衝撃(3)


 対人戦で格上殺しジャイアントキリングというのは珍しいことではない。

 モンスターは奥の手を隠さないが人間は状況によって隠す。ナノマシンによって思考を操られるモンスターは身体能力を抑制セーブしないが人間は抑制セーブする。

 そして人間には社会的な地位や外交による情勢の強弱があり、力を出しきれず負けることもまたある。

 だから対人戦で格上殺しジャイアントキリングは珍しいことではない。


 珍しいことではないが――。


「は? は? は? あ……ああ……ありえない! ありえないわ!!」

 絶叫が相原館内部の修練場に響く。木製の床を叩く鋭く硬質な音が響く。

「相原流。四式ししきが三。六十四手が四『双虎そうこ』」

 天門院春火の眼前には深く身体を沈み込ませている浩一の姿がある。

 呻き声。浩一が力強く握りしめた飛燕のが春火の腹部に埋まっている。

 同時に浩一が片手に持っていた鉄鞘が翻り、国民的アイドルの背を強く打つ。

「ぐッ……はッッ!!」

 衝撃によって、今も打ち込まれた柄が春火の内臓を圧迫する。メキメキと音を立てて春火の骨格が軋む。翻った鉄鞘によって背骨が衝撃で震える。

 もちろん背骨はミスリル製の金属骨格に入れ替えている。

 春火の肉体は鉄鞘ごときでは破壊されない。だがオーラを纏った斬撃を受けていたなら体ごと両断されていた。

 ゆえに、春火の肉体が無傷・・であっても、試合としての判定は致命傷・・・だ。

「勝利! 火神浩一!」

 機械的なアリシアスの判定が飛ぶ。まただ。また負けた。

 五十戦して五十敗。それが春火と浩一の試合の、春火の戦績だ。ありえなかった。

 なぜSランクがB+ごときに敗北するのか。ただの一敗すらありえないというのに五十敗も……!

 アリシアスによる簡単な精神の治療が春火に行われ、即座に立てるようになったものの、屈辱にマイクスタンド型のレイピアを持つ手がプルプルと震える。

 開始位置に戻っていく火神浩一が小さく何かをつぶやいたのが聞こえた。

「これがSランクの本気なのか? さすがにこんな結果じゃ戦霊院の説得はできないぞ……」

 本気で戦っている。だがなぜか勝てないのだ。春火は悔しさに唇を噛みしめる。何かがおかしかった。こんな結果じゃなかった筈なのに。


                ◇◆◇◆◇


 時は試合前へと戻る。

 開始線に立つ浩一と春火。彼らと自身を隔てるようにアリシアスによる障壁がアリシアスの周りに貼られた。

「では、わたくしは審判役として精神と肉体を乖離させますので五十戦が行われるか、浩一様が敗れるまでそちらからの問いかけには応えられませんのでご了承ください」

「おっけ、私対策・・・ね。りょーかいりょーかい」

 春火がアリシアスに返答する。

 精神と肉体の乖離。アリシアスの行うそれが範囲系の状態異常対策だということがこれから戦う二人には理解できた。

 恐慌や発狂、催眠、魅了や混乱などのバッドステータスを審判が受けた場合、試合判定がそれを行った人間に有利になってしまう。

 それを避けるためにアリシアスは予め自身の身体にある一定の式を設定し、意識と身体を切り離そうというのだ。

 この状態異常回避方法はあまり対応力が高くないため、めまぐるしく戦況が変化する戦闘などには使えないが、こういった野良試合の審判には十分な効果がある。

 ぐっぐと準備をするように身体を軽く動かした春火は、ま、五十戦分もいらないし、一戦で終わりよねといったようにマイクスタンドにも似たレイピアの柄頭を口元に寄せる。

 その靴先は、タンタンタンと木製床を叩き、リズムを取っている。身体は温まっている。春火はいつでも戦えるといった風情だ。

 対する浩一は地面にべたりと四肢を付け、身体を屈めている。スカートの下でも覗きかねないその姿勢は春火は内心で苦笑する。

 浩一が呟いた。

「相原流四式が一式。六十四手が二十五手。『地擦蜘蛛じずりぐも』」

 これが武術ってやつかと春火はリズムを取りながら口笛を吹く。

 専攻科『アイドル』はゼネラウス式の職業分類法だと後衛職だが、春火は四鳳八院の一員として恥ずかしくないように近接戦闘術はひと通り収めているし、教育装置と一流の師による指導によって一流並の戦いもできる。

 だがこうやって達人級・・・の近接職と試合をするのは初めてだった。

 とはいえ、春火に接近することなど不可能だ。残念だけど、私が勝つからね。なんて思いながら春火はアリシアスの開始の合図を待ち。

「では、試合開始!」

 アリシアスの声と同時に春火は息を吸い込み、瞬間――春火は浩一を見失った・・・・

(ばッ。ありえ――否、大丈夫! 一言でも私が言葉を発せば……)


 既に戦闘前に準備ステップは済ませていた。あとは一言でも音を発せば――


「相原流四式が三式。六十四手が一手。『獅子吼ししく』があらため、『小猫鳴こねこなき』」

 だが全てが遅かった。いつのまに現れたのか浩一が鞘のままの飛燕を弓引くように引き絞り、「火夢ファイアドリーム、わた――」自曲を歌おうとした春火の腹部を打点として、筋力任せに飛燕の鞘で春火の身体を宙空に打ち上げている。

「勝者! 火神浩一!」

 アリシアスの宣言が聞こえる。しかし内臓を特殊な技法で叩かれ、反吐をぶちまけながら空中に吹き飛んだ春火の頭は混乱の極地だ。

(なに!? なんなの!? なんであのタイミングであいつが!? どういう!? 否、それにそもそも私は歌って――)

 衝撃に声は出ない。混乱は収まらない。春火に立て直す暇は与えられない。

 それもそのはず、実は浩一はアリシアスに指示を受けていた。


『とりあえず五十戦は真面目・・・に戦わず、勝ったら追撃し続けて勝利を重ねてくださいな』


 だから・・・春火の着地地点に浩一は待機している。また宙空の春火の身体に即座にアリシアスによる治療が行われ、その身体は強制的に万全にされる。試合は続く・・・・・。「二式四十四手。『天馬脚てんまきゃく』」浩一の膝の上に落ちてきた春火の腹が再度ぶち抜かれる。

「勝者! 火神浩一!」

 アリシアスの宣言が飛ぶ。春火の身体はボールのように再び宙空に飛ばされ、血液混じりの反吐をぶちまける春火の身体に治療が行われる。後衛とはいえSランクの肉体だ。B+ランクの浩一に蹴られた程度、自然治癒にして一秒も必要がない負傷。だがアリシアスに治療されてしまった。

 肉体が万全になってしまうことで試合は続いてしまう。これは春火の不備だ。試合形式の全てを春火は決めなかった。

 一戦ごとに仕切り直すように言っておくべきだったのだ。抗議しようにも、アリシアスは既に試合を審判するだけの装置となっている。

 だがそれらとは別に春火の思考を埋め尽くすのは、どうしてこんな簡単に行動不能にさせられるのかという疑問だ。

 敗北している、そのことに対して春火は精神に衝撃を感じている。

 肉体は強制的に行動を停止ディレイさせられて、動けなくなっている。


 ――だが、死は感じない。


 浩一の攻撃には春火を決死にさせるほどの打撃力が足りない。だから考えてしまう。必死になれない。しかし負けている。

 そもそも具体的に浩一に対策する方法が思い浮かばない。

 何故か・・・手玉に取られてしまっていた。間合いを支配されている。イニシアチブを取られてしまっている。

 いや、否だ。なぜ浩一はステップで準備を終えていた春火の声を聞いていながら――


 ――魅了・・されて・・・いないのか・・・・・


 浩一に頭部をサッカーボールのように蹴り飛ばされ、黒星を一つ稼ぎながら春火はアリシアスを見る。その肉体はきちんと春火の声に魅了・・されている。だが肉体に精神が入っていないため、その身体は春火を守るために動こうとはせずただただ試合の進行を行っている。

 Eランクの太刀である飛燕で首をぶっ叩かれる。治療。反射的・・・に春火は浩一に手を伸ばすものの、その肉体を引きちぎることはできない。上手く力のベクトルをそらされてそのまま絞め技を食らう。アリシアスが敗北を告げる。治療される。締められたまま肩を外される。黒星。浩一が離れる。ふらふらと立ったまま、ステップを踏もうとするも蹴りが飛んでくる。合わせようとしたらそのまま足先が変化して頬を蹴り飛ばされる。黒星。屈辱に心が震える。

 浩一が離れる。治療が行われる。距離が離れている。ステップなしだが、技芸系の攻撃に多大な補正を与えるスロット『技芸神ミューズ』を発動させ、構わず叫ぶ。

爆発☆流星ファイアシューティングスター!!」

 慣れ親しんだ曲の始まりをがむしゃらに叫ぶ。

「エモーション! アナタに届けたい私の――」

 目の前には憮然とした顔の浩一。思わず春火のヴォーカルも止まる。

「ライブなら――」

 敵手は拳を振りかぶっている。国民的アイドル。天下無双の偶像。世界最強の魅了の一撃テンプテーションを食らいながら、火神浩一は魅了されていない。

 あのアリシアス・リフィヌスですら精神と肉体を乖離させてまで防いでいる攻撃・・をどうやって防いでいるのか。

「――ライブハウスでやってこい!!」

 剣を握り続けてきた無骨な拳に顔面を撃ちぬかれながら天門院春火は混乱の極地に叩きこまれていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る