11話 デザイア それぞれの思い
「愛ちゃん、大丈夫かな……」
「治療は咲姫さんのところでやってくれているし、今は待つしか無いと思う」
里美が唇を噛みしめながら視線を下に逸らす。里美たちの居るいつもの2年A組の教室が今日はやけに静かに感じる。四人で笑ういつもの昼休みの光景はそこには無く、里美と七恵は二人だけで寂しく昼食を取っていた。
「あれから青木君も学校に来ないし……」
七恵はあの紅神邸での事件を思い出す。あれから数日、里美と七恵はバイトの期間を終えて普段の生活に戻っていたが、愛と龍二はそうはいかなかった。愛の傷は早急な応急処置と紅神家に居た医者によって何とか一命を取り留めてはいたが、意識は未だに戻っておらず、咲姫は完璧な治療と学校や両親への説明に全力を尽くすと約束をしてはくれたが、心は穏やかではない。特に龍二はあの日から学校に現れず、里美や七恵の前からは姿を消していた。
「龍二、そうとうショック受けてたみたいだもんね」
「無理ないよ、あんなに強い相手が急に現れてさ……」
二人はあの直後の龍二の事を思い出す。愛の元に行こうとと痛みに悶えながらふらふらと愛の運び込まれた部屋にやってきて傷の状態を聞くと、悔しそうに肩を震わせ、こちらに顔を見せずに去っていった今まで龍二の見せたことが無いあの姿は、二人にとって忘れられない姿だった。
二人の間に無言が続く、こんな時に空気を和ませてくれていた愛は今この場に居ない。あの怪物の男の姿をフラッシュバックした七恵が耐え切れずに沈黙を破る。
「あんなのがまた近くに現れたりしたらさ――」
七恵がポツリと呟く。震えた声に涙を浮かべながら、脳裏に浮かぶのは凶悪までのパワーで龍二や朱里を思うままに叩きのめし、愛の血で塗れた自分の顔を舌で舐め回しながら放たれた、あの狂気に満ちた笑い声。恐怖に心を支配されるような感覚に呑まれた七恵が、言葉を続ける。
「――私達、生きて帰れるのかな」
「ったく、散々な目にあったぜ」
「お帰り『ユニコーン』 どうやら調子は良くなかったみたいね」
豊金市の郊外、人の全く寄り付かない廃工場に怪しい人影が三人集まっている。一人は色白の肌に季節違いのロングコートが特徴の男、もう一人はふんわりとしたボブの髪に真っ赤なルージュが色気を醸し出す女、そして最後は、紅神邸を襲い、咲姫と龍二を圧倒したあの男だった。
「ディナーの時間にイレギュラーが多すぎた。『機械混じり」に『同属』なんて不味い奴らが揃って邪魔をしてきたとなれば、興をそがれる」
「へぇ、イレギュラーねぇ……面白そうだし、次は私も手伝おうか?」
「そいつは良いや、『ピクシー』がいりゃ俺は百人力だぜ」
ユニコーンが豪快に笑いながらピクシーと呼ばれた女の肩にそっと手を回し、唇と唇を重ねた。数秒にわたる情熱的な接吻をしていると、手を鳴らしながら上の階からロングコートの男が下りてくる。
「素晴らしい愛情だ、お熱いことで羨ましいなぁ」
ロングコートの男が鼻でヘラヘラと笑いながら肩をすくめた。ユニコーンは男が気に入らないらしく、舌打ちをする。
「揶揄うんじゃねぇぞ秘密主義、お前……奴らについても何か知ってんじゃないだろうな?」
「ひどいなぁ、秘密主義って……上との板挟みになってる僕の身にもなってほしい物だよ、まぁ機械混じりについてはともかく、同属って子は心当たりあるだけどさ」
「ほう、心当たりねぇ、俺ら以外にあんな力を持つ者……一体何者なのか教えてもらいたいなぁ」
ユニコーンが挑発的な笑いを浮かべながら男に問いかける。
「言える範囲で言うならば奴は……『欠陥品』って所かな、これ以上は言えないけど、目障りなら壊しちゃってもいいそうだ。次やる時は遠慮なく、ね」
ロングコートの男がコンクリートの柱に寄りかかりながら、ニヤリと笑みを浮かべる。その瞳は赤く、この暗い廃工場の中で妖しく光っている。
「チッ、やっぱりつまらん秘密主義じゃねぇか。だが壊していいってのは気に入った……次は採算度外視で完全に消してやる。なぁピクシー?」
「えぇ、一方的に食べるだけってのも飽きてたとこだし……骨のある相手も楽しみだわ、フフフッ」
「それに、あいつの周りにいた女も上質だった……ハハッ、最高のディナーが待ち遠しいぜ」
彼ら以外に人の居ない工場地帯にユニコーンの高笑いが何重にも響き渡る。闇夜の暗黒の中で彼らは次の一手を打つ日はいつかと虎視眈々と狙っていた。
「そこかぁぁ!」
豊金高校の裏山とは違う、名も知らぬ山の奥で、龍二が青龍の姿となって人喰らう怪物ベルゼリアンを一人狩っていた。背後から噛みつこうと飛びかかってきた、中型の動物型ベルゼリアンを振り向きざまの一閃で両断する。
「ダメだ、どれだけの敵を倒しても奴の強さには程遠い……これでは奴に追いつくことなど!」
龍二はイラつきのあまりに近くの木に殴打を加える。幹が大きく揺れ、上から葉がパラパラと降ってくる。あの紅神邸の事件が起きた日から彼はずっとこのようなベルゼリアン狩りを続けてきた。
その目的はあの日あっけないほどに圧倒され、愛を傷つけたあの男……ユニコーンに勝つ力を得るため。しかし、ユニコーンに匹敵するほどの力を持った相手などどこにも現れず、闇雲にフラストレーションをベルゼリアンにぶつけ続けていた。
「どこだ! 奴に勝つために、俺は強い相手と戦わねばならん! 強い相手はどこに居るんだぁ!」
感情のままに剣を大きく振り、周囲の大木を切り裂くと、息を荒げながら頭を抱える。ユニコーンたちが次また人を、愛達を襲うのかはまったくもって解らない。だからこそ、一分一秒でも早く力を付ける必要があるのに、今までこれほどの敗北をしたことが無かった龍二にとって、これほど力を付けようとすることがもどかしいとなど思っていなかった。
「力が……力が必要なんだ……俺は……愛を、愛を――ッ」
その場で膝をつき、声を震わせながら龍二は愛の事を思い出す。一人で戦う自分に共に戦うとしつこいほどに引っ付いてきて、危険を顧みずに戦いの場所にまで首を突っ込んでくる愛の事を邪魔な存在だと思っていたはずなのに……赤く血で染まったメイド服、苦痛に歪んだ表情を思い返すと、心が痛む。あの屈託のない笑顔が、友達と笑いあう青春が、そして何より自分の孤独の底に手を伸ばしてくれた、愛の命が、幸せが、脅かされた事。
龍二は今までの人生で感じたことのないほどの怒りを感じている。奴らと戦うその意味が、今やっと見えた気がした。自分には命を懸けて守りたい大切な笑顔がある。その笑顔を曇らせる相手とは、どんな強い相手だろうと戦う! そのための力を付けるためには――
「行くか、あいつの元に!」
龍二が『あいつ』の元に向かうために全速力で山の中を走り抜ける。その目に、迷いなど一つも有りはししなかった。
「パーツのコンディションはどう? 動きにくい所は無いかしら」
「コンディション良好、問題はありません。すみません……私とあろうものが無茶をしました」
昼下がりの紅神邸、あの事件で体中を破損した朱里の修理が咲姫によってようやく完了した。見た目こそ変化はないが、その性能はさらなる進化を遂げており、朱雀はパワーアップを遂げていた。咲姫は連日の作業がやっと終わった安堵で穏やかな笑顔を浮かべ朱里と話し、お嬢様のような口調はなりを潜めている。
「いいのよ、あの時に助けに行けたのはあなたしかいなかった、一つの命を間一髪で救った朱里を私は誇りに思ってるわ。それに、私はあなたが生き続けてくれてれば、それで――」
最初は朱里を誇りに思うと笑顔の咲姫だったが、言葉の最後には愁いを帯びた表情を見せ、顔を俯けた。
「お嬢様、私はこれからもお嬢様の傍で生き、そしてお嬢様を守ります。どうかご安心ください」
その憂いを帯びた表情を見た朱里が、玉座に座る咲姫に跪いて、手の甲にそっと唇を寄せた。突然の行動に咲姫は頬を赤らめてたじろぐも、すぐに微笑みを取り戻した。
「ありがとう朱里、これからもよろしくお願いね。ところで、遠藤さんの容態はどうなのかしら」
「容態は安定しております。完治には遠いですが意識が戻るのも、もうすぐかと」
咲姫は未だに紅神邸の中で目覚めぬ愛の事を心配していた。傷口は大きく、出血多量ではあったが一命を何とか取り留めた愛を、朱里は屋敷に常在している医師と共に看護してきた。
「それは良かったわ、あの場に巻き込んだのも私たちのせいだし、きっちり責任を取らないとね」
「申し訳ありません、私が不覚を取りさえしなければ……ですが、強化されたこの体で次こそは」
咲姫も愛達を巻き込んだあの事件については責任を感じていた。自分の、いや紅神家の技術の結晶である朱雀に絶対の自信を持っていた。だからこそ次の敗北は許されない。そのための朱雀の強化だった。
「ふふっ、頼もしいけど無茶はダメだからね?」
咲姫が朱里に向けて微笑んだ。朱里も咲姫の前では冷徹な面を忘れ、優しい笑顔を見せる。親密な雰囲気が二人の間に流れ、心が穏やかになる。修理に追われていた二人にとって久しぶりの時間だった。
そんな時間を堪能して数分、二人の濃密な雰囲気の前に部屋に入れずに、扉の間からこちらを見て気まずそうにしているメイドの姿を咲姫が見つけた。
「ななな、なにかあったんですの?」
咲姫が慌てて咳払いをして話を聞き、話し方も元に戻った。メイドも部屋に入ってきて報告を初める。
「あの、お嬢様と二宮さんに会いたいと言う男が門の前に来ておりまして」
「今日は客人が訪ねてくる予定はないはずですが」
朱里が服のポケットから小さなスケジュール表をめくって確認をする。来客などの予定はすべてここにメモされており、今日の予定は何もないはずだった。
「ですからお帰り頂こうと思っていたのですが、その……青龍と言えばわかるだろうと言っておりまして」
「青龍……奴か」
青龍と言う言葉を聞いたとたんに朱里の顔が険しくなる。青龍、あの事件の時に拳と刃を交えたベルゼリアンの一体。愛達とは仲が良いようであったが、それでも朱里と咲姫にとっては倒すべき対象だ。
「いいわ、通してあげて」
「お嬢様!? 何をするか分からないのですよ!?」
朱里の考えに反し、龍二を部屋に通すことに決めた咲姫を、朱里は納得が行かずに問いただす。
「確かに、あの男も私たちの敵ではあります。ですが、この屋敷を襲いたいならばわざわざ正面から会いたいなどとは言ってくる必要はないはずでしょう?」
「それはそう……ですが」
言いよどむ朱里、確かに以前この屋敷に来た時も平然と塀を飛び越えてきたことを考えると、龍二のやっていることは問答無用で襲うには必要のない行為だった。
「それでは、お客様をお呼びいたします」
メイドがそう言って龍二を部屋に呼ぶために出て行った。朱里はスカートの中の護身用ナイフの在りかを確認していざの時の為の戦闘態勢を取る。一転して部屋に緊張感が走った。
「お嬢様、お客様をお連れしました」
メイドに連れられた龍二が真っすぐこちらを見つめたまま、少し早足でレッドカーペットの敷かれた階段を上ってくる。いつもの無愛想な顔はそのままで上に居る咲姫達から視線を逸らさない。
「ごきげんよう青龍さん、急に乗り込んでこられてどのような御用かしら」
階段を上りきり咲姫の前までやってきた龍二を、芝居がかった口調で余裕を演出しながら威圧する。しかり龍二は微塵も物怖じせずに言葉を発した。
「俺の要件は簡単だ、しかし俺のような怪物の意見や願いを聞くつもりなどそこのメイドには毛頭無いのだろう?」
龍二は視線を朱里に向け、あえて挑発をするような笑みを浮かべて言葉を投げつける。彼の目的は最初から咲姫ではなく、朱里なのだ。
「当たり前だ! 貴様らベルゼリアンを全て滅することが私たちの使命! 忘れたとは言うまいな!」
朱里が語気を荒げながら龍二を睨み付ける。朱里が戦闘のための構えを取り、緊張感がその場に張り詰めた。龍二と朱里、この二人の間に再度訪れる一触即発の状況。
「それでいい。俺にも時間は無いんだ、要件ならそこの令嬢の命を貰いに来たとでも思っておけ、だからこそ――」
「俺と戦え、朱雀――ッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます