14. 北の町から流れ流れて
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俺にどう説明しろというんだ。思わずため息を零す。
タクシーは、校門から少し走ったところ、ガードレール脇に停車している。歩道を行く城東生たちが窓の外から覗き込んでくる。
「……あんたらね、黙ってたら何も分からんよ」
運転手がミラー越しに俺たちを睨めつける。肩幅の大きい彼女が腕を組んでいると、かなりの威圧感がある。
学校前でいきなりの拉致である。運転手としては犯罪に加担させられては堪らない。車を停めて事情を聞こうという判断は尤もなものだ。
先ほどから運転手は質問を繰り返した。駅に何をしに行くのか。学校はよいのか。俺との関係は。二人は答えようとしなかった。吉奈はふて腐れたように窓の外を見ている。河津は不満気に口を尖らせている。
運転手が俺の顔を見る。
いや、俺に説明を求められても困る。事情を知りたいのは俺の方だ。
「……吉奈、河津。何がどうしてこうなったのか、俺も知りたいんだが」
「はあ?」
吉奈は責めるように語尾を上げた。理不尽な反応に胸がむかつく。
「はあ、じゃないだろ」
睨み合いになる。いい加減こちらの我慢も限界だ。
「伊東くん。今日は何の日かな」
反対側の席で河津が言った。問い質すというより確かめるといったニュアンスの強い口調だった。
「……何の日って、普通の火曜日だろう?」
俺がそう応えると、河津は「あーそこからかー」と指を鳴らした。
「まさか知らないとは思わなかったよ」
「何なんだ、一体?」
「今日、天城がこっちを離れるの」
吉奈が答える。心なしか口調が柔らかくなっている。
「……そうだったのか」
「何で知らないのよ」
「何でと言われてもな。登校するのは先週が最後だと聞いてはいたが」
そうか。今日で天城は……。
「今からで、間に合うのか?」
「間に合わせるの」
「天ちゃん、八事から鶴舞まで地下鉄、そこでJRに乗り換えるはず」
「
「それで鶴舞か」
吉奈と河津が俺を見て頷く。
天井を見上げる。大きく息を吸う。そして吐く。
「運転手さん」
俺が呼びかけると、彼女は閉じていた目を徐に開けた。視線がバックミラー越しに届いてくる。
「……それは、愛なのかい?」
「はあ?」
面食らっている俺の両脇から、吉奈と河津が身を乗り出した。
「そうです!」
二人の声が重なった。
「いや、ちょっと、」
「少し飛ばすからね、ちゃんと座ってなさいよ」
「はーい」
「最高速でお願い」
「だからそうじゃ、」
俺の抗議はシフトレバーの音にかき消された。タクシーが猛烈な勢いで走り出す。
「私にもね、そんな時代がありましたよ。若かったねえ。私の生まれは北の町でね、流れ流れてここまで来たんだけどね。その頃ね、いい人がいたんですよ。でも親が許してくれなくて。何しろ学生だったからねえ。だから二人で町を出ることにしたんですよ」
「すごい、駆け落ちだ!」
河津が目を輝かせる。
「あの日は寒かったねえ。九時ちょうどの夜行列車に乗ろうって約束だったんだけど、家を抜け出せたのがもうギリギリでね。着の身着のままでタクシーに飛び乗って。そしたらその運転手がね、当時はまだ珍しかった女の人で。こう、気風のいい人でねえ、速度制限も信号も無視して間に合わせてくれたんですよ」
「何それ格好いい! 姐御肌!」
「もしかしておばさんもそれでタクシーに?」
吉奈が訊くと運転手は照れくさそうに「ええ」と頷いた。
「じゃあじゃあ、その相手の人とはそれからどうなったんですか?」
河津の質問に、運転手は「ほら、この写真」と、顎でダッシュボードを指した。
「こないだ孫が生まれてね」
「えー、かわいーい!」
「ハッピーエンド過ぎでしょ」
「演歌みたいだよね!」
「……」
俺は口をつぐんだままタクシーの天井を見上げた。
ときに女性は人の話を聞かなくなる。うちの母や涼歌にもよくあることだ。
そうしたときにはどうするか。俺にできるのは黙って天を仰ぐことだけだ。
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