクごしで眺めているような感じがした。
やっぱり相場だ。
どうしても金が欲しい。
気が付いたら、空いてる席にマーリーが座っていた。
「アンタ、いくら食ってももう満たされることはねえよ。それが相場の魔法にかかった者が負う呪いなのさ。資本主義の胃袋はブラックホール並みさ」
「マーリー、そろそろ相場の次の展開を話合いたいの」
「いや、今は彼氏と楽しめよ」
「いや、今は彼氏どころじゃない。金持ちにならないといけないの」
「そこまで言うなら、まあ無理に止めないけどな」
彼氏の話には、適当にキャバ嬢トーク術で対応した。すでにトーク術を完全に会得していた香澄ちゃんは、適当に彼氏の会話をいなしながら、自分にだけ見えるマーリーと次の相場戦略を練っていた。
「そうだな、今の2000万円、ここまで増えたら、もうそろそろ投資してもいいんじゃねえかな。失いたくないだろう」
「そうね。もう一文無しに戻るのは嫌」
「そうだろうな。で、短期間のトレードや投機は、信用で行う。日本の証券会社だと、有価証券担保価値は時価の80%。2000万円で株を買ったら、それが1600万円で評価される。それに対して3倍までの信用玉を建てられる。最大4800万円か。評価資産の株価が上昇すれば、信用評価額も1700万円、1800万円って上がっていくだろうし、この戦術が防御と攻撃を両方実現できるだろうね。
幸い、アンタのトレードはすでに安定して利益を生み出せる腕前になってきている。信用を使ってもそこまで問題ないだろう」
「たしかに、それが一番防御と攻撃のバランスが良さそうね」
彼氏が何か会社の話をしているが、特に脳内に入ってくることはなく、キャバ嬢トーク対応で済ませる。
どうせ下らない仕事なのだから、私みたいに必死こいて勉強して稼げばいいのに。家売れねえなら体でも売ってみろよ。(もちろん、彼女である香澄ちゃんはそんなことを直接彼氏に言うわけはないし、思わせることもないが)
「でも、500万円ほどはFXとCFD用に置いて起きたいって言うのもあるわ」
「なるほどね。さらにレバレッジかけていくわけだ。アンタに防御はいらなかったかな」
「いいえ、絶対に必要。中本フランクで1500万円稼げるけど、あんなのは死んでも二度とやりたくない」
「しかし、たまには休むっていうのも大事だけどな」
「休んでる暇はないの。私にはね」
追いかけてくる。中本フランクが。
だから逃げなければいけない、安全地帯へと。
今の資産額ではまだまだ安全地帯ではない。それだけは分かる。本能的に。
「本当はあまりレバかけたくないけど、今のアンタならもう大丈夫だろう。ただ、あまりのめり込み過ぎるなよ。あっという間に資金が飲み込まれるぜ。まさにブラックホールだぜ!」
「ええ、気を付けるわ」
初心者の頃を何となく思い出す香澄ちゃん。
あの時は勝算も戦略もあったものではなかった。
知識もなかった。
最終的に中本フランクにぶつかったのも、仕方なかったのかもしれない。
結果的には、一般人からするとひと財産を作れたし、自分も変われたと思う。
彼氏はまだ話していた。
「ま、オイラもそろそろ疲れてきたから、ここらへんで先に退散するよ。若い者同士で楽しんでくれや」
と言って、公園の向こう側へ消えていった。
香澄ちゃんは、しばらく彼氏とコーヒーを飲んだりしながら話していた。
何を話していたかは、全く覚えていない。
見据えているのは、相場だけだった。
その年の年末には、香澄ちゃんは準富裕層の5000万円まで到達していた。
驚異的な伸び率だった。
もちろん、百発百中ではなかったが、大きく張ったここぞという場面では、ほぼ勝った。
ここまで来ると、高配当株に投資するだけで年間2~300万円近くの配当収入を得ることも可能になってきた。
もちろん、まだまだここで安定するわけにはいかない。
ただ、香澄ちゃんには何か不安があった。
「そろそろ、相場が悪くなっていきそうだな……」
何だかうまく行き過ぎた反動だろうか。
「まあ、それはあるかもな。でもアンタ、もう相場の女神だぜ。オイラが見てきた中でも、ここまで勝ちまくってるやつは見たことがねえよ」
「お褒めの言葉として受けとっておくわ」
「お褒めなんてもんじゃねえよ! 最高の女神様だ! 普通はトレードなんてお勧めはしないんだがな。大半はやられるし、トレーダー自身がついていけねえ。ブラックホールからは光すらも逃げられねえ。でもアンタは相場のブラックホールから、金だけを毟り取ってキッチリ帰ってくるんだ!」
香澄ちゃんには満足感はあったものの、飢餓感はそれ以上に強かった。
ここからなんだから……
ようやく、富裕層(金融資産1億円以上のこと)に足がかかる。
あと、一回か二回、大きく勝てば……
「こんなもん、ギャンブルじゃねえか?!」
マーリーがついに切れた。
いや、そうなることは分かっていた。
分かっていたけど、自分の最後の賭けを抑えられなかった。
「いくら暴落が近いって思っても、全力ショートはねえよ!」
「黙ってて」
「いやいや、いきなりどうしたんだよ? 順調に増やしていけばいいじゃねえか。しかも、アンタはそれをできるようになったっていうのに。何が気に入らないんだ……?!」
「……順調かもしれないけど、どこかで勝負しないと追いつけない」
部屋の中で、買い換えたPCを挟んで言い合う二人。
「何に追いつくんだよ? 俺にか?」
「……」
そいう言われてみると、香澄ちゃんは具体的には答えられない。
「まあ、目標はなんでもいいけどさ、でも滅茶苦茶なやり方をしたら、追いつく前にアンタ死ぬぞ!」
「……死んでもいいと思ってる」
「……そうか、そこまで言うならもう止めねえけどよ……」
マーリーもお手上げのようだった。
ちなみに、香澄はマーリーには今の自分の行動を説明した。
近いうちに暴落があるとみて、要するに空売り(=ショート)を仕掛けたのだ。
理由は、米国の経済指標が弱くなっているのに、株価は順調に上がっていること。
「それでショートしかけて散って行った奴なんていくらでもいるけどな……」
そう、バブルの前の空売りは危険だ。
過去のチャートを見ると、いとも簡単に空売りポイントは分かる。
つまりチャートの山のテッペンだ。
そこを見てみるといい。
剣山のようになっているだろう。決して富士山みたいに頂点が平らにはなっていない。
つまり、空売りを仕掛けても、その瞬間以前に仕掛けると、容易に損失になる。
そして、バブルであるほど株価は容赦なく上がっていく。
こういった空売りの踏み上げを燃料にして、バブルは加速する。
燃料になるのか、それともその先の暗黒の栄光を掴むのか。
香澄ちゃんには分からないが……
「もし株価が上昇しまくったら、どうなるんだよ……」
「その場合は……何とかする……」
中本フランク一回1500万円の出番かもしれないが、できれば出番はなしでお願いしたかった。
一回ポジションを構築すると、特に何もすることはない。
幸い、株価はヨコヨコで特に大した動きもない。
巷では、トラップ関税のせいで余計な物価高が引き起こされ、消費者が痛みを感じている、という内容のニュースが多く出回っていた。
市場全体も、そこまで先行きに楽観していない。
マーリーも、今なら案外さっくり決まってしまうのかもしれない、と思っていた。
とりあえず、香澄は先のキャバクラに行く準備をする。
とにかく、金が必要だ。
そう、相場にぶっこむ金が。
以前のような無駄遣いもなくなった。
相場にぶち込んで回せば、二倍三倍になるのだから。こうなると、物を買うのが馬鹿らしくなってくる。
それに企業の分析もある程度するのだが、要するに人間の欲望を巧妙に刺激して消費者に駆り立てる、その手法は投資家から見ていると感心すると同時に、それを知らないで消費者になっていた昔の自分が、ずいぶん馬鹿らしく思えた。
この世は、所詮は奪うか、奪われるかだ。
中間はない。
買うか、売るか。
やるか、やられるか。
勝つか、負けるか。
金持ちか、貧乏人か。
気合の入ったメイクを完成させると、職場へと向かった。
しばらくは、厳しい展開が続いた。
株価は想定を超えて、上がり続ける。
香澄の売りポジションは、相当に苦しくなってきた。
レバレッジがかかっているので、入金を繰り返して何とか追証を避ける……
しかし、限界は近づいていた。
相場がクラッシュするか、自分がクラッシュするのか。
考えていると、胃のムカつきが止まらなくなり、思わず洗面台に向かって吐いた。
幸い、胃の中には何もなかったので、数回えずいただけで終わった。
水を飲んで落ち着こうとするが……
落ち着けるわけがない。
部屋の壁が自分に向かって迫ってくるような、圧迫感。
相場が見せる幻覚だ。
「生きて帰れないかも……」
ちらっと弱気になってしまう。
しかし、ここで踏ん張らないと……
交錯する矛盾した思考。
「もう、ここまで来たら最後までやるしかねえな」
いつの間にかマーリー。
「そうね」
「俺はもちろん、応援しているぜ。まあ、応援くらいしかできないのがもどかしいが」
「ありがとう」
「いいってことよ。本当なら俺の資産でも分けてやりたいところだが、最悪なことにあれだけ稼いでも、あの世に資産は持っていけねえみたいなんだよな。だから今のオイラは一文無しってわけさ」
「どんな気分?」
「クソ以下の気分さ」
「完全に同意するわ」
「オイラは金持ちも貧乏人も両方経験したから分かる。金持ちで不幸なら、貧乏でも幸福な方がマシだ。
だが残念なことに、貧乏でも幸福な人間っていうのを、今までに一回たりとも見たことがねえ」
企業の労働力として働き、稼いだ金は税金と企業のマーケティングに吸い込まれてしまえば、貧乏人にしかなれない。
今の香澄には、痛いほどよくわかった。まさにそれは、ナイフで切られるような物理的な痛みよりも現実的な痛みだった。
しばらくは、PCを開いてすらいない。
どうせ含み損だ。
上がるなら、まだ買いで持っておけばよかった……
そういう後悔は当然ある。
しかし、自分は決めたのだ。
勝負に賭けることを。
そして空売りした。
「さてさて、どうなることか。女神様には期待してるんだぜ。あまりやらかすと、オイラも仙女長さんに怒られちまうからな」
そんなことを言っているが、マーリーも恐らく楽しんでいると、香澄は思った。
根っからの相場師であり、投資家であり、ユーモアあふれる経営者でもあった。
全てを兼ね備えた超人と言ってもいい。
ウォレットの方が圧倒的に有名だし、資産額も圧倒的にウォレットの方が大きいものの、人間としての器というのは、全くの互角だろう。
そんな人間に教えてもらえただけで、自分はきっと幸せなのだろう。
幸せになりたい。
幸せな、金持ちに……
できれば、大金持ちに……
株価は階段を上って、屋上から飛び降りる。
相場格言の一種だが、まさに崖の上からの集団自殺にも似ていた。
トラップ大統領の関税政策がグダグダに終わったことで、半ばやけになったトラップ大統領が、ついに海外保有の米国債に対して、特別課税を決定した。
つまり、外国が保有する米国債の金利にだけ、追加で課税したのだ。
「海外から利子を取り戻す! 海外に流出した米国の富を取り戻すのだ!」
勇ましく演説するトラップ大統領に、その周囲のアホ信者が盛大な拍手を送る。
その瞬間から、米国債が投げ売られることになった。
当然だろう。
勝手に税金を上げて、もらえる金利がもらえなくなるのだから。
これは米国の事実上の破綻宣言とも言われ、世界各国が保有する米国債も投げ売られた。
世界先進国の年金基金は、米国債にある程度の割合を投資している。投げ売りしたことで確定した損失を埋めるために、結局は他の資産も投げ売られることに。
つまり、世界の機関投資家が一斉に米国債を投げ売り、それに伴って株も窓から投げ捨てられた。
香澄のショートポジションは、後で見返すと十分な高値でのショートだったと言える。
その莫大なショートは、あっという間に含み損を回復したかと思うと、圧倒的な利益を生み出すようになった。
もちろん、まだ買い戻しての利益確定はしない。
下げ切るまで、十分待つ……
今のところ、この問題で相場は混乱しているが、「どうせまた日和って元に戻すんでしょ」というような見解も見られた。
相場は一時的に反発していく。
もちろん、まだまだ利益はある。ここで利益確定するかどうかで迷う香澄……
「こういうときは、半分利確するっていうのが定石だぜ」
マーリーの言うことはもっともだ。
だが、香澄の中の何かが、「それでは金持ちになれても、大金持ちにはなれない」とつぶやくのが聞こえた。
「まだ……」
「引っ張るのかよ……」
引っ張るのだ。
金持ちになるために。
さらなる利益のために。
しかし、相場は今度はトラップ大統領の「やっぱごめん、あれナシよりのナシ」発言もあり、関税ショックのように急速に戻すかに見えた。
その時に、一つの大事件が起きた。
中国がついに台湾に侵攻したのだ。
これで世界の株式市場どころか、全ての資産クラスが下落し、世界恐慌が現実となった。
香澄は、一撃で億単位のお金を得ることに成功した。
世の中は大混乱しているが、香澄はその代わりに大金を得た。
彼氏は今日も仕事だ。
今では「仕事があるだけありがたいよ」というのが口癖になっているようだった。
適当に家事を済ませると、久々に町に出ることにした。
ポジションは、全て利益確定している。
久々に解放された、爽快な気分だ。
最高の気分。
これが金持ちの気分なのかと、感動した。
テレビの中では世界は混迷の底にあるらしかったが、実際の街に出てみると、そこには日常しかなかった。
中国の人民解放軍は、結局はグダグダな攻撃で初手の奇襲に失敗という、ロシアと同じような失敗を犯していた。
(集金瓶も学ばない奴だな……)
と思いながら、自分も全く何も学んでないと気づいて、思わず苦笑した。
まあ、勝ったのは自分の方だが。
しかし、そんなギャンブルももう終わりだ。
勝利の余韻に浸るために、ムーンバックスに来て新作フラペチーノを味わう。
目の前のマーリーは、ブラックコーヒーだ。
「オイラも安心したぜ」
「心配かけてごめんね」
「いや、結果だけが全てだ。特にこの世界ではな」
「次はどうしたらいいと思う?」
「ここはやっぱり不動産だろうな」
意外なことだが、それも確かにありかもしれない。
不動産価格も暴落しているのだ。
日本では外国人も特に制限なく不動産を購入できる。
だが、さすがに隣国で戦争が発生すると、政府のアホどもでもそろそろまずいんじゃないか、ということで、外国人の不動産保有に制限がかけられることになった。
特に中国人富裕層に対しての規制が厳しくなり、中国人富裕層マネーが途絶。
さらに中国以外の外国人から見ると、日本は中国に近い国であるということで、一斉に彼らからの不動産マネーも退避することになった。
海外勢は買い手ではなく、売り手に回った。
さらに日本人もこんな状況で積極的に買える状態ではなかった。
先のトラップ大統領の米国債課税問題が尾を引いていた。
米国債は、債券市場の中心的存在である。
その米国債が陥落した今、先進各国の債券も下落し、金利も上昇することになった。
世界全体のリスクが上昇した、ということだった。
もちろん、投資家としてはそういう時にリスクを取るべきであるのは、今の香澄にはよくわかった。
だが正直、株式もここまで情勢がおかしくなると、ちょっと買いづらかった。
そこで、不動産である。
不動産は人が住んで家賃を払う限りは、収益が担保されるわけで、今すぐ高値で売れる必要もない。
「いつか納得する値段で売れれば、それでいい」のだ。
さらに大きな特徴として、銀行が唯一の貸し出し担保としてくれる点だ。
銀行から借りた資金で物件を購入、他人の家賃で返済を進めることで、いわゆるレバレッジ効果が最大限発揮され、一気に資産を作り上げることも可能になる。
もちろん、短期間だと借金と物件が膨らんでいくだけだが、それを乗り越えれば、負債が減少して、一気に純資産が増えていくフェーズに入る。
さらに適切な時期に高値で売り抜けることができれば、一気に残債を圧縮できるので、純資産を一瞬で大きくできる。
それを法人で所有することで、さらに節税もできるのだが……
「ちょっと頭がクラクラしてきたわ……」
マーリーも一気に説明したので、香澄も限界のようだった。
しかし――彼氏もこの話でも聞けばいいのに。少なくとも、よっぽど不動産を買いたいって思うわ。
実際に、「リーメンショック以降の相場で一番資産を増やしたのは誰か?」という問いに対しては、「それは不動産大家」という答えがはっきり出てしまっている。
相場は同じではないが、おおよそ同じことを繰り返す。
レバレッジ効果を最大限生かして、上昇する資産を買えば、そりゃ一気に資産が増やせるに決まっている。
ただし、問題点もある。
金利をどうするかだ。
今は金利が上昇してしまっている。
とはいえ、日本でもせいぜい3%くらいだが。
米国はすでに10%を超えていて、もはや中国と一緒に経済崩壊しかかっている。
日本も日本で、それはやばい状態なのだが……
不動産投資としては、ギリギリ何とかなりそうな状況ではある。
銀行には、まだ大量の日本円があるし、世界恐慌の今では、貸し出し先はない。
「幸い、自己資金はたっぷりある。それほど大きなレバレッジを掛けなければ、どうにかなるさ」
不動産自体が暴落しているせいで、利回りも上がっている。
金利上昇しても、余裕をもって返済できるはずだ。
狙い目の不動産はどこかにある。
特に外国人が保有していて、手放したい物件を狙っていくのがいいだろう……
いくつかの物件が候補に挙がったが、その中の一つの物件に到着。
持ち主と交渉することになった。
「うー! 遅れて申しワケないアル!」
なまりから中国人だろう。
「アイヤー! こんなクソ物件、早く処分したいアル!」
立地は良かったが、中国人に不動産経営をやる気がないのか、荒れたまま放置されていた物件だ。
直感的に、香澄は「これを買いたたけば、どうにかなる……!」と思った。
「空室が随分と目立ちますね」
「うー! アナタ、すっごく美人アル! きっと入居者、来るアル!」
売り飛ばしたくて、仕方ないらしい。
おおよそ土地値だけで、以前なら1億円は下らないだろう。
立地はいい。駅からも近く、近所にスーパーなどの生活施設もそろっている。
接道も問題なし。
問題は建物で、荒れ放題になっていたために価値はなさそうだが、修繕すれば使えそうな感じはする。
中へ先行して入っているマーリーが、アパートから登場した。
こちらへ親指を立てたサインを送っている。
ゴーサイン。
あとは買い叩くだけだ。
「もう今となっては、何の収益も生み出さないし、早く売った方がいいですよね」
「うー! その通りアル! 税金も高いし、どうしようもないアル!」
「確か、資産形成で買ったんですよね。さらにこのまま減らすことを考えれば、6000万円で引き取りさせていただきます」
「うー! それは……買ったの2億円アル!」
「そうはいっても、上の建物、入居者もいないし、かなり荒れてますよね。上の建物を処分して更地にしてくれるか、建物を修繕してくれるなら、1億円で買いますけど、今の状態のままならこれ以上は出せないですね」
「うーーー! あまりに安すぎるアル! 損アル!」
「でも、保有してるだけで税金と諸費用でもっと損しますよね?」
「うー! 嫌アル! 分かったアル! それで売るアル!」
「いい判断だと思います」
交渉は終わった。
あとは不動産屋が仲介に入って、契約して終了だった。
一応、不動産屋を仲介させておいた。
そっちの方が、のちの人脈作りにもなるだろう。
さて、不動産を仕入れたものの、入居者はなく、荒れ放題だった。
アパート自体の需要はあるが、なかなか大変だろう。
「誰も住んでないけど、大丈夫なの?」
「逆さ。誰も住んでないから、一気に改修ができる。誰か住んでいると、立ち退きさせないといけないからな」
マーリーが答える。
その通りだろう。
水道などの基本的なインフラはそこまで痛んでいないため、純粋にあの中国人だか台湾人だか香港人だかよく分からない自称中国人に、全くやる気がなかったということだ。
じゃあ、買わなきゃいいのに、と思うのだが、中国本土では土地の所有権がないため、わざわざ日本にまで来て不動産を購入するのだろう。
そして不動産屋に嵌められて、高値掴み。
そしてバブルの崩壊。
とりあえず、次に資金をどうするのか、という問題があった。
もちろん、今の香澄には6000万円というのは出せない金額ではない。
ただ、それをやると意味がない。
不動産というのは、借金で買うことで手元資金を温存し、一気に資産拡大を狙うものだ。
一棟目だが、入手したものの改修費用もかかることから、1億円くらいは見ておかないといけないだろうか。
「できればフルローンで借りたいものね」
「さすがに金利も高いし、銀行もそこまでリスク取っちゃくれねえかな」
マーリーの言う通りだった。
日本も大不況の中である。
さらに金利も高くなってしまっている。
政府がどれほど金利を抑えようとしたところで、実際の市場金利を全てコントロールなどできない。
「下手したら4%ね……」
それでも、恐らくこの物件はNOI利回りで10%くらいでは回るとみていた。
ちなみに、NOIとは「ネット・オペレーション・インカム」のことで、空室想定家賃年収から実際にかかるであろう様々な費用や税金を引いた手残りのことだ。
企業で言うところの営業利益のことである。
もちろん、実際に運営をしてない以上は分からないのだが、想定がおおよそ正しければ、この物件は1000万円程度の利益を生み出す。
後はローンを組んで、返済をどう進めていくかだ。
ローン金利だけでなく、元本の返済も進めていくため、ローン金利以上の利回りであるだけではキャッシュアウトする可能性もある。
だが、これだけ利回り差があるなら問題ないだろう。
大雑把な計画では、修繕費も含めて1億円の物件で、4000万円は香澄が今まで稼いだ自己資金で、残り6000万円を融資で引っ張ってくることにした。
「あとはどうやって融資を取り付けるかだな」
無職に等しい香澄に金を貸す銀行などない。資産はあるものの、それでも銀行はさらに安全を欲しがる。
たとえば、優良企業勤務、などだ。
「あてはあるわ」
近くにいつもいる男は、一応彼氏だし、一応プライス上場企業に勤めているのだから。
銀行とは、とりあえず話を付けた。
後は彼氏と話をつける番だ。
「これ、ハンコ押しといて」
さりげなく取り出す書類。
「え? 何これ……?」
「銀行の借入契約書。これから6000万円の借金の保証人になって」
「え……?! 一体どういうことだよ!?」
香澄は内心でため息をつきながら、これから不動産投資をすることを説明した。
「というわけで、これから私たちが富裕層になるために協力して欲しいの」
「いや……そんな急に言われても」
「でもあなたの営業ではそういうことをやっているんだよね」
「いや、確かにそうだけども……」
「不動産屋の癖に、不動産の一つも買えないのね」
「……」
彼氏はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「分かった、確かにそうだけど……だけど、あまりに急すぎてそれで大丈夫なのかなって……」
「大丈夫、安心して」
何せ、私の個人資産はもう1億円を超えているのだから。
手出しが4000万円、銀行の借入が6000万円。
残った資金で、もう一件同じように買う。
それで2000万円の現金を残しながら、2億円の物件を保有できる。
もし同じような物件なら、2000万円が年間家賃収入になる。
もはや一気に資本家階級へと駆け上がれる――
「分かった、香澄がそこまで言うなら……香澄を助けるためなら……」
「じゃ、ここに名前とハンコね」
彼氏は言われたとおりにした。
これで、ようやく不動産投資をスタートできそうだ。
中国人から購入した物件のリノベーションは着々と進んでいった。
不況なので、安く依頼しても工事を請け負う業者はいた。
建設業者とも人脈だ。
これからも不動産の修繕などは必要だろう。
さらに、次の物件も探していく。
「次の物件、何かいいのかな……」
カフェでコーヒーを飲みながらつぶやく。
前の席にいるのは、マーリーだ。
「迷ったら、違う物件を組み入れるといい」
「なるほど」
投資家ならこれで通じるのだが、少し説明が必要だろう。
これは「ポートフォリオ効果」と呼ばれるもだ。
違う資産を組み合わせることで、違うリスクを負うことになる。
そうなると、リスク同士で打ち消し合う効果が発生する。
すると、リスクは加重平均よりも低くなるのに、リターンは加重平均を得られる。
不動産投資で言えば、例えば「築古と新築」、「木造とRC造り」というような感じだ。
「となると、築浅か新築のRCアパートあたりで探すのが良さそうね」
「まあ、そういうことだ。まずは今回の物件を軌道に乗せるのが第一だな。それがうまくいけば、銀行は次の融資をしてくれる」
そういうことね。
資本主義は勝者にはさらに勝利を与える。
敗者からは容赦なく奪っていく。
それだけのことなのに。
誰も教えてくれないし、誰も気づいてないかのように生活しているのが不思議だった。
不動産投資も、そこまで悪くないな、と香澄は思うようになっていた。
不動産屋への売買手数料も3%取られるし(しかも往復取られる!)、銀行との交渉も大変だ。
それなら今までのような金融資産の方がよほど手軽だし、コストもかからない。
増やすだけなら、金融資産の方が簡単に増えていく。
ただ、そこで増えていくのはただ単に口座の中の数字でしかなかった。
実物の建物を購入すれば、その所有権は確実に自分のものになる。
株式にも所有権がある、というだろうが、実際には限定的なものだ。企業が上場廃止のTOBをすれば、その値段で強制的に買い上げられてしまう。
経営者が会社の私物化しているような企業も、上場企業にも関わらず、存在する。
不動産は、その点では完全に「香澄の物」なのだ。自分の子供ができたようだった。
絶対に、この不動産を育て上げて、自分の資産も加速させていく……!
「ま、まずはリノベ計画だな」
マーリーが諭すように言う。
実際に、リノベーションの計画は大変そうだ。
香澄はすぐに計画の立案と、業者の選定、見積もりの依頼などの計画を進めていく……
香澄は、マネーを燃料にして走る機関車と化していた。
最終的に、リノベーションも計画通り進み、物件が完成。心配していた入居者だったが、全くの杞憂で終わった。
募集を掛けた瞬間に埋まった。
最後まで残った日当たりの悪い部屋だけ、フリーレントを付けて貸した。
「これで満室!」
久々に香澄は喜んでいた。
彼氏もうれしそうだ。
「俺だって、人生かかってるからね。順調そうでほっとしたよ」
まあ、彼氏自身は何もしていない。
ただ単に保証人になっただけ。
金も出してないし、不動産投資だけでなく、それまでの全ての投資においても何もアドバイス一つすらなかった。
今回の保証人も、彼氏が評価されたのではなく、彼氏の「勤め先」が評価されているだけなのだ。
こいつは何一つとして評価に値しない……
香澄はうっすらとそう思った。
そう考えると、この彼氏が一番のお荷物のように感じてきた。
「今日はちょっと贅沢して、外で何か食べようよ。俺もボーナス入ってきたしさ」
最近は、ようやく気合の入った営業ができるようになってきたらしく、契約を取れるようになってきたらしい。
僅かだが、生活も向上し始めている。
だが、本当にこれでいいのだろうか……
自分には、もっといい相手がいるのではないだろうか……
いや、それはちょっと言い過ぎか……
はしゃいでいる彼氏を見ていると、この時の香澄でもまだ完全に彼氏を見限ることはできなかった。
ちなみに、その時はワンワンタンへ行った。
なにせ、二人が出会って最初に行った焼肉屋だから。
その後、しばらくは不動産の二件目を探しながら、次の一手を模索していた。
今回の物件で残ったお金は、株式にぶち込む予定だった。
経済は混乱し、企業の倒産の嵐。
さらに生き残った会社も、利益を減らしてどうしようもない状況だった。
本屋に行くと、もう投資本コーナーは閑散としていた。
代わりに増えたのが、「資本主義の終焉! これからの新たな世界秩序」みたいな感じの本だった。
それか、スピリチュアル系。
もう、バカバカしくて笑うしかなかった。
人間の欲望がこんな程度で終わりになるわけがない。
実際に、こうやって資本主義の終焉をネタにして本を売ってるわけだ。
金儲けのために。
儲かるのは、やはり「逆張り」である。それも、正しい逆張りだ。
そういう意味では、そろそろいいだろう。
そう、香澄が自分でやってきた今までの勝利のノウハウを売る。
僅かなお金から、最終的には不動産大家という資本家になれたのだから、そこまでの手法を公開すれば、買いたい人間が殺到するだろう。
欲を刺激することで、人間を消費者に仕立て上げる。
さらにユーホールで動画もアップする。
これは他の動画も参考にした。
中には乳を出してピアノを弾くだけで何十万再生も稼いでいるチャンネルもあった。
「これ、参考になりそうだな」
十分に私の方がデカい。
チャンネル名は「資本主義のカスミ食って生きる!」に決定。
乳と資産を適当にさらしながら、現在の経済や相場観を語っていくチャンネルだ。
キャッチフレーズは「ゼロから1億アパート大家になりました!」
もちろん、すぐにこれは2億、3億と増やしていく予定だったし、そうなった。
チャンネルの登録数、再生数は面白いように増えていった。
乳と金は最強なのは、自分でも嫌になるくらいよくわかっている。
さらには出版社との取引もして、今までのノウハウをまとめた本も出版することに。
あまりに多岐にわたるので、いくつかに分けて出版。
金融資産編と、不動産編。
金融資産編は、マーリーの助言もあってさらにトレードと長期投資に分けることに。
そうやって小遣い稼ぎもしつつ、抜かりなく二件目の物件も探していた。
一番いいのは、やはり損失を出して投げ売りしたい物件……
特に、金利の低い時代に変動フルローンで買った物件だ。
そういうのは、今の高金利時代にどうしようもなくなっていた。
政府は不景気になると、金融緩和を行って金利を下げるのが通常だった。だが、すでに財政が限界まで達していて、そんな余裕は政府にもなかった。
高金利と不況が放置されることで、先も言ったように、企業の倒産が大量に発生した。
株式市場も混乱している。
不動産市場もだ。
だから、すぐにそういうのは見つかった。
問題は、価格で折り合えるかどうか。
香澄のスマホが鳴った。
以前、交渉した大家だった。
「はい、香澄です」
「あ、大家の○○です。以前の買い付け希望だけど……まだいける?」
「ええ、まだ大丈夫ですよ」
「……もうちょっと何とかならない……?」
「じゃあ、手数料は全部こっちで持ちますよ」
「……じゃあ、もうそれでいいや。金利の利払いだけでも大変で……」
「ええ、それじゃあ、すぐに契約の準備に取り掛かりますね」
心の中でガッツポーズ。
今度は1億5000万円程度の築浅物件を1億円ほどで買えた。
もちろん、今売り出せば1億円程度だろう。
だが、香澄には確信があった。
政府の財政再建もある程度進み、企業の倒産もピークアウトしていた。
実体経済は徐々に底打ちしているのに、株式市場だけは悲観に支配されて、株価が地の底を這っている。
最終的には、政府による金融緩和、つまり利下げがあるとみていた。
そうなれば、その時点で借り換えをすれば、金利負担は一気に軽くなる。
低金利になれば、不動産にも買い需要が出てくるはずで、そうなると1億で買った物件が1億5000万、2億でも売れるときは来るだろう。
仮にそうならなくても、買い叩いた不動産からの収益で返済するのに十分だ。
時間は、香澄の味方だ。
いや、時間を味方にするように、戦略と組んで資金を投下したのだ。
二件目の物件も出来たところで、すでに香澄は「不況で富を築いた成功者」として一部で有名になっていた。
本も順調に売れた。
何せ他の投資本は全滅なのだから、そこで「空売りの女帝、その手法を全部公開!」なんてされれば、売れるに決まっていた。
ユーホールでも「空売りの女帝」だの「爆乳大家」だの、好き勝手なあだ名がつけられていた。
まあ、消費者がお金を貢いでくれないと困るから、好きにさせておいた。
不動産投資の2棟目が早くも軌道に乗ったところで、不動産投資を法人化。
生活費の一部を経費算入しつつ、個人資産は金融資産でさらに増やしていく。
本の印税、ユーホールの収益、講演会のギャラ、あらゆる収入を法人と個人の属性を使い分けて税金を最適化。
手残りは、個人は金融資産に、法人は不動産に投下していく。
不動産へ移行して僅か数年で、香澄の資産は莫大な金額に膨れ上がっていた。
そんなタイミングで、ついに政府の金融緩和が始まった。
莫大な資産が、一気に数倍レベルで膨れ上がっていく。
株式市場ではテンバガーが続出した。
香澄もその中の一部をつかみ取り、さらに凄まじい資産増加を実現。
不動産市況も、金利が下がったことによって不動産価格がようやく上昇。
さらに低金利での借り換えも実施することで、一気に金利負担を圧縮。
彼氏の保証人契約も、借り換えで消えた。
すでに香澄の資産だけで、銀行は十分な担保として評価されるようになっていた。
さらに法人化で不動産大家としての信用も十分だった。
全てが嘘のように順調だった。
嘘みたいな資産額。
もはや意味のない数字だった。
今の香澄は、自分の資産額を正確には把握していない。
多分、もう30億くらいだと思う。
趣味と投資を兼ねて、オンボルギーニを5000万円程度で買った。営業車として買えば、これが経費として計上できた。
最終的には飽きたので売ったが、8000万円で売れた。
金持ちはさらに金持ちになっていく。
もちろん、今の香澄にとって利益の3000万円などどうでもいい金額だ。なんなら、一日の株価変動でそれくらいへんどうするだろう。
そんな順調に資産を膨らましている時に、彼氏から連絡があった。
重要な話があるらしい。
「結婚してくれ」
やっぱりな、と思った。
社畜から見ればそこそこ高級そうなレストランに呼ばれたので、多分そろそろだろうな、と思っていた。
正直、今の彼氏には全く興味が無い。
不動産投資で成功したので、すでに自分は別のところに住んでいて、同居はしていない。
「昭和みたいだけど、給料三か月分の指輪なんだ」
月給が30万円くらい。だから90万円程度の指輪か。これでもよく頑張った方だと思うが、今の香澄にとっては鼻クソみたいなものだった。
「ふーん」
香澄は適当に答えた。もうキャバ嬢トークは必要ない。
香澄は一応、箱を開けて見た。なんの変哲もない指輪。全く心が動かない。
香澄は、それを突き返した。
「いらないわ」
「え……?!」
「私の家賃年収3日分程度かな。そんなもの、どうでもいいから」
「いや……そんな……」
ここから見ても顔色が蒼くなったり赤くなったりしていた。
「私から家賃3か月分渡すわ」
香澄は小切手を取り出すと、「3000万円」と記入して、彼氏の指輪と一緒に渡した。
「え……何これ……どういう……」
「手切れ金」
「え……いやだ……そんなの……」
「私は嫌じゃないから」
「なんで……どうして……カスミ……行かないで……」
「はぁ……あのね、ここレストランでしょ。あまり無様なことしないでね」
「いやだ……カスミ……そんな……」
「じゃ、今までありがとう」
香澄は泣き崩れる元彼をおいて、店を立ち去った。
香澄は、借りているタワマンの一室にいる。
タワマンも、住んでみるとけっこう不便だ。
屋上まで行くのに時間がかかる。
また、風景も最初は感動できるが、そのうち飽きてくる。
ただ、ユーホールの動画撮影には使えるし、成功者を演じることで金儲けしているので、そういう意味で経費になる。
そんなこんなで、彼氏を振ってからしばらくしたころだった。
タワマンから出ると、そこに元彼がいた。
「香澄!」
香澄は無視しようかと思ったが、向こうから絡んでくる以上、どうしようもなかった。
「香澄、僕はこんなの欲しくないんだよ! また、前みたいに一緒にカフェに行きたいよ……」
彼氏は、3000万円の小切手を、目の前でビリビリと破り捨てた。
「ふ~ん。でも私は行きたくないかな」
そのまま立ち去ろうとする香澄。
だが、元彼はさらに追いすがってくる。
「香澄……香澄は何を求めているんだ?! もう十分じゃないか!」
「いえ、まだよ。まだもっと資産を増やしたい」
「なんだよそれ! それがそんなに大事なのかよ!?」
「大事に決まっているわ。あなたはなんの助けにもならないけど、資産はあればあるほどいいから」
「……ッ!!」
元彼は何も言い返せなかった。
「でも……でも……」
「さようなら」
貧乏人と話あっても仕方ないので、香澄は背を向けて立ち去ろうとした。だから、元彼が刃物を取り出して襲い掛かってきたことに全く気付けなかった。
「え……?!」
刃物が香澄の体内深くに刺さった。
熱く、冷たい……
相場の暴落と暴騰のように。
落ちるナイフを掴んで、出血しまくったのだ。
「香澄……俺も一緒に死ぬから……」
「ごばぁ……」
血を吐き出す香澄。
だが、元彼は急に倒れた。
「この馬鹿野郎が!」
マーリーが後ろから当身で気絶させたらしい。
「大丈夫か?!」
倒れる香澄に駆け寄るマーリー。
「はぁ…はぁ……」
「おい! 返事してくれ!」
「あ……」
「なんだ?!」
「もっと……いい男いねえのかよ……」
これが香澄が現世で言った、最後の言葉になった。
香澄ちゃんが目を覚ますと、仙女長の心配そうな顔がありました。
「あれ……? わたし……?」
「大丈夫ですか? ずいぶんうなされてましたよ」
「あれ……? うん……まあ大丈夫かな」
「良かったです。酷くうなされていて、何をしても起きなかったから、大変だったのですよ」
周囲には、他の仙女もいます。みな、心配そうな目で、香澄ちゃんを見ています。
確かに、香澄ちゃん自身も寝汗でびっしょりでした。
「まあ、とにかく、何でもなくて、なによりですね」
仙女長さまが、安堵した笑顔になりました。
「ところで、ずいぶんうなされていましたが、どんな夢を見ていたのですか?」
「う~んとね……」
香澄ちゃんは思い出そうとしましたが、思い出せそうで思い出せません。記憶が濃い霧の奥へ、そしてどこか忘却の彼方へ、ドンドン遠ざかっていきます。
「あれ……? なんだったんだろう? 何も思い出せない……」
「まあ、覚えてても仕方ないですからね、どうせ夢ですし」
「はぁ~、なんか嫌な夢だったような……」
「あ、そうそう!」
「なんですか?」
「実は、お土産が届いてるんですよ!」
仙女長さまはお土産の時だけ元気になります。
「じゃじゃーん!」
箱を開けると、黄金色に輝くプリンが並んでいました。
「モロダフのプリンと、その他もろもろ!」
「え、やばい! 美味しそう!」
香澄ちゃんは、さっそく食べ始めます。
カスミと違って、濃厚な旨味と甘味が香澄ちゃんの体中を駆け巡ります。
「うわぁ!! 甘味のゴールドインゴッドやぁ~~~!!」
「なんでも、マーリーって人がくれたんですよ」
「ふ~ん……」
なんか聞いたことがあるような、ないような……
「知合いですか?」
「う~ん……身に覚えがないんだけど……」
「そうですか」
仙女長さまは、そこでも何か安堵したような笑顔を見せたような気がしました。
「マーリーさん、面白いものを見せてくれてありがとうって言ってたけど、それも身に覚えがないですか?」
「う~ん……」
香澄ちゃんは思い出そうとしますが、この頃にはもう完全に何も思い出せなくなっていました。
「全然、分からないや!」
「そうですか」
仙女長さまも安堵したのか、プリンを食べ始めました。
「う~ん! おいしい!」
他の仙女たちも、プリンを食べ始めます。
たまにはカスミ以外の美味しいものが食べたいものです。
やがて、仙界は笑顔に包まれました。
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