第8話 遠征⑸ 楔

 走る。走る。

 アルフィー達一行は振り返らず走り続ける。

 ジェミニコフ達との距離はかなりのものとなったはずだが、速度を緩める訳には行かない。

 つい先程、バリバリと空気の割れる雷鳴が轟いたからだ。

「ジェミニコフ殿の雷磔(サンダー・クルーシフィクション)だ。気の毒にな」

 前を行く先輩兵士が一瞬だけ振り返り、雷鳴の正体を告げた。

 それだけ言って再び前を向く。

 ジェミニコフ達が交戦したということは、第三勢力の実在が証明されたということだ。加えて先遣隊以外のこちら側の陣営の存在が露呈したことを表す。

「敵はすぐにでも追手を放つかもしれない。早急に森から脱出せねば……」

 前を行くもう一人の兵士が言う。

 一行は第三勢力の正体を目撃してないため、先遣隊をも倒してしまうほどの危険が迫って来ている、という緊迫感に襲われていた。


 先頭を切っていた先輩兵士が突然足を止め全員に止まるように手で合図を出す。

「どうされ……」

「しっ!」

 不安に思うルーシーの声をその先輩兵士が遮る。

「囲まれている……」

 その言葉を聞き全員が周囲を警戒する。

 全員走るのに夢中で気づかなかったが、やけに静かなことに気づく。

 入る時には時折聞こえた鳥のさえずり、小動物の立てる微かな音、そういった音が今ではひとつもしないのだ。

「微かにだが殺気がそれも複数、探知網に引っかかった。全員臨戦態勢に入れ。」

 全員が声を出さず、剣や魔導器を構える。

 アルフィーも鞘の留め具を外し大剣の柄に手をかけ、いつでも抜き出せるように刀身を僅かに覗かせる。

 暫く見えない目との睨み合いが続く。

「これでは埒が明かないな。……ルーシー・マクシス……と言ったかな。どうやら木属性の魔術を行使するようだが、隠れてるヤツらを炙り出せるか?」

 その言葉を待ってましたとばかりに得意気にルーシーは応える。

「はい!出来ます!」

「そうか。やってくれ」

「お任せ、……あれ!」

 そういうとルーシーは魔導器──木の枝が二つ絡み合い、頂きに水晶を戴く杖──を大きく振り上げ地面に突き刺す。

「《木よ。根を張り汝の眷属達に、触れる余所者を捕えるよう、要請せよ》」

 するとルーシーの杖の枝からニョキニョキと根が生え始める。

 ルーシーは杖を両手で支えるように構え目を閉じ集中していた。


 木属性の魔術は生命に干渉する魔術で適正の無いものは発動すら出来ない程困難な術である。

 希少な人材として重宝される木属性適応者は、普段なら研究職等に配属され前線に出るのは珍しいことである。

 しかし、研究職に着くのに必要な知能面で不適と判断されたこと、かつ本人も希望したことから、魔導兵実践部隊に投入される流れとなったのだ。

 こういった木々に囲まれた森での作戦においてはルーシーのような人材は重宝され今作戦への配属は歓迎されていた。


 ──ルーシーは抜けてるからな……。……俺が守らなきゃか。

 ユーマは観想に集中するルーシーを横目に溜息をつく。

 訓練校時代から何かと面倒を見てきたが、今回配属先が偶然にも同じだったことがユーマとルーシーの腐れ縁はずっと続く運命なのだと告げられたと思え、既に覚悟というより諦めは着いていた。


 一行の警戒が続く中、四方から「うおっ」「なんだ」と驚く声が聞こえた。

 そして影が木々の後ろから飛び出しその正体をアルフィー達の眼前に晒す。


 そこに現れたのは軽装鎧を装備し、腰のベルトにナイフ数本とアサシンダガー、その手には独特な形をした刺突に特化した短剣ジャマダハル──握り拳の先に刃が付きメリケンのように握るように持つ──を持ち、フード付のマントを羽織った全身黒ずくめの刺客である。

「まさか……聖王国の闇の刃、アサシン部隊か」

 先輩兵士の一人が唸る。

「あの!?噂程度の話かと思ってました……」

 アルフィーは訓練校時代に耳にした噂の部隊が目の前に現れたことに驚き先輩兵士に問いかける。


 彼らは元々、東の小国の戦士達だったが、聖王国が侵略・吸収した際、彼らの信仰する『闇夜の姫君』が光教の神の配下になることを条件に存続を許され、聖王国の暗部として、暗殺や諜報を担わせた特別実戦部隊だ。


「ああ、現にコイツらのせいで我らの指揮官は拠点を制圧した後にも枕を高くして寝れなくて困っている」

 そう言いながら先輩兵士は苦笑を浮かべる。

 そして表情を真剣なものに戻し叫ぶ。

「気をつけろ!奴らは闇属性の奇跡を行使する!目で見ているものが真実とは限らないぞ!それに伏兵に注意しろ!そこにいる六人が全員とは限らないぞ!」


 その声が合図となったかのようにアサシンたちはゆっくりと動き、ふっと煙ののように消えて存在が感じ取れなくなる。

 こうなると魔領域探知にも引っかからない。

 物理的に、つまり触れるかして認識するしかないのだ。


 だが、来るとわかっているなら魔導兵には通用しない。

「各自、自身の周り風魔術で2m程の探知結界の術式を組め!マクシスは広範囲に探知結界を張って周囲に動きがあれば報告せよ!」

「「はっ!」」

 各自が結界魔術を展開したその瞬間、投擲ナイフがルーシーめがけて飛んできた。

 ユーマが間一髪ナイフを剣で叩き落とす。

「大丈夫か!」

「うん、ありがと」

 お互い目配せして頷くとルーシーは術に集中し動く影が八つあることに気づいた。

「六人が我々を取り囲みながら隙を伺い、二人が挟む形で樹上で待機しています!」

 それを聞き先輩兵士が呟く。

「七対八……人数ではこちらが不利なわけか……しかしこのままでは埒が開かないな」

 そこでユーマが前へ進み出る。

「おまかせを!奴らを炙り出してみせます!」

「分かった。やってくれ!」

 そうしてユーマは魔導器の腕輪のハマった右手の指で輪を作り、呪文を唱える。

「《火よ。燃え広がれ》」

 そうして出来た指の輪の中に小さな火に、フーっと息を吹きかける。

 すると火は一気に放射状に燃え広がり、辺りを焼き尽くし始めた。

 堪らずアサシン達は姿を現す。

「くっ!」

 何人かは体に炎が燃え移り、消火しようとパニックに陥っている。

「かかれ!」

 号令とともに魔導兵達が切り掛る。


 その中にアルフィーの姿もあった。

 敵が人だと分かっていても躊躇いはなかった。

 殺らなきゃ殺られる。

 剣を引き摺るような構えで近付き、大きく踏み込む。

 その軸足を中心に身体全体を捻るが、想像以上に体幹に負荷がかかる。

 呻き声を漏らすも歯を食いしばり思いっ切り振り切る。

 回避に間に合わないと悟ったアサシンはダガーを構えて受けようと構える。

 しかし、あまりの衝撃に短剣は飛ばされ、大剣の切っ先がアサシンの身体をなぞるように斬り上げる。

 血飛沫を上げ、その返り血を浴びながらアルフィーはそのアサシンと目が合った気がした。

 アサシンは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

「フーッ……フーッ……」

 アルフィーは興奮して荒らげた息を整える。

 やがて精神は徐々に落ち着いてきたが、人を斬った感触はずっと手に残っていた。


 考えてる暇はないと周りを見回すと、姿を現した他のアサシン三名も、先輩魔導兵達が各個撃破したようだった。

「人数有利もなくなり、隠密術も意味をなさない。これで完全に形勢逆転だな」

 どこからともなく「チッ」と大きな舌打ちが聞こえたかと思うと、上方からガサガサと音が聞こえた。

 そしてルーシーが報告をする。

「敵四名、森の奥への撤退した模様!」

 報告を聞いた先輩兵士は皆に命じる。

「よし!この隙に一気に森を抜けるぞ!」

 そして皆一斉に森の入口向けて走り始める。


 途中、敵の行為に疑問を感じたアルフィーが先輩兵士の一人に問いかける。

「何故あのアサシン達は撤退したのでしょうか。膠着状態のまま時間稼ぎし、増援が来た後一気に叩けば倒せたかもしれないのに」

 先輩兵士は一瞬考えて答える。

「奴らにそこまでする程の忠誠心は無いのさ」

「忠誠心……ですか?」

「ああ、元々は他違う国の戦士だった奴らだ。いくら侵略され従っていたとしても、不利な状況で無駄に命を散らす程の義理は持ち合わせていなかったのだろう。植民地から徴兵する際に生じる弊害みたいなものだ」

「なるほど……理解しました」

 納得のいく返答を貰えたが、アルフィーの中にはまだしこりが残っている様子だった。

「まだ何かあるようだな」

「いえ……ただ、あのまま戻ったらタダじゃ済まないのではと思いまして……」

 またその先輩兵士は考えるように宙を見つめ答えた。

「おそらく……な。……ただまぁ、我々がわざわざ心配することもなかろう。あくまで敵の事情に過ぎないよ」

「そう……ですね……」

 アルフィーは自分でも何故、敵の事情まで思考をめぐらせているかは分からなかった。

 しかし、先程の戦いで人を切った感触が未だ生々しく手に残る。

 自分と同じように生きている人の命を奪ったという実感が、敵も自分と同じ生ある人間だとアルフィーに認識させたのかもしれない。

 しかしここはまだ戦場だ。ちょっとした迷いが命取りになる。

 アルフィーは雑念を振り払うように頭を振り、走ることに専念した。



「出口が見えたぞ!」

 久し振りに見る輝く陽の光が目の前に現れ、水中で空気を求めてもがきながら浮上するように、一行は忌まわしき森を早く抜けたい思いから、疲労で引き攣りそうになる足をより一層早く動かす。

 そして森を抜け、その身いっぱいに陽の光を浴びるとその場に皆へたり込んだ。


 皆、肉体の疲労はもちろんのこと、いつ襲われぬとも分からぬ危険に晒され続けたことで、精神的な疲労も祟って既に限界だったのだ。


 そんな一行に何者かが駆け寄り声が掛かる。

「諸君、よく戻ってくれた。そして応援に行けず、すまなかった」

 声の主はブルムバーグ兵士長だ。

 隊が大打撃を受けたことにより責任を感じているのか、いつもは澄んだ彼の瞳は若干曇ってるように見受けられた。

 しかし、帰還した部下達にこれ以上の不安は与えないようにと、毅然とした態度を取り、労いの声を一人一人にかけている。

「ここからの君たちの安全は私が保証する。さぁ馬車に乗りアッシャールへと戻って体を休めたまえ」

 そして兵士長は立ち上がると号令を発した。

「ブルバーグ小隊はこれより帰還する!」

 一行が他の兵に肩を借りるなどし、覚束無い足取りで馬車へ向かう中、ユーマは兵士長にあることを尋ねる。

「すみません、兵士長……」

「ん?なんだね」

「ジェミニコフ殿や、他の方々は……」

 その問いにブルムバーグは苦痛に顔を歪め言葉を絞り出す。

「残念だが……」

 そう答えると沈黙する。

 ユーマはその沈黙の答えが何なのか察する。

「そう……ですか……」

 心の中で「ちくしょう」と悪態をつき、唇を噛み締め拳を強く握りながら、アルフィー、ルーシーへ合流し馬車へ歩を進めた。

「もっと俺に力があれば……」

 ユーマのそのつぶやきをアルフィーだけが辛うじて聞き取っていた。

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