第11話 防衛戦⑴ 弩

 城塞都市アッシャールはロザリオ都市国家群の内、魔導国が存在する砂漠地帯と面する都市の一つということで、防衛に特化した強固な城壁に囲まれている。

 城壁周りは深い堀と返しで囲まれ、よじ登ることはほぼ不可能となっており、東西にある城門でしか行き来できなくなっている。

 そのため攻め入るなら東西の門に兵力が集中するはずだが、敵の数……300人程の兵数から考えると東門に戦力を集中させることは明らかだ。


 門の構造も観音開きの木造の門に加え、内側には防衛の際に下ろされる鉄格子という二重の構えとなっており、門の突破に手間取っている敵の上から落石をお見舞する石弓や、熱した油を流すための注ぎ穴が空いている。

 そして城壁上には当然のように兵士が防衛のため配置されている。まさに難攻不落の城塞である。

 いや、一度魔導国に陥落させられたため、……というのが正確ではあるが。


 そんな城壁の上を一人の兵士が遠く、弩の限界射程二つ半程の距離に隊列を組む敵を凝視していた。

 弩隊の指揮を任せられた彼はゾーイ・ブルムバーグ。

 魔の森掃討作戦で指揮をとり、半壊させてしまった若き兵士長だ。

 彼の他にも弩隊には3人の兵士長が配置されてるが、その中でも彼は中央部分を受け持つ。

 攻城の際に真っ先に狙われる配置だが、最初の防衛線ということで責任は重大であり、ここを護り切れば魔の森での失態は挽回される。

 彼にとっては実質の最終通告と言える配置であった。


「不可解だな」

 ブルムバーグは前に広がる敵の姿を目にして浮かぶ疑問を口にした。

「奇襲ならまだしも、既に奴らの強襲はこちらに知られ、万全の対策で迎え撃つ準備もできるほど時間もあった。数も不利と敗色濃い戦いだ。なのに一向に退く気配もない。何か秘策でもあるのか……」

「やけくそってわけではないでしょうしね」

 ブルムバーグの言葉を横で聞いていた彼の部下が相槌を打つ。

「なんだか嫌な予感がします」

 ブルっと身震いをしながらその部下は答えた。

「警戒はしても臆してはいけないぞ。状況をしっかりと見据え、最善の手を常に考えなければならない。逃げに回り勝利への思考を放棄した途端、我々は狩られる側へと回るからな」

 ブルムバーグは前を見据えたまま、部下をたしなめる。

「肝に銘じます」

 部下も同様に前を見据え応えた。


 暫くして敵側に動きがあった。

 何かがこちらに向かって駆けて来る。

「あれはなんだ……」

 思わず困惑するブルムバーグ。

 それは一人の騎士であった。

 弩の射程範囲に入っても速度を落とさない。

 慌ててブルムバーグは指示を出す。

「やつを止めろ!!」

 すると足元に一本の矢が放たれ、騎士はそこで急停止した。

 馬がいななき振り落とされそうになるもそれを御す。

「そこで止まれ!!何用で来た!」

 ブルムバーグが声を張り問い詰める。

 すると騎士は兜を外し、ブルムバーグの方を向くと話し出す。

「我らはファーラン聖王国光教直轄の聖騎士隊の使者である!降伏勧告のために馳せ参じた!我らが主は無駄な争いを好まない!もし降伏し同じ主を崇めるのであれば、寛大にもソナタらの罪は赦され信徒として受け入れられようぞ!」


 あまりの奇天烈な宣言にブルムバーグを含め一同は唖然としていた。

 不利とみての降伏交渉どころか、戦わずして無条件に降伏し軍門に下れと抜かすなど、前代未聞の出来事であった。

 しかし、その聖王国の使者は真剣な眼差しで語っており、それがどうやら冗談の類いでないことを物語っていた。

「やはり聖王国は訳が分からないな」

 ブルムバーグは呆れて思わずぼやいてしまう。


 こういった交渉事は普通アッシャールの統治を任された総督の預かるところだが、はっきり言ってこんな交渉と言いがたい要求を呑むかどうかで総督を呼ぶことは叱責ものだろう。

 現場で処理しろと言われるのがオチだ。

 既に徹底抗戦で方針は決まっており、魔導国側は一切譲歩するつもりは毛頭なかった。

 そうであればブルムバーグの返答は決まっている。NOだ。

「そちらの要求はとても呑めるものでは無い!そちらこそ魔導国の支配下に下るというのであれば戦わずに済むのではないだろうか!」

 ドっと城壁上の魔導兵が笑い声をあげる。

 対照的にその使者は顔を真っ赤にして震えていた。

「貴様ら!!我ら聖王国、我らが神を敵に回したことを死んだ後に後悔することになるぞ!今日ここに神の怒りの鉄槌が下ることとなろう!」

 そう吐き捨てると使者は踵を返し走り去った。


「あのまま行かせず、撃ち殺しても良かったのでは?」

「問題ない。それに手の内をあんな茶番のために早々晒したくないからな」

 部下の問いかけに冷静な面持ちでブルムバーグは答える。

「それより弩隊の全員に鉄球弾装填の準備をさせろ。もう間もなく戦いが始まる」

「はっ!直ちに!」


 先程の奇妙な遣いが敵陣内に到着し、その中に紛れると暫くして角笛の音が鳴り響く。

 その合図で一斉に敵の隊列が行進し始めた。

 弩の射程にはまだ程遠い位置にいるためか盾は構えず行軍している様子だ。

「全弩隊、装填完了しました!!」

「よし!全隊、構え!!」

 ブルムバーグが号令をかけると一斉に弩を構え照準を敵前列へと合わせる。

「神官と思わしき存在を複数確認!隊列後方にて複数の護衛に囲まれ移動している模様!如何なされますか!」

 望遠鏡で敵情確認を行っていた兵士がブルムバーグに尋ねる。

「さすがにそう簡単には大将首をくれてはくれないか……。当初の作戦通りだ!敵の行進を遅らせ着実に戦力を削っていく!」

 そう命ずると隊全体に聞こえるように大きな声で命じる。

「鉄球弾に付呪されている術式は風属性の《螺旋状加速》!観想及び発射前の元素喚起の呪文の詠唱だけは怠るな!」

「「はっ!」」

 大勢の声がビリビリと空気を震わせる大声となって返ってきたの受け、ブルムバーグは頷き真っ直ぐ正面を見つめ敵軍との距離を測る。

 沈黙がその場に流れ、聞こえる音は敵軍の軍靴の音だけだ。

 そして通常の弩の射程の二倍の距離を切る辺りまで、敵軍が足を踏み入れたとき号令が発せられた。

「放てッ!!」



 聖騎士隊が行軍する最後尾にドナルド・シュワルツ卿が騎乗しながら隊を指揮していた。

 彼は騎士達に光教の教典にある福音の言葉を諳んじ、祝福を授けている。

 そして時折騎士達の士気を高めるために声高々と演説するのだ。

「聞け!敬虔なる信徒達よ!ソナタらはこの世に主の正義を成すために遣わした剣である!主は御旨をこの世に現すために我々をこの場所に遣わしたのだ!」

 騎士達は行軍しながらも枢機卿の言葉に耳を傾け興奮で身を震わせていた。

「さぁ!今こそは悪をこの世に振り撒き、人々を惑わせる悪魔の遣い共を根絶やしにする時である!城内に囚われし民達を解放するのだ!」

「「おおおおお!!!」」

 聖騎士側の士気は最高潮となり、枢機卿の言葉に同調することで祝福を受ける。

 そんな彼らは重量のあるフルプレートアーマーを着込んだとは思えない足取りで砦との距離をどんどん詰めていくのだった。


 ある程度の距離を進むと砦から何かが一斉に放たれた。

 ──弩か?……しかし明らかに射程圏外。威嚇のつもりだろうか?──

 シュワルツは訝しむ。

「恐れるな!この距離では届くまい!行軍を続けよ!」

 シュワルツは号令を発する。

 しかし様子がおかしい。

 放たれた飛翔体は一向に地面に着弾する気配がない。

 むしろ段々と速度を上げながら真っ直ぐこちらに飛んでくるではないか。

 異変に気づきシュワルツは慌てて命令を下す。

「全隊!盾を構えよ!!」

 しかし時は既に遅く、飛翔体は隊列の中に真っ直ぐと突き刺さる。

 すると凄まじい轟音を上げ、すっかり油断していた騎士を数名纏めて吹き飛ばし、土煙を巻き上げた。

 後には抉られた地面に木っ端微塵に砕け散った聖騎士の鎧と肉片が残るだけであった。


 次々と撃ち込まれるそれは拳ほどの大きさの鉄球で、撃ち出される前に唱えた呪文をトリガーに、鉄球に付呪された術式が発動する。

 それが一度撃ち出されると弾の周りに風が螺旋状に回転しながら発生し、弾を前方へと捩じ込み真っ直ぐと加速させ続ける。

 加速することで撃ち出された初速よりも遥かに速く飛ぶそれは、凄まじい破壊力を内包したまま対象を粉々に打ち砕く。


 予想外の事態に聖騎士達は半ば統率を失いつつあったが、ある人物の怒声によって冷静さを取り戻した。

「体制を整えよ!盾を斜め上方へと構えるのだ!」

 その声の主はシュワルツ卿である。

 度重なる祈りや説法によって、騎士達の精神の底にシュワルツの言葉は自分達の信仰する絶対者の代弁であると刷り込まれている。

 そのため彼の号令が一度発せられれば恐怖すらも容易く克服し、すぐさま規律を取り戻すのであった。

「奴らの狙いは混乱である!混乱し恐れを抱けば奴らの思うツボ!汝らの使命を今一度思い出せ!雄々しく勇気を持って奴らに立ち向かうのだ!」

 それを聞いた彼らの足取りに迷いはなく、次々と降り注ぐ鉄球の雨の中に盾を構えながらすすむ。

 隣の者がが吹き飛ばされようとも土煙が舞い視界が不明瞭でも進み続けるのであった。


 ──しかし、このままでは城壁へ到着する前に戦力が崩壊してしまう……。……仕方ない。──

 シュワルツ卿は考え込んだ後、口を開いた。

「伝令!」

「ここに!」

 数人の騎兵が返事する。

「神官達を我が元に結集させよ!を執り行う!」

「はっ!直ちに!」

 伝令達は命を受けるとすぐさま、両翼にいる神官達に伝令を届けに走り去る。


 シュワルツ卿は城壁を睨みつけながら不敵な笑みを浮かべ、首元に下がる光教のタリスマンを強く握りしめながら呟いた。

「予定より大分早まったが……主の御力を見せ付け、奴らに絶望を味合わせてやろうではないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る