61話 ニードル 穿つ針

「ぐっ……女一人を捕まえておくのに大層な物を使うのだな」


「か弱いレディなら丁重に扱うさ、だが指で銃弾を弾いてそこらのピストルと変わらぬ威力を出すようなのを、自由にさせてちゃ何をしでかすかわからない、君の身一つで危険だと判断した。少々人道的じゃないが、我慢してくれると嬉しい」


 一つの扉以外は外の情報を全て遮断するように、灰色のコンクリートが圧迫感を与える取調室。天井に吊るされた小さな電球だけが部屋を照らし、少々薄暗い。そんな場所に朱里は手錠をかけられ、椅子に厳重に拘束されて座っていた。普通の人間にならばやりすぎで問題になるだろうが、サイボーグの朱里を抑えるためには、これでも足りないほどと言えるだろう。


「それじゃあ僕はこれで。後は素直に取り調べを受けてね、朱雀さん」


 朱里がしっかりと拘束されていることを確認すると、宗玄は取調室から退出していった。玄武のスーツを着たままここに来たことから、てっきり暴れださないように監視をするものだと思っていたのだが、そうではないらしい。


 朱里の前に机を挟んで座る、眼鏡をかけた黒髪の女性。彼女がどうやら取調官の様だ。扉が閉まったことを確認すると、机に置かれた書類を手に取った。


「では、取り調べを始めます。まず最初に、あなたには黙秘権というものがあり――」


退屈な時間が始まった。名前やらベルゼリアンを倒す動機、武器はどこから手に入れたのかなどの質問攻め。もちろん朱里は何も答えるつもりもなくただ黙秘を続けるのみだ。





「ずっと黙ったままですか、困りましたね……素直に話してくださった方が、ここに居る時間も少なくて済むのですが……」


 取り調べが始まってどれほど経っただろうか、時計の無いこの部屋では正確にはわからないが、恐らく数時間は経過しただろう。その間朱里が一言も話さないものだから、取調官も堪えてきたようだ。座ってばかりでは疲れると朱里の周りをゆっくりと舐め回すように回りながら圧をかけてくるが、朱里はそのぐらいで動じる訳もなく、全く効果は無い。


「それにいい加減、その仮面を外してはもらえないでしょうか」


 取調官が朱里の顔をじっと睨みつける。その素顔を隠す仮面はこの薄暗い部屋の中でも変わらず妖美なな輝きと美しさを放つ。連行される際に無理矢理外されそうになることもあったが、朱里が朱雀と化している限り力尽くではどうやっても外せないように設計されている。


「……これも応じる気がない、ですか……我々も世間のヒーローに手荒い真似をしたいわけでは――きゃっ!?」


 この空間に似合わぬ煌びやかな装飾を強引にも取り上げようと取調官は仮面に手を伸ばすが、中々口を割らない相手への取り調べに疲れていたのか、机に足を躓かせ、バランスを崩した。朱里の方向に倒れそうになるところを、朱里は拘束された体の動ける範囲を器用に使って、そっと受け止める。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 顔と顔とが急接近、何も答えず無愛想だと思っていた、仮面越しでもわかる朱里の整った顔に、思わず取調官の顔が赤く染まる。


「こ、こんな時だけ喋り始めて!」


 相手は世間でチヤホヤされているとは言え、武器を携帯する危険人物、しかも仕事の相手である犯罪者……不覚にもときめいてしまったことを後悔しつつ取り調べは続く。





「こちら先行隊。目標を目視で確認、現在は沈黙している模様。現在地点で待機します」


「了解、ターゲットの動向と念には念を入れて逃げ遅れた人が居ないか確認してくれ。全員配置に着いたら一斉に射撃で仕留めよう」


 先行してターゲットの近辺の状況を確かめに行った先行隊からの連絡を受けた宗玄は、玄武を身に纏い黒鉄部隊を引き連れ現場へと向かっていた。突如街中に現れた特殊生物を駆除するため、今日二回目の出撃だ。


「しかし、今度の奴は酷いですね……物的被害が甚大だそうです」


「巨大な針を360度全方向に射出か……特殊生物は人を食うために活動してるって話じゃないのか、こんなのただの破壊活動だろ」


 引き連れている部隊員の声が通信機越しに聞こえてくる。今回現れたのはハリネズミ型の特殊生物。山奥から街に姿を現したかと思えば、背中に生えた数秒で生え変わる針を辺り一面に発射。放たれた針はビルに道路に店に人に無差別に突き刺さり、普段の日常を破壊していく。その攻撃は無尽蔵に思えたが、流石に限界があるのか今は街の中央を我が物顔で占領し眠っているのだ。


「今の所避難の時間は稼げたとは言え、またいつ動き出すかわからない……針串刺しなんてこと、二度とやらせるわけにはいかないんだ! そろそろ着くぞ、各員準備せよ!」


 宗玄は現場で起こっている惨劇を思わず想像してしまう。壊れる安寧に消えていく命。それらが頭に浮かぶだけで心の奥にある正義感が宗玄の中で燃え上がる。それと同時にアクセルを強く踏み込み、これ以上の惨劇を防ぐために特性課は加速する。戦いの火蓋が切られるのはもうすぐだ。




「全員所定の場所に到着、いつでも行けます!」


「こちら玄武、了解。では自分の攻撃を合図に一斉射撃を開始する、対象を殲滅するぞ」


 宗玄が現場についた頃には既に、特殊生物は完全に包囲されていた。もはやどこにも逃げ場はなく、鎮圧も時間の問題に見える。満を辞して、取り囲む銃口がターゲットに向けられた。


「3、2、1、射撃開始!」


 宗玄の合図とともに銃口が火を噴いた。辺りに溢れんばかりの銃声と閃光。敵に放たれた、数百、いや数戦もの弾丸がその命を奪わんと向かっていく。ここまでの攻撃を受ければどのような生物であろうと蜂の巣になり生き残る事は出来はしない。そう作戦に参加する誰もが思っていた。


「射撃止め! どうだ、弾だって特注の物だ、これだけ浴びせれば……」


 マズルフラッシュの嵐が止み、宗玄達の前に一斉射撃を食らった敵の姿が露になろうとしていた。流石にこれで今回の仕事も終わりだろうと誰もが思っていた時、その気の緩みが吹っ飛ぶような光景が目に飛び込んで来る。


「お、おいまだ生きて……ッ!? 針だ! 針が生えてやがる!」


「まさかまたぶっ放してくるんじゃ……早く隠れろ!」


 宗玄と隊員たちが見たのは、全身から生やした硬い針を防御に使い、銃弾を全て跳ね除けた敵の姿だった。今まで散々暴れ疲れて居眠りでもしているのかと思われていたが、ここぞというときに目覚めたのか、それとも眠ってはおらずにこの機会を虎視眈々と狙っていたのか、ともかく射程範囲内の獲物に一瞬の気の緩みが生まれるこの絶好のタイミングで、攻撃を再開したのだ。


「た、盾が……うわぁっ!?」


 宗玄の耳に、攻撃を受けた隊員たちの悲鳴が届く。もちろん反撃されることは想定の範囲内。前面にライオットシールドを持った隊員を配置させていたのだが、敵の攻撃はそれを物ともせず貫いていく。黒光りする強大な針は鋭いだけではない。ただ単純な質量を持った物体が超高速で発射されてくる。それだけで十分すぎるほどの脅威となり、防御手段を次々と打ち砕いていく。それほどの攻撃が終わりなく続いていく。現場は一瞬にて地獄と化したのだ。


「くそッ! 各員遮蔽物を使え、盾程度じゃ弾き飛ばされるぞ!」


 所々から聞こえる阿鼻叫喚、そんな中で宗玄は少ない隊員と共に、崩れたコンクリート壁の背後に隠れ攻撃をやり過ごしていた。後ろに隠れていても伝わってくる針が衝突する振動。いくら分厚い壁であっても所詮はコンクリート、いつかは破壊されてしまうのが目に見えている。だからと言って自分だけ逃げ出す事は、宗玄にとって絶対に出来なかった。


「僕らはとんでもない奴を起こしたってことか……! なら落とし前も僕らでつける責任がある!」


 宗玄は思い切ってコンクリートの壁から勢いよく飛び出した。人々の平和を、自らの部下である者の命を守るために。具体的な案は思いつかないが、奴の命を奪いさえすればこの攻撃も止まるはずだ。危険だと告げる理性よりも体が勝手に動き出す、正義に燃える一人の警官。その遥か上空に、一筋の光が現れる。その正体は、宗玄も良く知る”奴”だった……

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